斯様な形で婚約破棄を宣言されたのですから、もう後には戻れませんよ?

剣伎 竜星

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余編※アレウス視点

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鉄格子と簡素な寝台、部屋の隅に排泄のための壺といった小汚い牢屋に連行してきた衛兵に蹴り入れられた僕はどうしようもなく、寝台に横たわった。

ヴィーナも同じ様な部屋に入れられて酷い目にあっているかもしれないけれども、今の僕では悔しいが、どうすることもできない。

『斯様な形で婚約破棄を宣言されたのですから、もう後には戻れませんよ?』

することがないからか、小憎たらしいミネルバの言葉が妙に頭に残って、繰り返される。

「……僕は間違っていない。ミネルバは婚約者の僕を蔑ろにしているのだから、格上のユピタル伯爵家うちが格下のメティス子爵家むこうと結んだ婚約を破棄しても文句は言えないはずだ」

口から出た言葉達は冷たい牢屋の空気の中に消えていった。



仕事に行っているはずの憮然とし、無言の父上により牢屋から出ることができた僕は、普段は学園の寮で暮らしていたので、寮に戻ろうとした。しかし、怒り心頭の父上に引き摺られる様に運ばれ、久しぶりに屋敷に戻った。

「……本当にお前という奴は……牢屋に入れられた話を耳にして、大恥をかいたわ! この大馬鹿者がぁ!!」

「父上!?グアァっ……」

「あなた!?」

僕の帰りを喜んだ母上が待っていた談話室で僕が牢屋に入れられた顛末を話したら、突然、僕はソファーから立ち上がった父上に殴り飛ばされた。

「王国は国王陛下を頂点とした身分社会ではあるが、王家を除き、その身分を血筋で維持できるのは親子3代の間にその身分にふさわしい功績を挙げることが条件となっている。学園の初等科を卒業しているのだから、その程度のことはわかっているな? アレウス?」

「……はい」

これまで見たことのない冷めた瞳で父上は僕を睥睨している。

「ならば何故、トリアス第二王子殿下が開かれたパーティーに招待状が届いていないのに会場に押し入った? そればかりか、当家とメティス家の名を出して、あろうことかミネルバ嬢の名を騙った!?」

「それは……」

「しかも、よりにもよって、人が集まる入り口で入る口実にしたミネルバ嬢に婚約破棄を宣言するとは、ふざけているのか!? 私なら分かってくれる? その様な非常識な行動をとる大馬鹿者のことなど分かる訳がなかろうが!!」

父上はそう怒声をあげられると、

「あの娘ミネルバが婚約者であるアレウスを見下すからです! 子爵家の分際で格上である当家のアレウスを学園の成績がいいからと言って見下す理由にはならないでしょう!?」

「母上……」

味方だと思っていたが僕を責める父上から母上がかばってくださった。

「……アレウスがこうなってしまったのは当然、私にも責任があるが、君にもある。君は私に相談せずにメティス家の経営している商会で高い買い物をしているそうだが、その金はどこからでている? 聴いたところによると、アレウスとミネルバ嬢の婚約後、毎月私の収入の3倍以上の額が消費されているそうじゃないか?」

「……それがなにか?」

父上の問いかけに母上は何でもない事の様にそう返された。

「ここにメティス家からもらってきた君がこれまで“ツケ”としてメティス家の商会から買った物の目録の写しがある。総額は利息なしで私の月給の30年分。内訳は主に社交界のためという名目で買った流行のドレスと宝石と貴金属でできた装飾品、他は高級な茶葉等々。この写しを渡してくれたメティス子爵夫人に言わせれば伯爵家としては過剰すぎる支出だそうじゃないか?」

「嘘です! なんで貴方が商会から買った物の目録なんてお持ちなのですか?」

父上の差し出した紙束に目を通した母上は手にしていた目録の写しを床に叩きつけて父上に反論されました。

「アレウスの蛮行を聞いて、私はすぐにメティス子爵家へ謝罪に行ったのだよ。生憎本人と当主は不在だったが、子爵夫人が対応されて、そのときに嫌味と共に渡されたものだ。君が信じたくなければ別に構わないが、私は別途算出してもらった“伯爵夫人として必要な分”以外は金を出すつもりがないから、君自身で工面しなさい」

