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エピローグ
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「……あれはなんだったんでしょうか、先生」
「分からない。その光景は少なくとも君しか見ていない。君の中にある幻という可能性だってある。結局君の恋人は、ただそこで死んだ。それだけかもしれない」
「ただ、汚い虫をまき散らして、死んだだけだ、と」
「そう。そして、それが何か益になることなど、なかったのだ、と」
「鳥は、生き返らなかった」
「そう。科学的にあり得ない」
「……じゃあ、僕は彼女の死に、何か意味を見出そうとしていただけなんでしょうか」
「そうかもしれない。でも、意味なんて、本当に必要なんだろうか」
「分かりません。それに、帰宅して悪寒がしたので、熱を測ったら、三十九度あった」
「せん妄、か。それか、現実の都合のいい解釈。心地いい、帳尻合わせの結末。私は長年医者をやっているが、小説のようにきれいな結末なんて、ほとんど見たことがない。大抵は、しりすぼみで、火が消えるように終わっていく。枯れた肉の茶色。そしてまた、明日が来る」
「帰った後、彼女に電話を掛けたら、『お久しぶりです』と。そう言われた記憶がある。もしかしたら、本当に幻だったのかも……だとしたら」
「だとしたら、何かね」
「本当に陳腐な、夢の終わりだ」
「……」
「でも、だけど僕は。僕にとってその夢は。うつくしかったんだ」
「なら、貴方に問おう――その夢の中にいる間、貴方は、どんな気持ちだった?」
「僕は――……」
◇
課長からたっぷり大目玉を食らって、色々な処分を受けてからも、僕は同じ場所で働いている。
簡単にはやめられないことと、誰かがやめれば、次がすぐに決まるのが、この仕事のいいところだ。
だから今日も僕は、窓口に来る色々な人達に案内をする。
命に値段をつけたい。
あるいは、つけられない。本当はつけなければならないのに。
僕はまだ若い。実際の裁定をするのは、もっとベテランになってからだ。やれることは限られている。
それでも、それなりの動きは認めてもらえている。
だから、僕は、僕の自由意志に基づいて、彼らが窓口に来た時、たった一つだけ、質問をする。
あなたにとって、その人は、どんな人でしたか、と。
最近は、ようやくやりがいを見つけるようになっていた。その答えが、その質問にある。
たぶん僕は、当分のうちは、先輩のようにならなくて済みそうだ。
あの日以来も、山崎とは良好な関係を続けている。
だけど、他の課で働いている職員と付き合い始めたらしい。
そのほうがいい。きっとそれが一番いいと、心の底から思う。
きっと、あいつは頑張れる。だから僕は、応援している。そういうことを言うと、おじさんみたいだとからかわれるのだろうけど。
僕は一人暮らしの家に帰り、家事をする。ちゃんと夕飯も作るし、洗濯や掃除なんかも。
それらが終わって、程よく疲れと眠気が襲ってきた頃に、少しだけ窓を開けて、隙間から入ってくる夜風を感じながら、ほんの少しだけお酒を飲んで、タバコを吸う。
そうすると、どこからか、波の音が聞こえる気がする。
その波はきっと、とうとう、青い色になっている。
僕が、そう思っているのだから、それできっと、間違いはない。
「分からない。その光景は少なくとも君しか見ていない。君の中にある幻という可能性だってある。結局君の恋人は、ただそこで死んだ。それだけかもしれない」
「ただ、汚い虫をまき散らして、死んだだけだ、と」
「そう。そして、それが何か益になることなど、なかったのだ、と」
「鳥は、生き返らなかった」
「そう。科学的にあり得ない」
「……じゃあ、僕は彼女の死に、何か意味を見出そうとしていただけなんでしょうか」
「そうかもしれない。でも、意味なんて、本当に必要なんだろうか」
「分かりません。それに、帰宅して悪寒がしたので、熱を測ったら、三十九度あった」
「せん妄、か。それか、現実の都合のいい解釈。心地いい、帳尻合わせの結末。私は長年医者をやっているが、小説のようにきれいな結末なんて、ほとんど見たことがない。大抵は、しりすぼみで、火が消えるように終わっていく。枯れた肉の茶色。そしてまた、明日が来る」
「帰った後、彼女に電話を掛けたら、『お久しぶりです』と。そう言われた記憶がある。もしかしたら、本当に幻だったのかも……だとしたら」
「だとしたら、何かね」
「本当に陳腐な、夢の終わりだ」
「……」
「でも、だけど僕は。僕にとってその夢は。うつくしかったんだ」
「なら、貴方に問おう――その夢の中にいる間、貴方は、どんな気持ちだった?」
「僕は――……」
◇
課長からたっぷり大目玉を食らって、色々な処分を受けてからも、僕は同じ場所で働いている。
簡単にはやめられないことと、誰かがやめれば、次がすぐに決まるのが、この仕事のいいところだ。
だから今日も僕は、窓口に来る色々な人達に案内をする。
命に値段をつけたい。
あるいは、つけられない。本当はつけなければならないのに。
僕はまだ若い。実際の裁定をするのは、もっとベテランになってからだ。やれることは限られている。
それでも、それなりの動きは認めてもらえている。
だから、僕は、僕の自由意志に基づいて、彼らが窓口に来た時、たった一つだけ、質問をする。
あなたにとって、その人は、どんな人でしたか、と。
最近は、ようやくやりがいを見つけるようになっていた。その答えが、その質問にある。
たぶん僕は、当分のうちは、先輩のようにならなくて済みそうだ。
あの日以来も、山崎とは良好な関係を続けている。
だけど、他の課で働いている職員と付き合い始めたらしい。
そのほうがいい。きっとそれが一番いいと、心の底から思う。
きっと、あいつは頑張れる。だから僕は、応援している。そういうことを言うと、おじさんみたいだとからかわれるのだろうけど。
僕は一人暮らしの家に帰り、家事をする。ちゃんと夕飯も作るし、洗濯や掃除なんかも。
それらが終わって、程よく疲れと眠気が襲ってきた頃に、少しだけ窓を開けて、隙間から入ってくる夜風を感じながら、ほんの少しだけお酒を飲んで、タバコを吸う。
そうすると、どこからか、波の音が聞こえる気がする。
その波はきっと、とうとう、青い色になっている。
僕が、そう思っているのだから、それできっと、間違いはない。
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