いのちうるはて、あかいすなはま。

緑茶

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エピローグ

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「……あれはなんだったんでしょうか、先生」

「分からない。その光景は少なくとも君しか見ていない。君の中にある幻という可能性だってある。結局君の恋人は、ただそこで死んだ。それだけかもしれない」

「ただ、汚い虫をまき散らして、死んだだけだ、と」

「そう。そして、それが何か益になることなど、なかったのだ、と」

「鳥は、生き返らなかった」

「そう。科学的にあり得ない」

「……じゃあ、僕は彼女の死に、何か意味を見出そうとしていただけなんでしょうか」

「そうかもしれない。でも、意味なんて、本当に必要なんだろうか」

「分かりません。それに、帰宅して悪寒がしたので、熱を測ったら、三十九度あった」

「せん妄、か。それか、現実の都合のいい解釈。心地いい、帳尻合わせの結末。私は長年医者をやっているが、小説のようにきれいな結末なんて、ほとんど見たことがない。大抵は、しりすぼみで、火が消えるように終わっていく。枯れた肉の茶色。そしてまた、明日が来る」

「帰った後、彼女に電話を掛けたら、『お久しぶりです』と。そう言われた記憶がある。もしかしたら、本当に幻だったのかも……だとしたら」

「だとしたら、何かね」

「本当に陳腐な、夢の終わりだ」

「……」

「でも、だけど僕は。僕にとってその夢は。うつくしかったんだ」

「なら、貴方に問おう――その夢の中にいる間、貴方は、どんな気持ちだった?」

「僕は――……」



 課長からたっぷり大目玉を食らって、色々な処分を受けてからも、僕は同じ場所で働いている。
 簡単にはやめられないことと、誰かがやめれば、次がすぐに決まるのが、この仕事のいいところだ。
 だから今日も僕は、窓口に来る色々な人達に案内をする。

 命に値段をつけたい。
 あるいは、つけられない。本当はつけなければならないのに。

 僕はまだ若い。実際の裁定をするのは、もっとベテランになってからだ。やれることは限られている。
 それでも、それなりの動きは認めてもらえている。
 だから、僕は、僕の自由意志に基づいて、彼らが窓口に来た時、たった一つだけ、質問をする。

 あなたにとって、その人は、どんな人でしたか、と。

 最近は、ようやくやりがいを見つけるようになっていた。その答えが、その質問にある。
 たぶん僕は、当分のうちは、先輩のようにならなくて済みそうだ。

 あの日以来も、山崎とは良好な関係を続けている。
 だけど、他の課で働いている職員と付き合い始めたらしい。
 そのほうがいい。きっとそれが一番いいと、心の底から思う。
 きっと、あいつは頑張れる。だから僕は、応援している。そういうことを言うと、おじさんみたいだとからかわれるのだろうけど。

 僕は一人暮らしの家に帰り、家事をする。ちゃんと夕飯も作るし、洗濯や掃除なんかも。
 それらが終わって、程よく疲れと眠気が襲ってきた頃に、少しだけ窓を開けて、隙間から入ってくる夜風を感じながら、ほんの少しだけお酒を飲んで、タバコを吸う。
 
 そうすると、どこからか、波の音が聞こえる気がする。
 その波はきっと、とうとう、青い色になっている。

 僕が、そう思っているのだから、それできっと、間違いはない。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

 読了しました。悲しいお話ですが、考えさせられるお話でもありました。主人公の思索がずっと私の頭のなかで余韻を残しています。

2022.05.21 緑茶

嬉しいです。明確な結論が出ない話にできたのは正解でした。

解除
堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

ディストピア近未来物と解釈しましたが、ユニークな設定と主人公の葛藤がひしひし伝わってくる内容ですね。役所の雰囲気が特に秀逸です。

2022.05.21 緑茶

ありがとうございます。役所に関しては想像ですが、伝わってよかったです。

解除

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