父上はそう母上に告げると、再び僕の方へ顔を向けられた。

「アレウス、私がメティス子爵にお前とミネルバ嬢の婚約を頼んだのはお前にユピタル伯爵家を存続させて欲しかったからだ。お前は気に食わなかったかもしれないが、婚約はあくまで婚姻を約束するものだから、きちんとした手続きと審査を通すことで“条件付き”で“なかった”ことにはできた」

「え!?」

父上のその言葉に僕は思わず驚きの声をあげてしまった。

「だが、それもお前がミネルバ嬢を貶める様な蛮行を犯したから、もはや叶うまい。また、貴族として瀬戸際だった上に致命的な不敬を王族のトリアス殿下に働いたのだ。釈放はしてもらえたが、追って罪科の沙汰が王城から来るだろう。それから、メティス子爵夫人がミネルバ嬢から『ユピタル伯爵家とアプロス男爵家の人間の顔は見たくない』という伝言を預かっていたから、お前達にも伝えておく」

顔は見たくない? どういうことだろう??

「……ミネルバ嬢は今回の加害者であるユピタル家とアプロス家の謝罪は受け付けないという意思表示だ。せめて前以て、婚約破棄の相談してくれさえいれば、もっと穏便にことを済ませられたものを……」

父上は口惜し気にそう言われると、呆然とした僕と母上を残して部屋を出て行かれた。



父上に責められた後、僕は学園の寮に戻ることは許されず、自室で謹慎することになった。その翌日、王城から役人が屋敷に来た。

遂に僕はトリアス殿下への不敬が裁かれるのかと恐々としていたのだけれども、役人が来たのは僕とミネルバ・メティス伯爵・・令嬢の婚約破棄の手続きの一環だった。

僕は父上の執務室に呼ばれた。母上は食事の時以外、自室から出てこなくなってしまった。

役人から提示される婚約破棄の理由となる証拠の数々。僕とヴィーナの学園での密会の現場の映像が写し出された紙に、一線を越えるために利用した宿の台帳の一部を専用の魔導具で複写した僕とヴィーナの筆跡。そして、あの日僕がミネルバに婚約破棄を告げたときの映像。

それら全てを父上は感情が抜け落ちた表情で淡々と一瞥していった。

証拠の確認が終わった後、役人は反証の確認をしてきたけれども、全ての証拠に日付と場所、時刻が付記されている。しかも、ヴィーナと授業時間中の逢瀬のものについてはそのときの僕とヴィーナの受講科目の出席確認書類まで添付されていた。

父上は反論されず、反論しようとした僕は父上の拳で黙らされた。僕の不貞が認められ、僕とミネルバの婚約は僕の有責で破棄されることになった。

発生した慰謝料を既に爵位を剥奪されていた当家で支払えるはずもなく、それに加えて、トリアス殿下への不敬罪も重なり、父上は犯罪奴隷として鉱山に送られ、母上も犯罪奴隷になり、罪が重かった僕は競売にかけられる犯罪性奴隷として生まれ育った屋敷から連行された。



『斯様な形で婚約破棄を宣言されたのですから、もう後には戻れませんよ?』

…。
……。
………。
……なにかゆめをみていたみたいだけど、なにもおもいだせないや。
ぼくはよこになっていたごしゅじんさまたちのにおいがのこっているべっどからおきて、おさらにもりつけてあったごはんをたべました。

そういえば、ごしゅじんさまたちはぼくのちちうえがらくばんじこでなくなったっておしえてくれたっけ。ははうえはきのう、かいてがみつからなくてしょぶんされたといっていたけど、ちちうえ、ははうえ、ってだれだっけ?

いまはおひるみたいだけど、よるのおつとめのためにねむけにしたがって、ぼくはべっどにもどって、めをとじた。
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