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本編
第十五話 入厩
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一月も終わりに近づいたころの昼下がり・・・・
ブロロロロロロロ・・・・
二台の馬運車が南相馬高校の校門をくぐる。
「少し右に~。オーライ!」
結那の誘導で微調整を繰り返し、校舎前の駐車場に駐車された。
「お疲れ様です。馬は八頭ですね?」
わたしは馬運車の運転席の窓をたたき、運転手に問う。
「そうです。今後ろの扉下ろしますね」
運転手さんが馬運車を降り、左側面の後ろ側にある蓋を開けた。
ポチッ グォォォォォ・・・・
中にあるボタンを押すと、馬運車背面の扉がゆっくりと下りてくる。
ガチャッ
わたしは馬運車側面の小さな扉を開け、それを潜って中に入った。
「ブルルルルルル・・・・」
車内に繋がれた馬たちが鼻を鳴らす音が聞こえる。
「まずは右手前の青鹿毛ね・・・・」
引き手をもってその馬に近づいた。
「よしよしよし。怖くないよ~」
鼻面を左手でなでながら、右手で無口頭絡に引き手を付ける。
スッ
馬の背後の扉を結那が明けた。
「はい、じゃあ外に出ようか」
わたしは引き手と無口頭絡を押し、馬を後ろ向きで歩かせる。
カッ、カッ・・・
馬体が仕切りから出たところで方向転換。ここからは前向きに引いていく。
「ホーホー、もう少しゆっくり目に行こう」
この馬は少し急ぎがちなのか、前に行きたがる。
「ホーホー」
それを抑えながら構内の道を歩き、厩舎の方に向かった。
カポッカポッ・・・・
途中で校舎間の渡り廊下を潜り、校庭を横切る。そして、野馬追部の第二厩舎に着いた。
「馬房は一番奥ですよね?」
「そうだよ!」
狼森先輩の誘導で一番奥の馬房に馬を引き入れ、馬房内のフックにいったんつなぐ。
ゴトッ チャキッ
馬房の入り口に馬栓棒を取り付け、馬から引き手を外すと、わたしは馬房の外に出た。
カポッカポッ・・・
隣の馬房には、結那が栗毛の牝馬を引いてくる。
「きれいな栗毛ね。名前は何だっけ?」
「オーロラビクトリーだよ。あさひのはミエノファルコンだっけ?」
二人で馬運車に戻りながら結那が問う。
「そう。綺麗な青鹿毛の馬だった」
「いい仔を産んでくれそうだね」
馬運車に戻り、次に降ろす馬の書類を受け取った。
「次は奥の葦毛。馬名はユメノハテマデね・・・」
再び引手を手にして馬運車に乗り込む。
「よしよし、ドウドウドウ・・・・・」
持ってきたニンジンを与えながら引き手を付け、馬運車側からの引き手を外した。
「はい、行こうか」
さっきと同じように引手を押し、後ろ向きで馬運車から出す。
「ブルルルルルル」
彼女は音に敏感なのか、耳覆い付きの黒いメンコをつけていた。
「ヴヒヒヒヒヒヒ~ン!」
ユメが大きくいななく。どことなく落ち着かなさそうだ。
「ヴヒヒヒ~ン」
遠くの厩舎の方から、天照や鬼鹿毛のいななきが聞こえてくる。
「ゆっくり行こうね」
わたしは周りに気を配りながら、ゆっくりと引手を引いて歩き始めた。と、その瞬間・・・・
ジャァァァーン
どこかの教室からシンバルの音が聞こえた。
「ヴヒヒヒヒヒヒーン!」
突然の音に驚いて、ユメが後ろ脚だけで立つ。
「キャァッ!」
引手がすごい力で上に引っ張られる。
「こういう時は・・・・」
とっさに引手を長く持ち、力を抜く。
「誰か!吹部の演奏止めてきて!」
わたしの惨状を見た生徒が吹部の教室に駆けていった。
「ちょっと演奏止めて!馬が暴れてる!」
真上の教室から叫び声が聞こえる。それと同時に、吹奏楽部の演奏がやんだ。
「ユメ、もう大丈夫だよ。落ち着いて・・・・」
