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そうよ、わたしは魔王の妻
しおりを挟む石の城壁が崩れ、怒号とともに雪崩れ込んでくる勇者たちの足音が響く。
床は振動でぴりぴりと揺れ、獅子の足をかたどった寝台の脚までが小刻みに震える。敵はすぐ近くまで迫っていた。
エロイザはとろんと目蓋を半分開きながら、正義とはなんたるか、いかに脆いことかに思いを馳せた──彼らにとっての正義が、エロイザにとっての正義とは限らないのだ。
逆もまた、しかり。
「やつらがきたな」
エロイザの夫が、いかにも傲慢そうな笑みを口元に浮かべて言った。「懲りない連中だ。そろそろ学んでもよさそうなものを」
くくく、と笑う。
そんなエロイザの夫の美貌は、この世ならざるものがあった。
艶やかな漆黒の長髪に、彫りの深い男らしい顔つき。瞳だけが見るものを凍りつかせるような薄いグレーで、体つきは信じられないほど力強くたくましく、全身が鋼のようだ。肉体の秀美だけではない、見る者すべてを従わせるような迫力が、この男には備わっている。
エロイザの夫は、この世界の闇を支配する『魔王』と呼ばれる存在だった。
ふたりの住む黒々とした巨大な城には、数えきれないほどの魔物が、主である魔王のために、日夜、命もいとわず忠実に仕えている。
魔と名のつく存在が忠実というのも、おかしな話だとエロイザは昔思っていた。でも実際、彼らはとても献身的な存在だった──少なくともエロイザの夫に対しては。
彼がパチンと指を鳴らすだけで、魔物たちは暴虎馮河に敵に立ち向かう。
「戦いになれば、また、魔物たちが死んでしまいますね」
夫の裸の胸元に指をすべらせながら、エロイザは悲しくつぶやいた。
「魔物に死を悲しむ感情はない。そういった感傷は、お前たち人間が勝手に想像していることだ」
それが魔王の答えだった。
そうだろうか、とエロイザは疑問を呈したかったが、今、それをするのは残酷だ。たびたびこの城に攻め入ってくる勇士たちをエロイザの夫が倒すのは、エロイザのためなのだから。
「わたしが半分人間じゃなかったら……。あなたが、わたしを選ばなければ、こんなことにはならなかったのに。ごめんなさい」
エロイザはうつむいたが、すぐに夫の手にクイッと顎を持ち上げられる。
灰色の瞳の奥には、紅蓮の炎が燃えていた。魔王の怒りは本物だった。いつだってそうだ。エロイザのことになると、この美しき魔界の帝王はいつもの放漫で退廃的な態度を一変させた。
「俺がまだあの連中を皆殺しにしていない理由はただひとつ……お前がそう望んだからだ」
エロイザはごくりと喉を鳴らして、迫り上がってくる唾を飲み込んだ。
背筋にゾクゾクと痺れが伝ってくる。
エロイザは「う……」と悩ましく声をこぼし、その痺れに抵抗しようとしたが、小刻みな痙攣が甘い官能をともなってくるのに長い時間はかからなかった。
「ふ……っ、くぁ……あん」
「俺がやつらの土地を焼き続けるのは……お前と生きるために必要だからだ」
「だ、だめ……。こんな、すぐ、に……ァ……!」
エロイザの夫は、妻の体に快感を与える方法を、普通の人間よりもずっと多く持っている。念力もそのひとつで、指ひとつ動かさずにエロイザに様々な愛撫を加えていくことができた。特に、今みたいに、一糸纏わず夫の胸にすがっている裸体のエロイザを絶頂に導くことなど、まったく造作ない。
たとえ、寝室の外では城壁を壊す敵の雄叫びが聞こえてくる朝でも、それは変わらなかった。
「ひぁ……ぁ……ン」
胸の頂、耳の後ろ、口の中、さまざまな性感帯が夫の念力による圧力や刺激でもてあそばれる。
引っ掻くような甘い痛みから、ねっとりとした執拗な煽り方まで、あらゆる感触がエロイザの白い肌を這う。
腕の中で、あられもなくピクピクと痙攣するエロイザの姿を、魔王は愛情に満ちた微笑を浮かべながら見下ろし、鑑賞していた。
「いい姿だ、エロイザ。とてもそそる。美しい。俺の小鳥」
ふたりきりの寝台の上で。
たとえ外には数え切れないほどの敵がいようとも。
エロイザは怖くなかった。恐怖など、夫に与えられる官能の前では、蜘蛛の巣の薄膜のようなものでしかない。ちょっと払えばすぐなくなってしまう。
エロイザの肌から、なんとも甘やかな芳香がじんわりと蒸れ出す。
寝室の入り口を警護する、ひとの体と鷲の頭を持った魔物が、ピクリと反応してせわしく首を回した。戦闘のためだけに生み出された、感情も性欲もないはずの魔物でさえ、エロイザの香りには呼応してしまう。
エロイザは人間と淫魔サキュバスの混血だった。
性的快楽を感じている淫魔の肌からは、媚薬効果のある芳香が放たれる。ひとの血が混じることで弱まるだろうと思われたその体質が、エロイザにおいてはなぜか倍増される結果になった。
