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36 再会
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「すみません、それはすべて買ってしまわれるのでしょうか」
懐かしさに惹かれ、春輝が菓子の入った瓶ごと買い上げようとすれば、唐突に声を掛けられる。その声に聞き覚えがあり、思わず振り返れば相手が息を呑んだ。
「ハルキ殿……」
「トビアス……?」
フードから僅かに見える顔で良くわかったなと思うが、トビアスとは討伐中もそのあとも暫くは生活を共にしていたのだから、気が付かれても仕方がない。
だが春輝は思わぬ再会よりも、トビアスの姿の変化に驚いていた。片目には眼帯が付けられ、片足は無くなり杖をついている。装いも爵位と領地を授かった者が身につけていいような物ではなく、質素な物だ。
一体何があったのかと春輝が問いかけようとすれば、回りの子供達の声がその先を遮る。
「ハルキ殿、お時間はありますか。少しお話をさせて頂きたく」
困ったように笑うトビアスの提案に乗ることにした春輝は、瓶ごと菓子を買うとトビアスと共に店を出た。
「あーあ、勇者様に護衛なんているか? 魔王を倒すくらい強いんだぞ? 全く観光ごときで冗談じゃない」
「それより見たか? 子供みたいにずっとぬいぐるみを抱えてるなんて、正気だとは思えないな! 聞いた話じゃ、毎日持ち歩いてるんだとよ。あんなのが本当に魔王を倒せるのか?」
「ちがいねぇ、もしかしたら討伐してなかったりしてなぁ。きっと尻尾巻いて逃げて来たのさ、生存者が二人しかいないだなんておかしな話だしなぁ」
「そこまでいったら詐欺どころじゃないな」
店から少し離れた場所で、春輝の護衛として着いてきていた騎士達が下卑た笑い声を上げる。
またかと春輝は気にも留めなかったのだが、トビアスは違ったようで、顔を赤くし眉を吊り上げ怒りに体を震わせていた。
「なんでトビアスが怒るんだ」
「何故って……! 私達が、ハルキ殿がどれだけ魔王を討伐するのに苦労したかっ! それをあんな風に言われては、怒りが湧かない方がおかしいでしょ!? 何故ハルキ殿は何も言わないのですか!」
「そういわれてもな。王宮内だとこれぐらい日常茶飯事だし、これ以上のことも言われる。一々気にしていたら、それこそ馬鹿を見るだけだ」
春輝の言葉にトビアスは驚愕の表情を見せたあと、今度は苦虫を噛み潰したような渋面を作る。
まるで百面相だなと考えながらも、春輝は騎士達が気が付かないのを良いことに、騎士達が居る方向とは別の方向へと歩き出す。
トビアスは何も言わないまま、当然のようについてきた。街を行き交う人々は多く、人並みに紛れて騎士達から姿を隠しながら遠ざかるのは意外にも簡単だった。
「護衛対象から目を離す、姿を眩ませても気づきもしないとは……職務怠慢どころではありませんね」
「そのお陰でこうしてられるんだから別にいいだろう?」
「そうではありますが……」
納得がいかない様子のトビアスに連れられ、街は外れにある緑地へとやってきた。疎らに木々が生え、ざわざわと風に揺れる。人気もあるにはあるが、皆距離を開けて散歩を楽しんでいるようだった。
その中をゆっくりと歩きながら、春輝はちらりとトビアスの姿を見た。
「それで、どうしてそんなボロボロになってるんだ?」
歯に衣着せぬ春輝の物言いにトビアスは苦笑いを浮かべた。
凱旋後、領地や報奨金を貰ったトビアスだが、それを喜んだの束の間だった。いちかが無くなったことに絶望する春輝を目の前に、それ以上喜ぶことなどできなかったのだ。
罪悪感すら芽生え始めたトビアスは、騎士の誓いを思い出した。無事に妹の元へと春輝を連れ帰ってきたことで、この近いは果たされてはいる。
だがその妹自体が亡くなっているのだ。春輝にとってはそれは無事に帰れたというのだろうか? と考えていれば、いてもたってもいられず、罪悪感に潰されるままに、自ら片目を傷つけていた。