四足歩行に戻ったものの、おびえて後っ引きを繰り返す彼女にゆっくりと話しかける。
「ほら、一緒に厩舎に行こう?」
限界まで絞られていた耳が、次第に元の位置に戻るのが分かった。
「よーしよしよし。いい子いい子・・・・」
腰の袋から角砂糖を取り出し、ユメの口元にゆっくりと近づける。
ガボッ
ユメは唇を動かして角砂糖を口に含んだ。
「よし、じゃあ行こうか・・・」
わたしは吹奏楽部の教室に会釈すると、厩舎に向けて歩き出す。
「あさひ!」
しばらく歩くと、厩舎の方から友里恵が走ってくるのが見えた。
「大丈夫?馬が暴れたって聞いたけど」
「大丈夫大丈夫。少し音に驚いちゃったみたいで・・・・」
わたしは友里恵に笑って返す。
「でも、心配だからいったん止まって」
「うん」
言われるままに止まると、友里恵は持ってきた引手をわたしと反対側の無口につけた。
「この子、ちょっとカンが強そうだから二人で引いていこう?」
「いいよ。右側よろしくね」
「任せて」
友里恵と二人でユメをなだめすかし、厩舎まで引いていく。
「はい、着いたよ~」
オーロラビクトリーの隣の馬房に入れ、メンコを外してあげた。
「ブルルルルルルブルルルルルル」
さっきの一暴れで疲れたのか、水桶の水を勢いよく飲むユメノハテマデ。
「あさひ。大丈夫だった?」
鹿毛の馬を隣の馬房に入れながら結那が言う。
「大丈夫だったよ。結那の馬は?」
「この子?すごく大人しくていい子だよ。名前はウイニングザソウルね」
結那は馬栓棒をセットするとわたしの手を握る。
「まだあと四頭いるから、早くその子たちも馬房にいれてあげよう!」
「そうだね!早く行こう」
馬運車に戻り、二台目の左手前にいた黒鹿毛の書類を受け取った。
「名前はカノンロックね・・・」
カノンの頭絡に引手をつけ、後ろ向きで馬運車から出す。
「グフフ、グフフ・・・・」
黒鹿毛のツヤツヤした毛並みを光らせながら、カノンは馬運車から降りた。
「よし、行こう!」
さっき受け取った書類によると、カノンはすでに何頭もの仔馬を産んでいて、中にはG1で活躍している産駒もいるらしい。
カポッカポッ
蹄の音を響かせながら、カノンは堂々とした歩き方で校内を進む。繫殖牝馬は蹄鉄をつけていないから、蹄の音も天照や鬼鹿毛とは少し違った。
「また野馬追部が馬を散歩させてる・・・」
「今日はやけに馬が多いな・・・」
いつの間にか、沿道には生徒たちの人垣ができていた。
「大注目だね、カノン」
カノン自身もオークスで好成績を収めていたことがある。それもあってか、多くの人に見られるのは慣れているみたいだ。
「人が多いね」
後ろでもう一頭の青毛馬を引いた結那が言う。
「そうだね。放馬して人垣に突っ込まないようにしないと・・・・」
わたしはそう言いながら、カノンの首をなでた。
「そうだね。気を付けて行こう」
結那がそう言って、自分の青毛馬をなでた。どうも、わざわざドイツから輸入した優秀な繫殖牝馬なんだそうだ。
「名前は何だっけ?」
「シュヴァルツァーヴォルフだよ~。黒い狼って意味なんだ」
誇らしげに答える結那。それにしても・・・・
「馬に狼って名前をつけるものなのね」
「仔馬のころと現役時代はすごく気性が荒かったんだって。まるで肉食獣みたいだったから、狼を意味するヴォルフの名前を付けたらしいよ」
「へぇ~」
「現役時代の調教師が言うには『肉やったら食うんじゃないかと思った』だって」
さっきと違って吹奏楽部も配慮してくれたのか、大きな音に驚くこともなく厩舎に到着。
「あと二頭ね」
引いてきたカノンとシュヴァルツァーヴォルフを馬房に収め、残りの二頭を引いてくる友里恵と光太を待つ。
「ただいまー」
友里恵と光太がそれぞれ葦毛と栗毛の馬を引いて帰ってきた。
「おかえりなさい。これで馬は全部ね」
「そうよ」
わたしの質問に答える友里恵。
