もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第二章 動き出す歯車

42 刻見の幻

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「ばかな。大問題じゃないか」

 む、と、あからさまに不機嫌な顔で返したユウェンの行動は早かった。

 行くぞ、と座長の青年に告げて席を立ち、さっさとテントを出ようとしている。
 無言で応じたシュスラは長い歩幅で先回りをし、恭しい所作で扉布を開けて待っていた。

 やがて、ぽかんと見つめる三名分のまなざしに気づいてか、ふと立ち止まる。振り返ると逆光を受けて、さらさらの黒髪にちかり、と光の輪が宿った。

「行かないんですか? 一刻もはやく、見つけたいでしょう」

「もちろんです……!」
「! 当然だ」

 アストラッドたちは、めいめいに我に返って魔族の少年のあとに続いた。



   *   *   *



 大天幕の解体は順調に進んでいた。幸いキティの説明が行き渡ったらしく、野次馬も失せている。
 膨大な量の木組みと布も、いまや周辺部分を残すのみ。石舞台と客席は元からクラヒナ広場にあった野外劇場なので、一座が持ち込んだのは組立式の外枠と柱、照明器具だけだった。

 ちなみに、高所部分を取り払っているのは鳥乙女ハーピィたちなので、足場を組む必要はない。
 ざっと見たところ、くだんの男女と同種族の竜人ドラゴニュートはいなかった。
 力自慢の地底小人ドワーフや獣人男性も、意外に力持ちな森の人エルフも、みな忙しく立ち働いている。


 と、シュスラが声を張った。

「おーい! 各持ち場のリーダーのみ集合!」

 はーい、と、小気味いい声や野太い声が響き、すぐに外見のばらばらな団員たちが集まった。全員、アストラッドたちの姿を認めて「あ、あのことか」という顔をする。その空気を綺麗に無視して、シュスラは問いかけた。

「持ち場は見て回ったろう? シトリンとルダードには何をられた」

「えーと……、飲料水と携帯食料が、二人なら五日分」
「魔力遮断香炉と認識阻害布(大)ですね」
「あと、竜が一頭」

「あほか。盗まれ過ぎだろ……」

 ぼそっと突っ込んだユウェンに一同の視線が一斉に刺さる。ユウェンは、ふいっとそっぽを向いた。「事実だ。手ぬるい」

 まぁまぁ、と、シュスラが頭の痛そうな顔で双方を取りなした。

「そうですね。返す言葉もない。が、裏切られるとは思わなかった。仮にも仲間でしたから」

「……」

 黙り込んだ少年の頭をぽんぽん、と撫で、シュスラは全員を見渡した。

「午前公演で舞台に出てもらった人族の少女二名と、その付き人。彼女らを連れ去ったのが、いなくなった二名の公算が高くなった。もう一度聞く。奴らを最後に見たのはいつだ」

「うーん……。やっぱり、こっちの坊っちゃんがたが探しに来られた公演後の天幕捜索。そのあとじゃないですかね。正確には坊っちゃんがたが帰られたあと。あんときは普通に昼休憩でしたから。あいつら、土産買いたいからって出ていったんですよ」

 年嵩としかさらしい地底小人の男性が、長く伸ばしたもじゃもじゃの赤茶色のひげごしに、もそもそと喋る。「だよな」「うん」と、獣人も森の人もほのぼのと頷き合っていた。

「……ううぅ。頭が痛い……」
「な? シュスラ。俺の感覚がおかしいわけじゃない」

 天を仰ぎ、右手で目元を覆った座長の青年が嘆くと、訳知り顔のユウェンが下から覗き込んで、よしよしとその背を叩いた。

 はぁ……、とため息をついた青年は、諦めたように逃避から戻ってきた。そのまま命令を下す。

「全員。その辺の団員にも周知。いまからユウェンが“刻見ときみ”をする。限定的に幻がたつから、解体作業は一時中断。残った幕は、あの高さならちょうど目隠しになるはずだ」

「!! 了解……!」

 ざっ、と蜘蛛の子を散らすようにリーダーたちが持ち場に走り去る。
 ほどなく解体の物音は止み、一画には、周囲の喧騒から切り取られたような不思議な静穏が満ちた。




 かくして。

 ユウェン少年がその場に膝をついて地面に触れ、何事か呟くとたち現れたまぼろし――大地と大気に刻まれた「過去の記憶」の最新情報により、一行は、信じがたい犯行の一部始終を目の当たりにした。

「嘘だろ」

 さすがのトールも愕然とする。音のない、薄い色彩のなかで竜人たちは、一人の少女の指図を受けていた。

 ――主犯は、メイドベティだった。



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