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第 87 話
しおりを挟む納屋に戻ったゼニスは、布団の上でスヤスヤ眠るシリルを見おろした。細い手足を器用に折り曲げていたかと思えば、「う~ん」と云いながら寝返りをうち、大の字になる。ゼニスは、あお向けになったシリルに近づくと、未熟な部位に指で触れた。生まれたばかりの雛鳥のように温かく、やわらかい感触である。
「……無防備すぎだ。」
ゼニスの指に、シリルは拒絶反応をみせず、為すがままである。太腿の内側へ指を這わせ、奥まった開口部をなぞると、シリルの腰がピクンッと小さく跳ね、ようやく「あっ」と云って瞼をひらいた。
「ゼニス? お、おはよう……、」
「おはよう。寝ぼけてるのか?」
「う、ううん。そうゆうわけじゃないけど……、」
「なら、早く衣服を着ろ。じきに出発するぞ。」
ゼニスは壁際に立ち着替えをすませていたが、シリルは肌に触れられたような気がして、おなかへ視線を落とした。すると、まだ覚醒めを知らない部位が飽和状態となっていた。あわてて外にでたシリルは、草むらの中で用を足す。青空に、虹がかかっている。シリルは納屋へ戻ると、ゼニスに歩み寄った。
「ゼニス、ゼニス! とっても大きな虹がでてる!」
「ああ、見たよ。」
シリルはゼニスの腕を引いてゆき、「一緒に見よう」と云う。「先に衣服を着てからだ」と注意され、シリルはワンピースを頭からバサッと被った。ふたりで納屋をでたとき、虹は跡形もなく消えていた。シリルは肩を落とし、ひどくがっかりする。
「……ううっ、なんで、すぐに消えちゃうのかな。一緒に見られなかったよぅ。」
「また、雨が降れば見られるさ。」
「雨が降ると、虹がでるの?」
「やんだあとだ。」
「……へぇ、そうなんだ。ゼニスは物知りだね! かっこいい!」
そこで、シリルの表情はパッと明るくなる。右腕に抱きついて首をのばしてみせるので、ゼニスは少し悩んだが、顔を近づけてやる。互いの口唇が重なると、シリルは薄くひらいた。言外に示された意思に、ゼニスは暗黙の了解で応じた。舌を絡めると、シリルの気息は乱れた。
「はっ、ふぁっ、……んんっ、ゼ、ゼニスぅ、」
ゼニスから恋人扱いの口づけを受けたシリルは、へなへなとその場に尻をついた。
「おい。地面はまだ濡れてるだろ。汚れるぞ。」
ゼニスはシリルの上膊を捉えて引きあげたが、胴体にぎゅうっと、しがみつかれた。
「……ゼニスぅ、」
「なんだ?」
「……ぼく、すごくうれしくて、」
「なにがだ。」
「……ゼニスに会えたこと。」
「……そうか。」
「ぼく、オルグロストにきてよかった。本当だよ。……みんなには、申し訳ないけれど……、」
シリルは今、灼かれた村落や、護衛獣の不運を残念に思っている。
「おまえのせいじゃない。」
「……うん。……ありがとう。」
「シリル、顔をあげろ。」
云われて、ゆっくりゼニスの顔を見あげたシリルは、再び口づけを受けた。
「んっ、んんっ、……ゼニスぅ、」
シリルはゼニスの首筋に腕をまわして、口づけに夢中になる。すべての悲しみを払拭させるゼニスの温もりに、すがって甘えた声をだす。とうに、シリルの信頼を取得ているゼニスは、この時ばかりは小さな子どもを慰めるかのように、細い肩を抱きしめてやった。
「……ありがとう、ゼニス。……ぼく、ゼニスと一緒にいたい。コスモポリテスに帰ったら、しばらく会えないの? ゼニスはどこかへ行っちゃうの? そんなのいやだよ。どこにも行かないで……、お願い……、」
「シリル、それは……、」
「好きなんだ。ぼく、ゼニスのことが大好きなんだ。こんな気持ちは、ほかの誰にも持てないよ。」
「それ以上、何も云うな。」
シリルの切ない感情が伝わってくる。ゼニスはどうするべきか承知していたが、一生涯の責任が伴うため、たやすく言語にあらわせなかった。
シリルの好意を全面的に受けとめた場合、いつか必ず、獣人へ肉体を通じなければならない。過去、どの国へ足を運んでも、人間と獣人が結ばれた実例を聞いたことがないゼニスは、もとより、カラダに流れる細胞が異なるため、あり得ない関係だと思い込んでいた。しかし、かつて、獣族と結ばれた人間がいたからこそ、混血種の獣人が人類史に派生している。
つまり、ゼニス次第で新たな生命体をつくりだすことは可能だった。あまりにも重大な事柄につき、なんの覚悟も持てずにいたが、シリルは、ゼニスと結ばれることを信じて疑わなかった。
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