「先輩、全部の馬の引き渡しが完了しました」
光太が狼森先輩に報告する。
「ありがとう。じゃあ、皆書類をこっちに渡して」
『わかりました!』
それぞれが腰の物入れから書類を取り出し、狼森先輩に渡した。
「じゃあ、誰がどの馬を担当するか決めようか」
「そうですね」
狼森先輩の言葉に光太が同意する。
「今回の入厩馬は、八頭。全部繁殖牝馬だ。順に見ていくぞ」
狼森先輩と一緒に、一番手前の馬房の前に移動した。
「まずは、最初に降ろしたミエノファルコン。今は九歳の牝。その隣の栗毛はオーロラビクトリー。こっちは五歳の牝」
馬たちを紹介していく先輩。
「で、さっき暴れたのがこの葦毛の馬、ユメノハテマデ。音に敏感な性格だから、気を付けるように」
「ヴヒヒヒヒ~ン」
ユメノハテマデは不安そうにいななきながら大きく首を振っている。
「で、その次がウイニングザソウル。ミエノファルコンと同じく、前に行きたがる傾向が強いらしい。それと、蹴り癖がひどいそうだ」
ウイニングザソウルの尻尾には、「この馬蹴ります、注意」を示す赤いボンボンが付けられていた。
「わかりました。注意しておきます」
「じゃ、次だ」
さらに隣の馬房に移動する。
「この黒鹿毛がカノンロック。歓声にも、旗指物にも動じない。かなり肝が据わった馬だな」
カノンが狼森先輩に頭を擦り付けている。
「すごく気に入られてるじゃないですか、先輩」
「いや、多分柱くらいにしか思われてないぞ」
わたしが少しからかうと、先輩はカノンに人参をあげながら笑った。
「で、次がシュヴァルツァーヴォルフ。ドイツから来たばっかりだから、特に輸送熱に気を付けてほしい」
「分かりました。検温の頻度を増やしておきます」
輸送熱というのは、馬を馬運車や飛行機で輸送することが原因で起こる発熱の事。だいたいが空気に含まれる菌やウイルスが呼吸器に入っていることが多い。
輸送熱から肺炎になり、そのまま死んでしまう馬も時にはいる。ナメてかかると恐ろしい病気だ。
「結構ハードスケジュールでドイツから輸入されたららしいからな・・・・」
狼森先輩が心配そうにシュヴァルツァーヴォルフの鼻面をなでる。
「その次の葦毛がネクストフロンティア。結構大人しいけど、少し音に過敏なところがあるな」
ネクストフロンティアは飼葉をはみながら、耳をせわしなく動かしていた。
「最後に、この栗毛がハニークラウド。基本的に大人しいけど、飼い食いがすごい。餌の量には気を付けて」
「わかりました」
とりあえず、これで全部の馬の紹介が終わった。
「で・・・・」
狼森先輩がわたしたちを見る。
「皆はどの馬をお世話したい?」
「じゃあ、わたしヴォルフちゃんとミエノファルコンちゃんがいいです!」
結那がすかさず手を挙げた。
「元々、二頭にはうちの鬼鹿毛を付ける予定でしたし、あらかじめその子たちのことを知っておきたいです!」
さらに畳み掛ける結那。
「よし、じゃあシュヴァルツァーヴォルフとミエノファルコンは結那に頼もう。みんなもそれでいい?」
「僕は大丈夫ですよ」
「わたしも大丈夫かな」
光太と友里恵がうなずく。
「そうですね。わたしはどんな馬でも大丈夫ですから」
わたしも狼森先輩に同意した。
「じゃあ、あさひにユメノハテマデとウイニングザソウルをお願いしたいんだけど・・・」
申し訳なさそうに言う狼森先輩。
「大丈夫ですよ。癖馬扱いは任せて下さい!」
わたしは胸を張って狼森先輩に返した。
「よかった・・・・」
胸をなでおろす狼森先輩。
「じゃあ、わたしはカノンロックを担当したいです!」
友里恵が手を挙げる。
「僕はオーロラビクトリーとネクストフロンティアがいいです」
「よし、じゃあ俺はハニークラウドを担当するよ」
これで、誰がどの馬を担当するかは決まった。
