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本編
第二十話 出会いの季節 馬編
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春。それは進級の季節であり、進学の季節だ。
「きれいだね~天照」
南相馬高校の外周を囲むように作られている馬道は、さらに外周を囲っている桜の花が咲き誇り、さながら桜並木のようになっていた。
カシャカシャッ!
前方の埒内から聞こえるシャッター音。
「いいですね~!いい感じですよ!」
前を見ると、南相馬高校の制服を着て、大きなカメラを構えた女子生徒が目に入った。背中まで伸ばした黒髪を一つに縛り、緑色のメガネをかけている。
「美月、すごい気合入ってるね・・・・・」
隣でルルの手綱を押さえながら言う友里恵。
「そうね」
わたしはそう言うと、前方でハアハア言いながら写真を撮る生徒・・・南相馬高校写真部部長、浜野美月を見る。
「いいですよいいですよ。あ!右の黒いお馬さん、目線こっちでお願いします」
「友里恵、言われてるよ」
「は~い」
友里恵が手綱でルルの顔を美月の方に向けた。
話は一週間ほど前に遡る。
「撮影ですか?」
野馬追部厩舎。わたしはユメノハテマデの馬房を掃除しながら問うた。
「ああ、で、あさひと友里恵にお願いしたいんだけど・・・・・」
狼森先輩が申し訳なさそうな顔で言う。
「どうしてまた野馬追部に・・・・?」
「どうも最近、競馬がブームになっているらしい。それを聞いた校長先生が『今年の学校案内パンフレットの表紙は野馬追部にしよう』だってさ」
「これまた唐突な・・・・」
わたしが言うと、狼森先輩はすさまじく疲れた表情で言葉を継いだ。
「これでも譲歩はしてもらったんだけどね。最初校長は『G1勝利馬二頭を表紙にする』って言ってたんだけど、野馬追部にG1勝利馬なんて鬼鹿毛とオーディルルドくらいしかいないだろ?」
「で、鬼鹿毛がカメラの前で大人しくしてるわけがないと?」
わたしの言葉に、大きくうなずく狼森先輩。
「アイツは変なところでサービス精神旺盛だからな。野馬追部にメディアの取材とか、かつてのファンの見学とかあるけど、鬼鹿毛はよくフレーメン反応したり馬っ気出してるだろ?」
「そうですね」
「アレ、ギャラリー受けがいいことを分かっててやってる節がある」
「まさk・・・」
とっさに否定しようとしたけど、否定しきれない。確かに、鬼鹿毛は頭がいいから、人間が考えてること、喜ぶことを分かってる感じがする。
(その割に、やる気ないレースではサッパリ走らなかったけど)
つまり、現状野馬追部から出せそうなG1勝利馬は、中山グランドジャンプ、京都ハイジャンプを制したルルくらいしかいないってことだ。
「で、校長先生も折れて『プレオープン以上ならOK』ってことになった。確か天照、テレビユー福島賞勝ってたはずだけど」
「確かに、そうですね」
わたしが返すと、狼森先輩はすまなそうな顔で言う。
「俺と池月で出てもいいと言ったんだけど、出来れば来年度以降もいる二年生以下がいいって言われてさ・・・・」
「分かりました。なんとかやってみましょう」
わたしはそう言うと、ユメノハテマデの馬糞を手早く片付け、猫車に放り込んだ。
で、今わたしと友里恵、そして天照とルルは写真部の部長、美月に撮影されているって言うわけ。
「はい、いいですよ~」
(終わったぁ・・・・・・)
ホッとしかけたのもつかの間・・・・・・
「じゃあ、歩くシーン撮るので、わたしは柵の外に出ます」
まだやるの・・・・?
わたしが困惑している間に、美月は素早く埒外に出て、カメラを構える。
「じゃあ、そこの坂の上から駈歩で下りてきてもらえますか?」
「は~い!」
わたしと友里恵はそれぞれ馬の頭を坂路に向けて、腹を蹴った。
「準備OK!」
坂路の一番上に立ったわたしと天照。
「お願いします!」
坂路の下から、美月の声が聞こえてきた。
「行くよ!天照」
わたしは天照の腹を蹴り、並足で歩きだした。
トコトコ・・・・・
一メートルくらい歩いたところで、さらに天照の腹を蹴り、速歩、軽速歩と速度を上げていく。そして、坂路の入り口に差し掛かった時・・・・・
「はい!行くよ!」
グッと踵で天照の腹を押す。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ・・・・・・
天照の揺れがゆったり、ブランコのような揺れに変わった。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ・・・・・
わたしの横にぴったりと合わせ、ルルと友里恵も駈歩で坂路を下る。
カシャカシャッ!カシャッ!
