いざ出陣!! 南相馬高校 野馬追部!

七日町 糸

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本編

第十六話 刃の向こう

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 狼森牧場からの預託馬たちが、野馬追部の環境に慣れてきてくれた二月の初め。わたしは街外れのとある一軒家を訪れていた。
「はい、着いたよ~」
 冴子お姉ちゃんが車を止め、わたしに降りるよう促す。
「はい。送ってくれてありがとうございました」
 わたしは車を降りると、目の前に掲げられた表札を見上げる。そこには、「大森刀剣甲冑製作所」と書いてあった。

 コン、コン、コン・・・・

 入口の扉を叩く。返事はない。
「入りますよ~」
 扉を開けると、真っ暗な建物の中にこもっている熱気がもわっとあふれ出てくる。
「真尋さ~ん。いますか~?」
 内部に向けて声をかけるも、帰ってくるのは槌が金属を叩く音だけ。
「うわ、なんかまた物増えてる」
 床に積み上げられた荷物の間を上手にすり抜け、奥にある炉を目指す。
「うぅ、あっつい・・・・」
 奥に進めば進むほど、熱気は高まる。ある程度奥まで進んだところで、わたしは大きく息を吸い込んだ。
「真尋さ~ん、春峰あさひです。注文していた刀を受け取りに来ました!」
 わたしが叫ぶと、荷物の向こうから人がゆらりと立ち上がる。
「ふぅ~」
 息を大きく吐き出すと、こっちを見た。
「あさひちゃん、久しぶり~」
 目の下にクマを作り、手入れをしていないのかボサボサの髪を手拭いで無理やり抑えている。頬は煤で黒くなっていた。
「お久しぶりです」
 わたしは真尋さんの方へ歩み寄る。近くによると、真尋さんの体から炭と鉄の匂いが立ち上った。
「あさひちゃん、待ってたよ~」
 この人は大森真尋さん、冴子お姉ちゃんと同い年の刀匠。つい最近独立し、故郷の南相馬に工房を構えたんだそうだ。
「もう、真尋!」
 後ろから冴子お姉ちゃんの声が聞こえた。振り向くと、冴子お姉ちゃんが腰に手を当てて仁王立ちしている。
「げっ、冴子・・・・」
 真尋さんが天敵を見たような顔をした。
「また寝るのも忘れて刀打ってたんでしょ?」
「ごめんごめん。いいのができそうな予感がしたからつい・・・・」
 冴子お姉ちゃんは真尋さんに歩み寄り、頬の煤をハンカチで拭いた。
「もう、わたしが注文した刀渡したらすぐ寝ること!」
「でも、せめて焼き入れだけはさせてくれない?今寝ちゃうと、刃文のインスピレーションが逃げちゃう気がするんだ」
 真尋さんはそう言うと、手元の刀に焼刃土を塗り始めた。
「よいしょっと・・・・」
 焼刃土が乾いたところを見計らい、刀身を炉の中にさし込んだ。
「・・・・・」
 さっきまでのふやけた顔から一転、真尋さんの顔に緊張の色が浮かぶ。しばらくして・・・・
「・・・・今だ!」
 真尋さんは刀身を炉から引き出すと、湯船の水に一気に滑り込ませた。

 ジュゥッ!

 真っ赤に熱された鉄と水が触れ合い、蒸気が上がる。
 さっきまで赤々と輝いていた刀身の光が消え、あたりは一気に暗闇に包まれた。
「あさひちゃ~ん」
 いつもの気の抜けた真尋さんの声がわたしを呼ぶ。
「電気つけて~」
「わかりました」
 わたしは手探りで壁のスイッチを見つけると、工房内の照明をつけた。

 パッ!

 工房内が一気に明るくなり、刀身が輝きを放つ。
「で、もう一度焼き戻しをする」
 真尋さんが左手で鞴を操作し、炉の火勢を少し強くした。
 ガラッ
 再び燃え盛る炎の中に投じられた刀は、炭の炎で赤く熱せられ、熱を蓄えている。
「エイッ!」
 もう一度湯船に滑り込んだ刀身が冷やされ、蒸気が上がった。
「むむむむ・・・・・」
 真尋さんは、刀身をしばらくの間湯船に付けた後、ゆっくりと引き上げる。
「さて、焼刃土を落としてみますか」
 竹べらを取り出すと、表面に塗られた焼刃土をはがし始めた。
「・・・」
 無言でぺりぺりと焼刃土をはがす真尋さん。
「・・・ふぅ」
 全部をはがし終わると、大きく息をついた。
「なんとか大丈夫かな・・・・・」
 照明の光を刀に充て、刃文の出来を確認する。
「いいのはできた~?」
 冴子お姉ちゃんが真尋さんに問うた。
「うん、まあまあの出来かな~」
 真尋さんはそう言い、刀を傍らに置く。
「明日刃をつけるよ」
 じゃあ、お休み~と言いながら工房から出て行こうとした真尋さんの肩を冴子お姉ちゃんが掴んだ。
「ちょ~っと待ちなさい」
「え、なに~?」
 真尋さんがゆっくりと振り返る。
「うちのあさひが注文した刀出しなさいよ!」
「ああ、忘れてた!ごめんごめん」
 真尋さんはゆっくりと冴子お姉ちゃんの手を払うと、母屋の中に消えた。
「え~っと、あさひちゃんの太刀はこれだったかな・・・・・?」
 母屋の中から風呂敷包みをもって出てくる。
「はい、これがあさひちゃんの頼んでいた太刀だよ。確認お願い~」
 スルスルと袋から太刀を取り出した。
「おお・・・・」

