いのちうるはて、あかいすなはま。

緑茶

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第4話 未払い案件①

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 あくる日は、出張の仕事だった。

 先輩の運転する社用車に、山崎と一緒に乗り込む。
 それから、高架の市道を走り始めた。

 車内には、サイドブレーキのすぐそばのケースから取り出されたCDが流れている。

「先輩ージャズとかあんまりあたし好きじゃないんですけど」

 僕の隣で、山崎が口を尖らせる。

「課長の趣味なんだからしょうがないだろ。ラップなんかかけてみろ、殺されるぞ」
「えー。Kポップは駄目なんですか」
「知るかよ」

 それから、しばしドライブ。曲がった道の先に、山間が見える。
 僕たちのカバーしている範囲は広いので、出張ともなれば、市内の端にまで車を飛ばさなければならない場合がある。

 ……遠ければ遠いほどいい。帰りが遅くなっても。
 そう、ふと思った。

「先輩」

 山崎に話しかけられる。ちょっと虚をつかれる。

「えっ。何」
「どうかしたんですか。あんまり元気ないですよ」

 車内には、スムースジャズのコンピレーションが奏でるもったりしたサックスの音色が響いていて、そのはざまで、答えを探そうとした。

「お前ら、これから行くところな。課長から聞いてるとは思うが」

 先輩が、バックミラーで僕たちに視線を送りながら言う。
 ちょっとだけ、背筋を伸ばす。

「まぁまぁしんどいかもしれん。お前らは立ってるだけでいいから、俺のやること、よく見とけよ」
「はぁい」

 山崎の返事。
 僕はというと、ほんの少し、身を固くする。

 それから目的地まで、八分ほどかかった。

「……先輩」

 また、山崎に話しかけられた。

「やっぱり、元気ないですよね。むりしないでくださいよ。心配です」

 ……なんと返したのか、覚えていない。
 ただ、どのみち、山崎に対しては、申し訳無さがあった。
 本気で心配してくれていると分かっていたから。

 到着した場所は、結構大きな屋敷風の住宅だった。

 ……とはいえ、実態が外見に伴っていないのは、垣根の手入れがされていないことと、屋根瓦が色あせていることから伺いしれた。
 玄関を開けて出てきたのは、四十すぎくらいの眼鏡の男性だった。
 誘導されて、据え付けられたガレージに停車。
 それからひとしきりのあいさつを済ませて、中にはいる。

「今日はご足労いただき……本当に。ごめんなさいね、急に」

 男性は、笑顔もなく、少し疲れている様子だった。
 僕たちは家の中の様子以上に、そこに引っかかりを覚えた。
 先輩は彼と小さくやりとりとかわしながら先を進む。にわかに緊張が高まる。

「こちらです。お願いします」
「失礼します」

 そうして、大きな部屋の前。男性が、ふすまを開けようとした時。

「渡さない、この人は絶対に、渡しませんよ! 帰ってもらいなさい!」

 女性の声。恒例の。大きく、激しく。
 隣で、山崎が少し驚いた様子を見せた。
 しかし、先輩は男性とうなずきあって、中に入った。僕たちも、それに続いた。

 足を踏み入れた時、山崎が少しだけ呻いた。
 そこに居たのは、大量の管が身体に突き刺さり、ベッドの上に横たわっている枯れ枝のような老人と、その隣に控えてこちらを睨みつけているお婆さんだった。

 ……聞かされていたとおりだ。『貴腐老人』。
 もはや、生命維持の理由が、尊厳以外の何者でもない、そんな存在。
 今のこの国の、八十歳以上の老人は、大半が『これ』だと、そう知った。

「マサタカ、どうして入れたの、この人達を! この人達はね、うちの人をおカネにしようっていうんですよ! 分かってるの!?」
「落ち着いて、落ち着いて……また倒れちゃうから」

 どうやら、眼鏡の男性は息子のようだった。もう若くないのに、生家に居る。裏側の事情が、立ちどころに分かるようだった。

「申し訳ございません、わたくし健康福祉課の――」
「いい、いい、そんな御託なんか! 帰って、帰ってちょうだいっ、」

 先輩に近づきながら追い払うジャスチャーをした矢先、老婆は咳き込んで、腰を折った。
 男性がしゃがみながら背中を擦る。その間も、ベッドの上の老人は、生きているのか死んでいるのかわからないまま、ただそこにいる。こころなしか、異臭もある。モニターに表示された通知だけが、生存を教えてくれる。

「……」

 山崎が、助けを求めるように僕を見た。
 とはいえ、僕だって実際ははじめてだ。だから、ただ、見ているしか出来ない。

「この人はね、この人はどれだけ苦労してきたか、それでこうなったんだよ、分かるかいあんたら若いのに、それがカネなんかで買えるもんかね。渡さない、この人は渡さないよ……」

 そこで老婆は泣き崩れてしまった。
 先輩は、男性の方に視線をやった。

「すみません。ここを出て奥に、ダイニングがあります。そこの椅子で、待ってていただけますか。落ち着いたら、すぐ行きます」
「承知いたしました」

 先輩は、男性に頭を下げた。僕らも、それに続く。

 ……先輩は、かけらも動じていない。
 僕の予測だが、その男性の反応を、待っていたのではないだろうか。
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