「まあ、お互いにサポートしながらお世話していこう」
こうして、野馬追部初の馬の預託が始まった。
ブロロロロロロロ・・・・
二台の馬運車が南相馬高校の校門をくぐる。
「少し右に~。オーライ!」
結那の誘導で微調整を繰り返し、校舎前の駐車場に駐車された。
「お疲れ様です。馬は八頭ですね?」
わたしは馬運車の運転席の窓をたたき、運転手に問う。
「そうです。今後ろの扉下ろしますね」
運転手さんが馬運車を降り、左側面の後ろ側にある蓋を開けた。
ポチッ グォォォォォ・・・・
中にあるボタンを押すと、馬運車背面の扉がゆっくりと下りてくる。
ガチャッ
わたしは馬運車側面の小さな扉を開け、それを潜って中に入った。
「ブルルルルルル・・・・」
車内に繋がれた馬たちが鼻を鳴らす音が聞こえる。
「まずは右手前の青鹿毛ね・・・・」
引き手をもってその馬に近づいた。
「よしよしよし。怖くないよ~」
鼻面を左手でなでながら、右手で無口頭絡に引き手を付ける。
スッ
馬の背後の扉を結那が明けた。
「はい、じゃあ外に出ようか」
わたしは引き手と無口頭絡を押し、馬を後ろ向きで歩かせる。
カッ、カッ・・・
馬体が仕切りから出たところで方向転換。ここからは前向きに引いていく。
「ホーホー、もう少しゆっくり目に行こう」
この馬は少し急ぎがちなのか、前に行きたがる。
「ホーホー」
それを抑えながら構内の道を歩き、厩舎の方に向かった。
カポッカポッ・・・・
途中で校舎間の渡り廊下を潜り、校庭を横切る。そして、野馬追部の第二厩舎に着いた。
「馬房は一番奥ですよね?」
「そうだよ!」
狼森先輩の誘導で一番奥の馬房に馬を引き入れ、馬房内のフックにいったんつなぐ。
ゴトッ チャキッ
馬房の入り口に馬栓棒を取り付け、馬から引き手を外すと、わたしは馬房の外に出た。
カポッカポッ・・・
隣の馬房には、結那が栗毛の牝馬を引いてくる。
「きれいな栗毛ね。名前は何だっけ?」
「オーロラビクトリーだよ。あさひのはミエノファルコンだっけ?」
二人で馬運車に戻りながら結那が問う。
「そう。綺麗な青鹿毛の馬だった」
「いい仔を産んでくれそうだね」
馬運車に戻り、次に降ろす馬の書類を受け取った。
「次は奥の葦毛。馬名はユメノハテマデね・・・」
再び引手を手にして馬運車に乗り込む。
「よしよし、ドウドウドウ・・・・・」
持ってきたニンジンを与えながら引き手を付け、馬運車側からの引き手を外した。
「はい、行こうか」
さっきと同じように引手を押し、後ろ向きで馬運車から出す。
「ブルルルルルル」
彼女は音に敏感なのか、耳覆い付きの黒いメンコをつけていた。
「ヴヒヒヒヒヒヒ~ン!」
ユメが大きくいななく。どことなく落ち着かなさそうだ。
「ヴヒヒヒ~ン」
遠くの厩舎の方から、天照や鬼鹿毛のいななきが聞こえてくる。
「ゆっくり行こうね」
わたしは周りに気を配りながら、ゆっくりと引手を引いて歩き始めた。と、その瞬間・・・・
ジャァァァーン
どこかの教室からシンバルの音が聞こえた。
「ヴヒヒヒヒヒヒーン!」
突然の音に驚いて、ユメが後ろ脚だけで立つ。
「キャァッ!」
引手がすごい力で上に引っ張られる。
「こういう時は・・・・」
とっさに引手を長く持ち、力を抜く。
「誰か!吹部の演奏止めてきて!」
わたしの惨状を見た生徒が吹部の教室に駆けていった。
「ちょっと演奏止めて!馬が暴れてる!」
真上の教室から叫び声が聞こえる。それと同時に、吹奏楽部の演奏がやんだ。
「ユメ、もう大丈夫だよ。落ち着いて・・・・」
四足歩行に戻ったものの、おびえて後っ引きを繰り返す彼女にゆっくりと話しかける。
「ほら、一緒に厩舎に行こう?」
限界まで絞られていた耳が、次第に元の位置に戻るのが分かった。
「よーしよしよし。いい子いい子・・・・」