暫くして騎士団に戻っても、そこにトビアスの居場所はなかった。片目を傷つけ、長く放置してしまっていた傷ついた足は、結局神官から治癒を受けるも完全な回復はされない。
それ以前に、神官からの治癒には莫大な費用がかかる。トビアスの両親や親戚達は、トビアスの貰った報奨金が治癒で減るのを渋り、一度しか神官を呼ばなかったのだ。
身体的にも通常の騎士より格段に劣る姿になってしまったトビアスに、仲間であった騎士達は白い眼を向けてきた。
何故お前だけ生き残ったのかと。
部下達は討伐で死んでしまった仲間に対しての悔やみや、街の人々から賞賛される声に嫉妬し、トビアスをいない者のように扱いだした。
予想外の反応に戸惑い悩みながらも、それでもトビアスは騎士として騎士団に身を置き続けていた。
だがそれも騎士達の気に障ったようで、数々の嫌がらせも受けるようになり、仕方なく騎士団を辞めたのだった。
「お恥ずかしい話です」
目に涙を薄く溜めたトビアスは、苦しそうに春輝に笑いかけてくる。居た堪れない気持ちを感じながら、春輝は瓶の中から菓子を取り出すとトビアスに何個もそれを押し付けた。
「いちかか貰ったやつじゃないから流石に独り占めはしないぞ?」
春輝の突然の行動に目を白黒させ驚くトビアスだったが、それが春輝なりの気づかいなのだとわかれば途端に表情を和らげた。
「あの時に貰った菓子が忘れられなくて、探してたんです」
どれだけ嬉しかったかを語るトビアスに、オーバンに感じるような猜疑心がないことに気が付いた春輝は、トビアスなら仲間に引き入れることが出来るかもしれないと考えた。
なんといっても魔王討伐時には大分世話になっているし、春輝の性格も把握しているトビアスに安心感がる。
ガベルトゥスがどんな反応を示すかわからないが、王宮内や領地に行く際の確実な味方が手元に欲しい春輝にとってトビアスとの再会は渡りに船だ。
「お前は信用できるな」
「そうでしょうか」
「そうだとも」
話が終わり、オーバン達と合流した春輝は、そのままトビアスを護衛兼侍従にすると宣言したのだった。
懐かしさに惹かれ、春輝が菓子の入った瓶ごと買い上げようとすれば、唐突に声を掛けられる。その声に聞き覚えがあり、思わず振り返れば相手が息を呑んだ。
「ハルキ殿……」
「トビアス……?」
フードから僅かに見える顔で良くわかったなと思うが、トビアスとは討伐中もそのあとも暫くは生活を共にしていたのだから、気が付かれても仕方がない。
だが春輝は思わぬ再会よりも、トビアスの姿の変化に驚いていた。片目には眼帯が付けられ、片足は無くなり杖をついている。装いも爵位と領地を授かった者が身につけていいような物ではなく、質素な物だ。
一体何があったのかと春輝が問いかけようとすれば、回りの子供達の声がその先を遮る。
「ハルキ殿、お時間はありますか。少しお話をさせて頂きたく」
困ったように笑うトビアスの提案に乗ることにした春輝は、瓶ごと菓子を買うとトビアスと共に店を出た。
「あーあ、勇者様に護衛なんているか? 魔王を倒すくらい強いんだぞ? 全く観光ごときで冗談じゃない」
「それより見たか? 子供みたいにずっとぬいぐるみを抱えてるなんて、正気だとは思えないな! 聞いた話じゃ、毎日持ち歩いてるんだとよ。あんなのが本当に魔王を倒せるのか?」
「ちがいねぇ、もしかしたら討伐してなかったりしてなぁ。きっと尻尾巻いて逃げて来たのさ、生存者が二人しかいないだなんておかしな話だしなぁ」
「そこまでいったら詐欺どころじゃないな」
店から少し離れた場所で、春輝の護衛として着いてきていた騎士達が下卑た笑い声を上げる。
またかと春輝は気にも留めなかったのだが、トビアスは違ったようで、顔を赤くし眉を吊り上げ怒りに体を震わせていた。
「なんでトビアスが怒るんだ」
「何故って……! 私達が、ハルキ殿がどれだけ魔王を討伐するのに苦労したかっ! それをあんな風に言われては、怒りが湧かない方がおかしいでしょ!? 何故ハルキ殿は何も言わないのですか!」
