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第16章 勝手に固められる足元

82.大人の事情で(2)

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「今日中に戻れるかな」

 リアムに会いたい。地図で距離を見たときは感じなかった本音が、じわりと胸を温める。あの艶がある黒髪、柔らかな象牙の肌や蒼い瞳、すごい美人の皇帝陛下を思い浮かべた。秘密にしてて婚約者(仮)だけど帰ったらすぐ会いたい。自然と頬が緩んだオレに、ジャックが考え込んだ。

「もしかすると……明日の朝の転移じゃないか?」

「どうして?」

 夕方には到着する距離なのに、その日のうちに転移しない理由がわからない。首をかしげるオレの頭に、ノアが手を置いた。

「まず受け入れる側の準備がひとつ、こちらの身なりを整えるのがひとつ、ついでに辺境の街を潤す目的がひとつだ」

 こういった説明はレイルかノアが担当する。情報屋のレイルはわかるが、いろいろ詳しいノアの生い立ちが気になった。もしかしたら貴族家の子弟だったりして。跡取りじゃなければ外に出るだろうけど、それなら騎士になるはずか。傭兵になる理由がないな。

 勝手に他人の過去を推測するのは失礼だと、考えを切り上げた。

「街を潤すって、要はお金を落とす意味?」

「ああ。これだけの兵力が一泊したら食事や宿で大きな金を使うからな」

 確かに無駄な気もするけど、毎回転移で街を通過してお金を落とさなかったら、地方経済が回らなくなるだろう。前世界でも似たような事例があった。電車が特急だった頃は宿泊していた観光客が、新幹線になったら日帰りになった話。宿屋が何軒も立ち行かなくなったとか。

「受け入れと身なりは?」

「戦に出た騎士や兵士が戻れば、お見送りした皇帝陛下がお迎えに立つ。主君の前に立つ騎士や兵士が身なりを整えて小奇麗にしたいと思うらしいぞ。戦に行ったんだから汚れてて当たり前なのにな」

 他人事みたいに言わないでよ、ジャック。傭兵稼業が長いと国を渡り歩くから、忠誠心もへったくれもないんだろうけど、本音をぶっちゃけすぎだ。

「宿って足りるの?」

「キヨって……」

「指揮官みたいなこと考えるんだな」

「賢そうに見えるぞ」

 通り過ぎながら、ライアン、サシャ、レイルに揶揄からかわれる。そしてまた何故か髪を乱されるのだ。今日は結んでいないので、さっきからぐしゃぐしゃだった。

「もう! 一応指揮官だぞ!!」

「あ、ほんとうだ」

 今更気づいたと言わんばかりのジャックの発言に、ぷんと唇を尖らせた。苦笑いしたジークムンドがポケットから飴を取り出す。

「機嫌を直せ」

「子ども扱いすんなよ!」

 文句を言いながら口を開けると、ジークムンドのごつい指が飴を放り込んだ。べっこう飴みたいなシンプルな飴だ。果汁とか一切なくて、なんだかジークらしいと頬が緩んだ。
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