腰の袋から角砂糖を取り出し、ユメの口元にゆっくりと近づける。
ガボッ
ユメは唇を動かして角砂糖を口に含んだ。
「よし、じゃあ行こうか・・・」
わたしは吹奏楽部の教室に会釈すると、厩舎に向けて歩き出す。
「あさひ!」
しばらく歩くと、厩舎の方から友里恵が走ってくるのが見えた。
「大丈夫?馬が暴れたって聞いたけど」
「大丈夫大丈夫。少し音に驚いちゃったみたいで・・・・」
わたしは友里恵に笑って返す。
「でも、心配だからいったん止まって」
「うん」
言われるままに止まると、友里恵は持ってきた引手をわたしと反対側の無口につけた。
「この子、ちょっとカンが強そうだから二人で引いていこう?」
「いいよ。右側よろしくね」
「任せて」
友里恵と二人でユメをなだめすかし、厩舎まで引いていく。
「はい、着いたよ~」
オーロラビクトリーの隣の馬房に入れ、メンコを外してあげた。
「ブルルルルルルブルルルルルル」
さっきの一暴れで疲れたのか、水桶の水を勢いよく飲むユメノハテマデ。
「あさひ。大丈夫だった?」
鹿毛の馬を隣の馬房に入れながら結那が言う。
「大丈夫だったよ。結那の馬は?」
「この子?すごく大人しくていい子だよ。名前はウイニングザソウルね」
結那は馬栓棒をセットするとわたしの手を握る。
「まだあと四頭いるから、早くその子たちも馬房にいれてあげよう!」
「そうだね!早く行こう」
馬運車に戻り、二台目の左手前にいた黒鹿毛の書類を受け取った。
「名前はカノンロックね・・・」
カノンの頭絡に引手をつけ、後ろ向きで馬運車から出す。
「グフフ、グフフ・・・・」
黒鹿毛のツヤツヤした毛並みを光らせながら、カノンは馬運車から降りた。
「よし、行こう!」
さっき受け取った書類によると、カノンはすでに何頭もの仔馬を産んでいて、中にはG1で活躍している産駒もいるらしい。
カポッカポッ
蹄の音を響かせながら、カノンは堂々とした歩き方で校内を進む。繫殖牝馬は蹄鉄をつけていないから、蹄の音も天照や鬼鹿毛とは少し違った。
「また野馬追部が馬を散歩させてる・・・」
「今日はやけに馬が多いな・・・」
いつの間にか、沿道には生徒たちの人垣ができていた。
「大注目だね、カノン」
カノン自身もオークスで好成績を収めていたことがある。それもあってか、多くの人に見られるのは慣れているみたいだ。
「人が多いね」
後ろでもう一頭の青毛馬を引いた結那が言う。
「そうだね。放馬して人垣に突っ込まないようにしないと・・・・」
わたしはそう言いながら、カノンの首をなでた。
「そうだね。気を付けて行こう」
結那がそう言って、自分の青毛馬をなでた。どうも、わざわざドイツから輸入した優秀な繫殖牝馬なんだそうだ。
「名前は何だっけ?」
「シュヴァルツァーヴォルフだよ~。黒い狼って意味なんだ」
誇らしげに答える結那。それにしても・・・・
「馬に狼って名前をつけるものなのね」
「仔馬のころと現役時代はすごく気性が荒かったんだって。まるで肉食獣みたいだったから、狼を意味するヴォルフの名前を付けたらしいよ」
「へぇ~」
「現役時代の調教師が言うには『肉やったら食うんじゃないかと思った』だって」
さっきと違って吹奏楽部も配慮してくれたのか、大きな音に驚くこともなく厩舎に到着。
「あと二頭ね」
引いてきたカノンとシュヴァルツァーヴォルフを馬房に収め、残りの二頭を引いてくる友里恵と光太を待つ。
「ただいまー」
友里恵と光太がそれぞれ葦毛と栗毛の馬を引いて帰ってきた。
「おかえりなさい。これで馬は全部ね」
「そうよ」
わたしの質問に答える友里恵。
「先輩、全部の馬の引き渡しが完了しました」
光太が狼森先輩に報告する。
「ありがとう。じゃあ、皆書類をこっちに渡して」
『わかりました!』
それぞれが腰の物入れから書類を取り出し、狼森先輩に渡した。