「いいですよいいですよ!」
右側から聞こえるシャッター音と美月の声。
グイッ
わたしは手綱を引き、天照の速度を下げ、止める。
「これで十分?」
美月の方を向いて言った。
「ええ、十分ですとも!」
恍惚とした表情で話す美月。
「美月、いったん落ち着いて・・・・」
友里恵がルルの鞍上から話しかける。
「ハッ!ついつい熱が入ってしまいました・・・・・」
美月が顔を赤くしながらカメラをバッグにしまおうとしたとき・・・・
「あさひに友里恵。撮影お疲れ様」
坂路の上から聞こえる狼森先輩の声。
ドスッ、ドスッ・・・・・
坂の上から、重々しい足音が近づく。
「先輩?」
後ろを振り向いたわたしが見たものは・・・・・
「グフフ、グフフ」
天照の一回りや二回りは大きい真っ黒な馬だった。
「輓馬ですか・・・・・?」
「そうそう。今日から野馬追部厩舎に入厩する予定だったんだ。しばらくの間預かる約束でね」
わたしが問うと先輩は輓馬の首を軽くたたきながら言う。
「入厩の予定とかは早めに言っといて欲しいんですけど」
「ごめんな。本来は来週の予定だったんだけど、急に早まったんだ」
申し訳なさそうに言う先輩。
「ほぉぉぉぉぉぉぉ!」
奇声が聞こえたので埒外を見ると、美月がプルプル震えながらカメラを取り出すのが見えた。
「狼森先輩!そのまま目線いいですか⁉」
「あ、ああ・・・・・・」
困惑気味に美月に視線を向ける狼森先輩。
カシャカシャッ!
「いいですよいいですよ!」
少し興奮気味に連写する美月。
「顔がいい。先祖代々馬に関わってきた家柄の息子。馬の申し子・・・・推せるぅ!」
恍惚とした表情でつぶやきながらシャッターを切る。
「美月、大丈夫?」
相変わらず馬上から心配する友里恵。
「過呼吸になったりしてない?」
「大丈夫ですとも!いや~。学校でこんな眼福な光景を見れるとは思いませんでしたよ!」
友里恵の問いに、美月が早口に答えた。
「皆さんにぜひお願いしたいことが・・・・・・」
さらに美月が言葉を重ねようとしたとき・・・・・
「あ!こんなところにいた。部長~!」
校庭の方から、一人の男子が走ってくる。
「あ!副部長~。どうしたの?」
駆けてきたのは、写真部副部長の大槻幸利。その幸利に、美月がゆっくりと問うた。
「どうしたのじゃないですよ!今日の一時から、新入生オリエンテーションの打合せじゃないですか!時間オーバーです」
わたしが腕時計を確認すると、針はすでに2と6を指している。
「ほら、行きますよ!」
幸利にカメラバッグと左手を持たれ、校舎の方に引きずられていく美月。
「ありがとうございました~」
気の抜けたような声が、校庭の方に消えていった。
場所は変わって野馬追部厩舎。
「今日から入厩するキタノコクオー。品種は日本輓系で性別は牡。毛色は青毛だな」
キタノコクオーの馬房の前に立ち、部員たちに説明する狼森先輩。
「大きいですね~!」
結那がいつものハイテンションで言い、コクオーの鼻をなでる。
「そりゃぁ、一トン近い鉄の橇を引いて山を越える馬だからな。おまけに、コクオーは一ヵ月前に引退したばっかりだ。筋肉もバッチリついている」
狼森先輩の言葉通り、コクオーの肩やトモには筋肉がたくましく盛り上がり、その力強さを誇示していた。
「五月ごろに、移動先の用意が整うから、それまでは野馬追部で預託だな」
狼森先輩はそう言って、厩舎の片隅にある飼葉の調合室に向かう。
「輓馬とサラブレッドじゃ飼葉の中身も違う。これから教えるから、皆覚えておくように」
「きれいだね~天照」
南相馬高校の外周を囲むように作られている馬道は、さらに外周を囲っている桜の花が咲き誇り、さながら桜並木のようになっていた。
カシャカシャッ!
