いのちうるはて、あかいすなはま。

緑茶

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第16話 灰色のまち

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 僕たちは三人できっぷを買って、小さな駅の中に入った。
 それから電車を待った。
 本数は少なく、待ち時間が長かった。
 周囲を見てみると、すでに雲行きが怪しく、灰色が濃くなっていた。立ち並んでいる建物からも、生気が感じられない。
 これから先、ますますこうなっていくことが分かる。

 けたたましい警笛を鳴らしながら電車が来る、乗り込む。
 立っているときも座っているときも、凪は僕の手をギュッと握り、寄り添っている。
 言葉は、なにも発さない。ただ彼女はそこにいる。
 何を思い、何を考えているのか。それを案じるすべはない。ただ気をつけねばならないのは、彼女からあの甲虫が漏れ出さないかどうかだけだった。
 それ以外は、ごく穏やかな時間が過ぎていく。

 横並びの、閑散とした車両だった。
 何人かの旅人や、地元の人たち。天井でまわっている扇風機に、車体の真下から聞こえてくる駆動音。全体的に、茶色く、年季が入っている。
 窓のいくつかは開いていて、常に風が入り込んでくる。寒い風だ。
 列車は長い長い一本の線路を進んでいく。
 途中なんどか踏切を通過したが、それ以外に邪魔をするものは、たまにある無人駅だけ。あとは、徐々に枯れ落ちていく光景を窓の外から流していくだけだ。
 街を抜けていく。
 灰色が、増えていく。人通りも。建物も、何もかもが、どんよりとしていく。
 通り過ぎる景色の至るところに看板が立ててあって、『立入禁止』のサインが見える。
 それらの大抵は赤色だった。
 ここ数十年で、環境の悪化は当たり前になっていた。レジャーなんてものは遠くになった。都市部はその事実を隠しているけれど、そこから離れれば、こうしてたそがれていく。
 廃墟が、目立ってくる。
 山崎が、少し身を固くしている。あまり、こういうところには来たことがないらしい。
 無人駅に何度か停車した。何人かの客が乗り降りした。いずれも声を発さず、集団ではなく、まるで亡霊だった。
 進んでいく、進んでいく。
 僕らは三人で、曇天の下――沈黙を共有する。凪が、僕の手を握っている。そこに確かな熱がある。僕は、少し安心する。

 車内の吊り広告は取り外されている。どうせ誰も読まない。しかし、路線図のそばには、無理やり増設したらしい電子公告の液晶画面がはめ込まれている。
 それはちょうど僕らの向かい側にあって、現在の『情勢』を、嫌というほど教えてくれる。
 またどこかで戦争があって、またどこかの氷が溶けて。どこかで地震が起きて。
 そのどこかは、どこであっても、どこまでいっても、どこかのままだ。きっと、目の前の場所だったとしても。
 そんな中で、僕たちは生きている。車内は、暖房が効きすぎていた。
 隣で、凪が身動ぎする……。

「駄目だよお、あんたら。あすこに向かうなら、もっと元気そうな顔をしなきゃ……」

 向かい側で声。
 ちょうど、電子公告の真下に、小柄な老婆が座っていた。
 毛糸の帽子をかぶって、歯が抜けている。笑うと、顔の全部がシワになる。
 大きなカバンを自分の隣に置いている。赤子ぐらいなら、入ってしまいそうなぐらい大きな。

「まだ、若いんだ。若いうちは、何かと必死になりたくなるもんさね……」

 婆さんが、僕たちに言葉を発しているのだと気付いたのは、少しあとだった。だけど、こちらが返事をしなくても、気にする素振りはなかった。

「でも、そんなことね、そのうち、別にいいって気になるのさ……そうしたら」
「そうしたら――どうなるんです。そんなの、消えてなくなるしか、ないですよ」

 気付けば僕は、半分独り言に近いような調子で、婆さんに言っていた。眠気半分だ。山崎が少し、驚いた様子を見せる。

「消えはせんよ、ぜんぶ、ぜーんぶ……ある、あるがまま……昔も今も、全部、ねぇ」
「そんなの、残酷すぎますよ」
「ザンコクかね……あたしにゃ、ちょうどいいさ……それぐらいのほうが、気楽で……あんたらも、気楽に考えなよ、何事も……」

 それだけ言うと、婆さんは動かなくなった。
 よく見ると、眠っていることに気づいた。
 僕は何かを言おうとしたが果たせず、隣に居る凪の顔を見た。
 彼女は、外を見ていた。そこから視界を離そうとしなかった。
 ……しばらくして、列車は別の無人駅に停まった。
 僕らの、降りるときだった。
 先に出たのか、向かい側の婆さんは、居なくなっていた。

「行こう」

 声をかけて、山崎と、それから凪と一緒に、ドアの外に出て、きっぷを回収箱に入れて、駅を降りていった。

 立ち並ぶ小さな民家の群れと、枯れかけた並木道の向こう側から、さざなみの音が聞こえる。
 目的地が、すぐそこだ。

 僕たちは、並んで歩いて、そこに向かう。
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