「そういわれてもな。王宮内だとこれぐらい日常茶飯事だし、これ以上のことも言われる。一々気にしていたら、それこそ馬鹿を見るだけだ」
春輝の言葉にトビアスは驚愕の表情を見せたあと、今度は苦虫を噛み潰したような渋面を作る。
まるで百面相だなと考えながらも、春輝は騎士達が気が付かないのを良いことに、騎士達が居る方向とは別の方向へと歩き出す。
トビアスは何も言わないまま、当然のようについてきた。街を行き交う人々は多く、人並みに紛れて騎士達から姿を隠しながら遠ざかるのは意外にも簡単だった。
「護衛対象から目を離す、姿を眩ませても気づきもしないとは……職務怠慢どころではありませんね」
「そのお陰でこうしてられるんだから別にいいだろう?」
「そうではありますが……」
納得がいかない様子のトビアスに連れられ、街は外れにある緑地へとやってきた。疎らに木々が生え、ざわざわと風に揺れる。人気もあるにはあるが、皆距離を開けて散歩を楽しんでいるようだった。
その中をゆっくりと歩きながら、春輝はちらりとトビアスの姿を見た。
「それで、どうしてそんなボロボロになってるんだ?」
歯に衣着せぬ春輝の物言いにトビアスは苦笑いを浮かべた。
凱旋後、領地や報奨金を貰ったトビアスだが、それを喜んだの束の間だった。いちかが無くなったことに絶望する春輝を目の前に、それ以上喜ぶことなどできなかったのだ。
罪悪感すら芽生え始めたトビアスは、騎士の誓いを思い出した。無事に妹の元へと春輝を連れ帰ってきたことで、この近いは果たされてはいる。
だがその妹自体が亡くなっているのだ。春輝にとってはそれは無事に帰れたというのだろうか? と考えていれば、いてもたってもいられず、罪悪感に潰されるままに、自ら片目を傷つけていた。
暫くして騎士団に戻っても、そこにトビアスの居場所はなかった。片目を傷つけ、長く放置してしまっていた傷ついた足は、結局神官から治癒を受けるも完全な回復はされない。
それ以前に、神官からの治癒には莫大な費用がかかる。トビアスの両親や親戚達は、トビアスの貰った報奨金が治癒で減るのを渋り、一度しか神官を呼ばなかったのだ。
身体的にも通常の騎士より格段に劣る姿になってしまったトビアスに、仲間であった騎士達は白い眼を向けてきた。
何故お前だけ生き残ったのかと。
部下達は討伐で死んでしまった仲間に対しての悔やみや、街の人々から賞賛される声に嫉妬し、トビアスをいない者のように扱いだした。
予想外の反応に戸惑い悩みながらも、それでもトビアスは騎士として騎士団に身を置き続けていた。
だがそれも騎士達の気に障ったようで、数々の嫌がらせも受けるようになり、仕方なく騎士団を辞めたのだった。
「お恥ずかしい話です」
目に涙を薄く溜めたトビアスは、苦しそうに春輝に笑いかけてくる。居た堪れない気持ちを感じながら、春輝は瓶の中から菓子を取り出すとトビアスに何個もそれを押し付けた。
「いちかか貰ったやつじゃないから流石に独り占めはしないぞ?」
春輝の突然の行動に目を白黒させ驚くトビアスだったが、それが春輝なりの気づかいなのだとわかれば途端に表情を和らげた。
「あの時に貰った菓子が忘れられなくて、探してたんです」
どれだけ嬉しかったかを語るトビアスに、オーバンに感じるような猜疑心がないことに気が付いた春輝は、トビアスなら仲間に引き入れることが出来るかもしれないと考えた。
なんといっても魔王討伐時には大分世話になっているし、春輝の性格も把握しているトビアスに安心感がる。
ガベルトゥスがどんな反応を示すかわからないが、王宮内や領地に行く際の確実な味方が手元に欲しい春輝にとってトビアスとの再会は渡りに船だ。
「お前は信用できるな」
「そうでしょうか」
「そうだとも」
話が終わり、オーバン達と合流した春輝は、そのままトビアスを護衛兼侍従にすると宣言したのだった。
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