 鞘の上からでもわかる大きな反り。通常の刀とは違い、茎がない代わりに刀身と一体になった柄には、毛抜を思わせる透かしがついていた。
 黄色の漆とキラキラした砂子で装飾された鞘には、螺鈿細工で犬が象られている。
「本当に、これで四十五万円でいいんですか?この出来なら八十万は下らないですよね」
「いいのいいの。わたしにも勉強になったし~」
 真尋さんに聞くが、彼女は右手をひらひらと振ってこたえた。
「共金式の刀身と柄。漆塗りに螺鈿細工の鞘。どれもこれまでにやったことのない技法ばっかりでいい勉強だったよ~」
 真尋さんがうっとりとした目つきで刀を眺めながら語る。
「それに、この刀に関するものはすでに頭の中に入ってるから、あとは何個でも作れるしね。今後これと同じものを売って得る利益に比べればこれくらいの値引きは安いものだよ~」
 じゃあ、と言いながら、真尋さんは太刀をわたしに手渡した。
「試し斬りして、それで合格か決めてください」







「フゥッ」
 わたしは大きく息を吸い込むと、短く吐く。

 シュルシュル・・・キュッ

 太刀の緒をベルトに通し、しっかりと結んだ。

 チャキッ

 右手で柄、左手で鞘の上の方を抑え、鯉口を切る。

 シュッ

 ゆっくりと太刀を鞘から抜き、目の前の巻き藁を見ながら中段に構えた。
「いいですね?」
 真尋さんに問う。
「いいよ~」
「はぁっ!」
 真尋さんが答えると同時に、わたしは太刀を巻き藁に向かって振り下ろした。

 ズバン!

 銀色に光る刃が巻き藁を切り裂き、支えを失った巻き藁の上部がずるりと落ちる。
「お見事!」
 真尋さんが拍手を送りながら言う。
「冴子お姉ちゃんにみっちり教えてもらいましたから」
 わたしはそう言って、パチンと鍔鳴りを響かせながら、太刀を鞘に納めた。
「わたしの自慢の弟子だよ」
 冴子お姉ちゃんがこちらに歩み寄り、わたしの肩に手を置く。
「戸山流・・・・だっけ?」
「そうよ。真尋も習ってみない?」
 ついこの間知ったことだけど、冴子お姉ちゃんは居合の師範を務めていたこともあったらしい。今でも週に一回は自宅で教室を開いているんだそうだ。
「わたしは遠慮しておくよ~。すでに薬丸自顕流は修めてるしね~」
 真尋さんがあくびをしながら言う。
「真尋さんが薬丸自顕流とか、想像できないんですけど・・・・・」
「ああ見えて、真尋はオンオフの差が激しいのよ。あの猿叫、あさひにも聞かせたいな~」
 わたしが真尋さんに言うと、冴子お姉ちゃんが首を横に振った。
「もう、言わないでよ~」
 ひらひらと手を振りながら言う真尋さん。
「そうね、“今度”薬丸自顕流を披露してくれるのを期待するわ」
 冴子お姉ちゃんが言うと、わたしの肩を叩いた。
「で、あさひちゃん、この太刀はどうだった?」
「はい、切れ味も握り心地も、最高です!なんか、持った瞬間手にピタッと吸い付くような感覚がします」
 わたしが言った瞬間、真尋さんの顔が輝いた。
「やった!ちょっと待っててね!巻き藁持ってくるから!」
「えっ?」
「じゃあ待っててね~!」
 わたしの言葉も置き去りに、真尋さんは素晴らしい速さで駆けて行った。
「あさひちゃん、諦めなさい」
 冴子お姉ちゃんが言う。
「あんな感じにハイになった真尋は、誰にも止められないの」
 結局、巻き藁五本を斬ったうえ、刀以外の諸々ももらって帰ることになったのだった。
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