この香りのせいで、エロイザは魔王に捕まったのだ。
魔物たちの慰み者となるために囚われたというのに……気がつくと愛し合っていた。そして今は、彼の……彼だけの愛玩具だ。
「うぁ……ああんっ! ひぅっ、く…………ァ」
ジュクジュクと溢れる愛蜜が、太ももまで垂れてくる。
ずっと念力しか使わなかった魔王は、だらしなく快楽に溺れているエロイザの足をぱくりと開き、すっと指先で女性器を縦にこすった。
「……ッ……!」
エロイザはびくりと首を反らした。
すでに達する直前だというのに、魔王はそのまま指で器用にエロイザの蕾を暴いていく。エロイザの薫香はすでに寝室に充満していて、敏感な人間ならきっと近づいただけで気を失ってしまうはずだ。
しかし魔王は、微笑さえ浮かべながらエロイザの嬌態を楽しんでいる。
「ゆるし……て……ァ……んぁっ! ああ!」
「気の毒なくらい感じやすい女だ、お前は。可哀想に」
言葉とは裏腹に、念力と指の両方であらゆる場所をいじめられる。
乳輪がぽってりと色づき、乳首が真珠のように固くなっていた。そこをキリッとねじるように摘まれて、エロイザは涙をこぼした。
エロイザの、ふわふわと緩くカールしている金髪が揺れる。
瞳は青で、多くの者がエロイザを人形のように愛らしい顔つきだと評した。
もっともそんな童顔も、淫楽の波に溺れているあいだは女そのものだった。人間の世界で生まれ育ったエロイザは、自分の並外れた美貌や、ときおり身の回りで起こる不可思議なできごとの原因を知らなかった。
魔王に出逢うまで。
「どう……して……」
エロイザは空虚に問う。
答えを期待しているわけではなかった。でも、エロイザの夫は妻の独り言を聞き逃したりはしない。
「エロイザ、なにを知りたい?」
低い声。
その空気の振動だけで、エロイザの肌は粟立つ。その響きだけで、エロイザの体は熱くなった。
すぐに答えないと、その答えを得るために愛撫がさらに激しくなるのがわかっていたから、エロイザは嬌声を飲み込んでささやいた。
「どうして……あなたは……わたしを愛して……いるの?」
遠くからさらに岩が炸裂するような衝撃音が届く。ああ、またこの時がきてしまった。何度繰り返すのだろう。エロイザがここにいる限り終わらない、破壊と再生のループ。
魔王はいきなりエロイザの膣に熱くて太いものを突き上げてきた。
「…………んぁっ!! ああぁ!」
肉棒ではない。
彼の思念を具現化させたどす黒くて固いなにか。ぬめりを帯びて、エロイザの夫の欲望を表すかのようにうごめく物体が、蜜道を犯している。めりめりと奥へ侵入し、自由自在に小さな突起を駆使しながら、エロイザの弱点をこれでもかと突いてくる。
「ひぅ──うあ……っ、ああ! んっ、あ、ぅ……」
唇から唾液が垂れる。
魔王はまだエロイザを胸の上に乗せて、彼女がビクビクと痙攣する姿を楽しんでいる。文字通り悪魔だ。でもエロイザはそんな彼を愛さずにはいられなかった。
残酷なのに、優しい彼を。
卑怯なのに、正しいこのひとを。
「お前はどんな答えを期待している……?」
「う……ぁ……ゆ、許し……て」
「許しを乞うくらいなら、最初からなにも言わずに俺に愛されていればいい。しかしお前は疑問を持った。お仕置きが必要だ。何度もそう言ったはずだな?」
「う、は……っ、はい……」
彼の「お仕置き」のひと言に、体の奥が甘くうずく。すでに快楽の前に降参してしまっている肉体が、それ以上を欲しいと続きを求めてひくつく。
「んぁ……ぐ」
エロイザには、自分がただの人間だと信じていた頃の記憶がある。
普通の人間の娘として育てられ、それにふさわしい情操教育を受けてきた。だから、他の魔物の女のように、性に奔放にはなれない。ましてや淫魔として異性を誘惑する方法などまったく知らないまま……ただただ夫に翻弄されるばかりだ。
そのくせ、感度だけは一人前の淫魔で。
「ひぅっ! あ、あ! だめぇ……!」
魔物の中の一部の者は、触手と呼ばれる、自由に収縮し長さや太さを変えるロープ状の感触器を自由自在に操ることができる。もちろん最強の魔力を誇る魔王がそれを使えないはずがなく、数も、形状も、先端の形さえ変えたい放題だ。
手足や道具の代わりに使える便利さもあるが、彼のお気に入りの触手の使い方は……。
「あうぅ… …! あぁん、ひぅ……っ、も、こわれちゃ……あぁ! あああ!」
裸の肢体を夫の触手にからめとられ、性感帯という性感帯のすべてを激しく責め立てられる。絶頂に次ぐ絶頂を何度も与えられて、どこからが悦びで、どこからが痛みなのかわからなくなってくる。
