いのちうるはて、あかいすなはま。

緑茶

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第17話 たびのおわり

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 とにかく、凪は旅行が好きだった。
 彼女の地元には何もなくて、そこに居続けるだけでは、本当に『なにもない』ままで、終わってしまうから。
 だから都心の大学に来たのだそうだ。
 元気だった頃は、よく彼女に付き添って旅行にでかけた。
 でも、山も川も、彼女は好きじゃなかった。

「だけど、あそこはちょっと」
「バレたらヤバいよね。退学かも。じゃあ、卒業したら行こうよね」

 僕はその時頷いた。
 ここではないどこかへ。そのはてへ。
 そこに、何かがあると信じて――。



 聞こえるのは波の音だけ。
 凪は少し、歩くのを抵抗しているようだった。
 僕は構わず、彼女の手を引っ張る。

 しばらく歩くとそこにはすぐたどり着く。
 ざくざくと踏みしめる。
 砂利が砂に変わっていく感触。肌色ではない。綺麗ではない。
 それは空と同じ灰色をしている。

 視界を遮るものは僕らの後ろ側にしかなく、景色は前にしか続かない。
 左右にも砂浜が広がっているが、そのいたる所に、何やら建築物の残骸が転がっている。
 僕らは、赤い看板の警告を踏み越えてやってきた。帰るまでは戻らない。

「いたい、痛いよ、しーくん」
「もう誰も、遊びになんてやってこない。泳げる水質だった時代は、とっくの昔に終わってる。だから、あんなもの無意味だ。誰も追いかけてこない……」

 そして僕らは、たどり着く。

 曇天の空の上を、名前の知らない、耳障りな声を発する鳥が飛んでいる。

 その下に、広がっている。
 どこまでも、赤い。
 赤い、海。

「ここが」

 山崎が息を呑む。きっと彼女も、実際に来たのは初めてだろう。
 これが現実。まさに、世界の果て。

「僕らの、旅の終わりだ」

 誰も居ない。
 生き物は鳥たちだけ。
 海鳴りとともに並が灰色の砂に押し寄せては返っていく。赤い泡を残して。

 黒焦げになった流木のすぐそばに、ぼろぼろのビーチチェアが置いてあった。
 僕は凪をそこに引っ張っていって、座らせた。
 そして、その隣に座る。山崎も、それに続く。
 
 血の色の水が視界いっぱいに広がっていくさまを、その上の濃い灰色の空から、時たまに光条が差しては消えていくさまを、鳥たちがぎゃあぎゃあと金属音のようにわめきたてながら旋回するさまを、僕らは見つめる。
 何も起きない。向こう側からいきなり戦艦がやってきて砲撃することも、爆撃機がやってきてミサイルを落とすこともない。
 ここまでくれば、何も起こらない、そんな場所に来た。

「これが。こんなところが、僕らのたどり着いたところなんだよ、凪。こんな、寂しい場所が」

 凪は返事をしない。何か、魅入られたように、赤い海を見ている。

「結局。ずっと探してきたけど、見つからなかった。君のそばにいて、どれだけ苦しい思いをしたとしても、いつかは報われるんじゃないか。君は振り向いて、何かを言ってくれるんじゃないかって。ずっとそう思ってきた」

 僕の声は震えていて、いつしか、涙が流れていた。拭うことすら鬱陶しかった。流れるままにしてしまえ。

「だけど、もうおしまいだ。意味なんてない。最初から終わりまで見ていっても、きっと見つからない。君も、僕も、みんなも……だから、誰も救われないんだ。これが、おしまいなんだ」

 立ち上がる。
 僕は遠くを見る、凪と一緒に。
 視界の端で、何かが動いている。
 ピントを合わせると、うごめいていた。
 浜の一角に、あの黒い鳥が一羽、落ちていた。
 傷がついていて、震えていた。死にかけているのだ。あれではもう、助からない。

「終わりにしよう。するんだ……僕が」

 山崎が後ろから、やめてください、と言っているように思った。
 僕は、凪の首に、後ろから手をかける。
 なんて細いんだろう。あまりにも簡単すぎる。思わずそこで、笑みが溢れる。
 これが、本当に最後の、僕の、君に贈る、愛おしい気持ちだと。
 そう、思った時。


「ずっと、探してたけど」


 凪が、ぽつりと言った。
 風が強く吹き付けて、山崎が衣服をおさえていた。
 僕が聞き返そうとすると、彼女は続きの言葉を発する。



「外でても、見つからなかった、『ぱらそる』。ねぇ、しーくん。どこに、しまってあったっけ」



 そう言った、まさに次の瞬間。
 凪の身体のあらゆる場所から孔がひらいて、そこから甲虫が湧き出した。
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