前方の埒内から聞こえるシャッター音。
「いいですね~!いい感じですよ!」
前を見ると、南相馬高校の制服を着て、大きなカメラを構えた女子生徒が目に入った。背中まで伸ばした黒髪を一つに縛り、緑色のメガネをかけている。
「美月、すごい気合入ってるね・・・・・」
隣でルルの手綱を押さえながら言う友里恵。
「そうね」
わたしはそう言うと、前方でハアハア言いながら写真を撮る生徒・・・南相馬高校写真部部長、浜野美月を見る。
「いいですよいいですよ。あ!右の黒いお馬さん、目線こっちでお願いします」
「友里恵、言われてるよ」
「は~い」
友里恵が手綱でルルの顔を美月の方に向けた。
話は一週間ほど前に遡る。
「撮影ですか?」
野馬追部厩舎。わたしはユメノハテマデの馬房を掃除しながら問うた。
「ああ、で、あさひと友里恵にお願いしたいんだけど・・・・・」
狼森先輩が申し訳なさそうな顔で言う。
「どうしてまた野馬追部に・・・・?」
「どうも最近、競馬がブームになっているらしい。それを聞いた校長先生が『今年の学校案内パンフレットの表紙は野馬追部にしよう』だってさ」
「これまた唐突な・・・・」
わたしが言うと、狼森先輩はすさまじく疲れた表情で言葉を継いだ。
「これでも譲歩はしてもらったんだけどね。最初校長は『G1勝利馬二頭を表紙にする』って言ってたんだけど、野馬追部にG1勝利馬なんて鬼鹿毛とオーディルルドくらいしかいないだろ?」
「で、鬼鹿毛がカメラの前で大人しくしてるわけがないと?」
わたしの言葉に、大きくうなずく狼森先輩。
「アイツは変なところでサービス精神旺盛だからな。野馬追部にメディアの取材とか、かつてのファンの見学とかあるけど、鬼鹿毛はよくフレーメン反応したり馬っ気出してるだろ?」
「そうですね」
「アレ、ギャラリー受けがいいことを分かっててやってる節がある」
「まさk・・・」
とっさに否定しようとしたけど、否定しきれない。確かに、鬼鹿毛は頭がいいから、人間が考えてること、喜ぶことを分かってる感じがする。
(その割に、やる気ないレースではサッパリ走らなかったけど)
つまり、現状野馬追部から出せそうなG1勝利馬は、中山グランドジャンプ、京都ハイジャンプを制したルルくらいしかいないってことだ。
「で、校長先生も折れて『プレオープン以上ならOK』ってことになった。確か天照、テレビユー福島賞勝ってたはずだけど」
「確かに、そうですね」
わたしが返すと、狼森先輩はすまなそうな顔で言う。
「俺と池月で出てもいいと言ったんだけど、出来れば来年度以降もいる二年生以下がいいって言われてさ・・・・」
「分かりました。なんとかやってみましょう」
わたしはそう言うと、ユメノハテマデの馬糞を手早く片付け、猫車に放り込んだ。
で、今わたしと友里恵、そして天照とルルは写真部の部長、美月に撮影されているって言うわけ。
「はい、いいですよ~」
(終わったぁ・・・・・・)
ホッとしかけたのもつかの間・・・・・・
「じゃあ、歩くシーン撮るので、わたしは柵の外に出ます」
まだやるの・・・・?
わたしが困惑している間に、美月は素早く埒外に出て、カメラを構える。
「じゃあ、そこの坂の上から駈歩で下りてきてもらえますか?」
「は~い!」
わたしと友里恵はそれぞれ馬の頭を坂路に向けて、腹を蹴った。
「準備OK!」
坂路の一番上に立ったわたしと天照。
「お願いします!」
坂路の下から、美月の声が聞こえてきた。
「行くよ!天照」
わたしは天照の腹を蹴り、並足で歩きだした。
トコトコ・・・・・
一メートルくらい歩いたところで、さらに天照の腹を蹴り、速歩、軽速歩と速度を上げていく。そして、坂路の入り口に差し掛かった時・・・・・
「はい!行くよ!」
グッと踵で天照の腹を押す。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ・・・・・・
天照の揺れがゆったり、ブランコのような揺れに変わった。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ・・・・・
わたしの横にぴったりと合わせ、ルルと友里恵も駈歩で坂路を下る。
カシャカシャッ!カシャッ!