もしかしたら、それらに境界線などないのかもしれない。
城の外では戦争がはじまっていた。
人間と、魔物の戦い。
エロイザの中のふたつの血が、ざわめく。心臓が千切れてしまいそうに痛い。悲しい。半分人間であるエロイザが魔界で生きていくためには、定期的に人間の住居地を焼き、その恐怖を糧に結界を強化する必要があった。
──もちろん人間は黙っていない。
こうして定期的に、人間のうちで力のある者たちが集まっては、魔界に反撃しようとする。それもすぐ、エロイザの夫に駆逐されてしまうのが常だった。
彼ら人間の勇士たちにとっては、魔王もエロイザも、不幸の元凶……悪でしかない。
でも、ふたりは愛し合いたいだけだ。
ふたりで生きたいだけ。
少なくともエロイザは、夫の隣にいること以外、なにも望んでいない。
「たとえ世界を壊さなくてはならなくても」
魔王がつぶやく。
触手は体の一部だから、彼自身も快感を得ることができるという。それでも魔王は触手を前戯とみなしていて、最後は絶対に、彼自身でエロイザを貫く。
「たとえこの世のすべての生物の息の根を止める必要があっても」
エロイザはもう嬌声さえ出せなかった。
ただ、はくはくと口を動かし、生きていけるだけの空気を求めることしか、できない。魔王はエロイザを激しく揺さぶる抽送を繰り返し、欲望の丈をこれでもかと彼女の奥に打ちつけた。
「お前さえ俺の隣にいてくれるなら、迷いも躊躇もない……。すべて灰にしてしまえ」
人間の世界で暮らしていた頃のエロイザは、この悪魔の残忍さを恐れ、嫌悪していたものだ。しかし今はそのおかげでふたりがある。
「ん…………は……ぅ……」
「可哀想に、エロイザ……。壊れる直前のお前は可愛い……。もっと……愛して……もっといじめたくなる……」
「んぁ、あっ、う──っ」
城の外で人間たちの悲鳴が聞こえた。
魔王の放った魔物が、城壁を崩して侵入してきた勇士たちに襲いかかったのだ。きっと血が流される。エロイザと魔王の愛はその血の上に成り立っている。
──でも、離れられない。
上半身を触手に絡めとられ、蛇の口に似た先端に胸の頂をなぶられる、その艶かしい官能。魔王の肉棒に隘路を支配され、最奥まで貫かれる、その麻薬的な快感。
それでなくても敏感なエロイザの肉体が抱き潰されてしまうのは、時間の問題だった。
魔王はエロイザにとって最愛の優しい夫であったが、悪魔であることに変わりはない。エロイザか壊れてしまうのを見るのが好きだった。
いつしかエロイザも、そんなふたりの愛の交わりに溺れている……。
「んああああ──! ああ!!」
魔王の屹立がさらに力強さと太さを増して、エロイザの中に大量の白い飛沫を注ぎ込む。
……それだけではない。彼の白濁には媚薬効果があって、エロイザの蜜壺はその粘液を飲み込みながらビクッ、ビクッと痙攣する。
はじまったばかりなのだ、まだ……。
「ひ、う……た……助け……」
「いい子だ……。助けてやるさ……奈落の底に、落ちたあとに……な」
ぎゅっと大切に抱き抱えられ、髪を撫でられる。
でも男女のものは繋がったままで、触手は絶え間なくエロイザの胸をもてあそび続けている。
外は静かになって……人間と魔物の戦いに決着がついたらしかった。今回もまた、エロイザの夫そのひとが手を下す必要さえなかったようだ。
エロイザは、救いを求めて魔王の頰に触れる。
魔王は目蓋を伏せ、その白い手に唇を寄せた。──求められているのは体だけかもしれないと、不安になるときもある。エロイザの体質は特別で、魔王の快楽とために有用な玩具だから。それに、子を為すためだけの道具かと憂うこともある。
でも、こんな何気ない仕草に、どんな言葉よりもはっきりと彼の愛情を感じることもある……。
愛などないはずのこの魔界で、エロイザは間違いなく愛されている。
「あな、た……が……すき」
エロイザがささやくと、魔王の背後からさらに複数の細くて長い蛇のような触手が伸びてきて、素早くエロイザの肢体に絡みついた。
「んぁ……ふ、くぅ…………ん」
ありとあらゆる感じる場所を責められ、エロイザの正気が遠のいていく。
すでに体内に魔王の媚薬を受け入れた体はいつもよりもっと過敏になっていて、もう手の施しようがない。
「どうしようもない女だ、お前は」
意識が遠のいていく前に、夫のそんなつぶやきがエロイザの耳をくすぐった。
「そうやって俺をさらに悪い存在にさせていく……。本物の悪魔はお前だよ、エロイザ。俺の淫魔」
彼は声にさえ催淫効果を持っているのかもしれない。エロイザはビクッと震え、陶酔の中に溶けていった。
応援ありがとうございます!
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