「じゃあ、誰がどの馬を担当するか決めようか」
「そうですね」
狼森先輩の言葉に光太が同意する。
「今回の入厩馬は、八頭。全部繁殖牝馬だ。順に見ていくぞ」
狼森先輩と一緒に、一番手前の馬房の前に移動した。
「まずは、最初に降ろしたミエノファルコン。今は九歳の牝。その隣の栗毛はオーロラビクトリー。こっちは五歳の牝」
馬たちを紹介していく先輩。
「で、さっき暴れたのがこの葦毛の馬、ユメノハテマデ。音に敏感な性格だから、気を付けるように」
「ヴヒヒヒヒ~ン」
ユメノハテマデは不安そうにいななきながら大きく首を振っている。
「で、その次がウイニングザソウル。ミエノファルコンと同じく、前に行きたがる傾向が強いらしい。それと、蹴り癖がひどいそうだ」
ウイニングザソウルの尻尾には、「この馬蹴ります、注意」を示す赤いボンボンが付けられていた。
「わかりました。注意しておきます」
「じゃ、次だ」
さらに隣の馬房に移動する。
「この黒鹿毛がカノンロック。歓声にも、旗指物にも動じない。かなり肝が据わった馬だな」
カノンが狼森先輩に頭を擦り付けている。
「すごく気に入られてるじゃないですか、先輩」
「いや、多分柱くらいにしか思われてないぞ」
わたしが少しからかうと、先輩はカノンに人参をあげながら笑った。
「で、次がシュヴァルツァーヴォルフ。ドイツから来たばっかりだから、特に輸送熱に気を付けてほしい」
「分かりました。検温の頻度を増やしておきます」
輸送熱というのは、馬を馬運車や飛行機で輸送することが原因で起こる発熱の事。だいたいが空気に含まれる菌やウイルスが呼吸器に入っていることが多い。
輸送熱から肺炎になり、そのまま死んでしまう馬も時にはいる。ナメてかかると恐ろしい病気だ。
「結構ハードスケジュールでドイツから輸入されたららしいからな・・・・」
狼森先輩が心配そうにシュヴァルツァーヴォルフの鼻面をなでる。
「その次の葦毛がネクストフロンティア。結構大人しいけど、少し音に過敏なところがあるな」
ネクストフロンティアは飼葉をはみながら、耳をせわしなく動かしていた。
「最後に、この栗毛がハニークラウド。基本的に大人しいけど、飼い食いがすごい。餌の量には気を付けて」
「わかりました」
とりあえず、これで全部の馬の紹介が終わった。
「で・・・・」
狼森先輩がわたしたちを見る。
「皆はどの馬をお世話したい?」
「じゃあ、わたしヴォルフちゃんとミエノファルコンちゃんがいいです!」
結那がすかさず手を挙げた。
「元々、二頭にはうちの鬼鹿毛を付ける予定でしたし、あらかじめその子たちのことを知っておきたいです!」
さらに畳み掛ける結那。
「よし、じゃあシュヴァルツァーヴォルフとミエノファルコンは結那に頼もう。みんなもそれでいい?」
「僕は大丈夫ですよ」
「わたしも大丈夫かな」
光太と友里恵がうなずく。
「そうですね。わたしはどんな馬でも大丈夫ですから」
わたしも狼森先輩に同意した。
「じゃあ、あさひにユメノハテマデとウイニングザソウルをお願いしたいんだけど・・・」
申し訳なさそうに言う狼森先輩。
「大丈夫ですよ。癖馬扱いは任せて下さい!」
わたしは胸を張って狼森先輩に返した。
「よかった・・・・」
胸をなでおろす狼森先輩。
「じゃあ、わたしはカノンロックを担当したいです!」
友里恵が手を挙げる。
「僕はオーロラビクトリーとネクストフロンティアがいいです」
「よし、じゃあ俺はハニークラウドを担当するよ」
これで、誰がどの馬を担当するかは決まった。
「まあ、お互いにサポートしながらお世話していこう」
こうして、野馬追部初の馬の預託が始まった。
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