「いいですよいいですよ!」
右側から聞こえるシャッター音と美月の声。
グイッ
わたしは手綱を引き、天照の速度を下げ、止める。
「これで十分?」
美月の方を向いて言った。
「ええ、十分ですとも!」
恍惚とした表情で話す美月。
「美月、いったん落ち着いて・・・・」
友里恵がルルの鞍上から話しかける。
「ハッ!ついつい熱が入ってしまいました・・・・・」
美月が顔を赤くしながらカメラをバッグにしまおうとしたとき・・・・
「あさひに友里恵。撮影お疲れ様」
坂路の上から聞こえる狼森先輩の声。
ドスッ、ドスッ・・・・・
坂の上から、重々しい足音が近づく。
「先輩?」
後ろを振り向いたわたしが見たものは・・・・・
「グフフ、グフフ」
天照の一回りや二回りは大きい真っ黒な馬だった。
「輓馬ですか・・・・・?」
「そうそう。今日から野馬追部厩舎に入厩する予定だったんだ。しばらくの間預かる約束でね」
わたしが問うと先輩は輓馬の首を軽くたたきながら言う。
「入厩の予定とかは早めに言っといて欲しいんですけど」
「ごめんな。本来は来週の予定だったんだけど、急に早まったんだ」
申し訳なさそうに言う先輩。
「ほぉぉぉぉぉぉぉ!」
奇声が聞こえたので埒外を見ると、美月がプルプル震えながらカメラを取り出すのが見えた。
「狼森先輩!そのまま目線いいですか⁉」
「あ、ああ・・・・・・」
困惑気味に美月に視線を向ける狼森先輩。
カシャカシャッ!
「いいですよいいですよ!」
少し興奮気味に連写する美月。
「顔がいい。先祖代々馬に関わってきた家柄の息子。馬の申し子・・・・推せるぅ!」
恍惚とした表情でつぶやきながらシャッターを切る。
「美月、大丈夫?」
相変わらず馬上から心配する友里恵。
「過呼吸になったりしてない?」
「大丈夫ですとも!いや~。学校でこんな眼福な光景を見れるとは思いませんでしたよ!」
友里恵の問いに、美月が早口に答えた。
「皆さんにぜひお願いしたいことが・・・・・・」
さらに美月が言葉を重ねようとしたとき・・・・・
「あ!こんなところにいた。部長~!」
校庭の方から、一人の男子が走ってくる。
「あ!副部長~。どうしたの?」
駆けてきたのは、写真部副部長の大槻幸利。その幸利に、美月がゆっくりと問うた。
「どうしたのじゃないですよ!今日の一時から、新入生オリエンテーションの打合せじゃないですか!時間オーバーです」
わたしが腕時計を確認すると、針はすでに2と6を指している。
「ほら、行きますよ!」
幸利にカメラバッグと左手を持たれ、校舎の方に引きずられていく美月。
「ありがとうございました~」
気の抜けたような声が、校庭の方に消えていった。
場所は変わって野馬追部厩舎。
「今日から入厩するキタノコクオー。品種は日本輓系で性別は牡。毛色は青毛だな」
キタノコクオーの馬房の前に立ち、部員たちに説明する狼森先輩。
「大きいですね~!」
結那がいつものハイテンションで言い、コクオーの鼻をなでる。
「そりゃぁ、一トン近い鉄の橇を引いて山を越える馬だからな。おまけに、コクオーは一ヵ月前に引退したばっかりだ。筋肉もバッチリついている」
狼森先輩の言葉通り、コクオーの肩やトモには筋肉がたくましく盛り上がり、その力強さを誇示していた。
「五月ごろに、移動先の用意が整うから、それまでは野馬追部で預託だな」
狼森先輩はそう言って、厩舎の片隅にある飼葉の調合室に向かう。
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