月曜の朝って最高じゃないですか?

リュート

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EX2 絶対領域な金曜

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るなちゃん見つからねえ……」

金曜日のお昼休み。
月ちゃんとの『月ちゃんを見つけられたら一緒にごはん食べる』という約束を叶えるべく、いつも昼を一緒にしている友達に断りを入れて探しに来たのだが……これがまた、驚くほど見つからない。

「あと行ってないのは……東階段だけか」

西階段を使って各階の人がいなさそうなところを探したがどこにもいなかった。
となればあとは東階段の踊り場かどこかにいるとしか考えられない。

「まあ、期待を込めて後回しにしてたんだけど」

幅の広い西階段に比べ、東階段は人がすれ違うのにも注意しなければならないほど狭い。そのため使う人も少ない。それが特別教室ばかりの上の階に行けばなおさらだ。

可能性でいえば一番高い。その分、外れた時のショックも大きそうだったので最後にしたが……もう探すところもないし、行くしかない。
ここでなかったらもうほんとにト――寒気がする、これについて考えるのはやめておこう。

「月ちゃんはっ、いっるかなー」

東階段を一階から順に探していく。
1階から4階、そして5階、6階……ここにも誰もいなかった。万出まんで高校は6階建てだ。つまり、残すは屋上へと続く1階分だけ。
ゆっくりと階段を上がっていく。踊り場にはいない。……あとはこの上にある、屋上に繋がる扉の前のスペースしか残されていない。

「……っ!」

まさか振り向くだけでこんなに覚悟がいるとは思わなかった。祈りながら体を動かし、扉前のスペースを見る。残念ながらそこにいたのは月ちゃんではなかった。

「……ここに人が来るとは珍しいな」

――芸術作品かと思った。

扉の小窓から差し込む陽光を背に受け、こちらを見下ろすその女性は一言でいえばかなり大人びていた。
抜群のスタイル、落ち着いた声音。ただこちらを見るというそれだけの行為にすら優雅さが出ているような錯覚をしてしまう。

けれどその中で異色を放つのは、制服のスカートと黒い二ーソックスによって作り出される肌色の――絶対領域。
最強の黄金比で作り出される絶対領域は俺の瞳を釘付けにして離さない。それゆえ、口から出る言葉もまともな文章を紡げない。

「あ……えっと」
「驚かせてしまったか?……ところで少年」

なにを言われるのか不安になり、体が固まってしまう。このままだと初対面で絶対領域を凝視してくる危険人物になってしまうから早くなんとかしたいのだが、体は言うことを聞いてくれない。

女性が息を吸う音が聞こえる。身構える俺に彼女は言った。

「――箸を持っていないだろうか?」

***

「……まさか、初対面の先輩から箸を持ってるか聞かれる日が来るとは思いませんでしたよ」

俺の渡した箸を使って、隣で弁当を食べているのは、金生かなう聖夜のえる先輩。俺の一個上、つまりは二年生だ。
先輩はおそらく自分で用意したであろう座布団に正座して弁当を食べていた。俺はもちろんそんなもの持っていないので床に胡坐をかいている。座布団を使うか聞かれたが、さすがにそれは丁重にお断りさせていただいた。

「はっはっは。私もまさか、ダメもとで聞いてみたら本当に箸をもらえるとは思わなかったよ。ありがとう、助かった」
「いえいえ。お礼なら、飲み物しか買ってないのに箸をつけたコンビニの店員さんにお願いします」

そう言いながら、俺は自分の弁当を開ける。家で密かに練習していた料理、その努力の結晶だ。
中身は簡単なものばかりだが、母さんの監修もあって出来栄えはそう悪くない。
……月ちゃんに『料理ができる男』をアピールするために作ってきたのだが、無駄になってしまった。

「なんだか残念そうな顔をしているな。どうした?好きなおかずが入ってなかったか?」
「いえ、自分で作ったんで中身は把握してます……」
「おお、君は料理ができるのか。料理ができる男子というのは良い。結婚して一緒に料理を作れたりしたら楽しそうだ……紅野くん、なぜそこでさらに残念そうな顔をするんだ」
「お気になさらず……」

月ちゃんに言ってもらいたかったセリフを全部言われてしまった悲しさが顔に出てしまっていたようだ。慌てて表情を取り繕い箸を動かす。
……というか、さっきから箸を動かそうとするたびに先輩の腕に当たってしまうんだが。近くない?肩と肩がぴったり触れ合ってるんだけど、近くない?

「……あの、近すぎません?」
「ああ、わざと近くにいるからな。箸をもらったお礼に『美少女と隣に並んで昼ごはん』というシチュエーションをプレゼントしたかったんだが……もしや隣より正面に向き合う方が好きか?」
「そうですね、隣にいるとドキドキしちゃうので正面に……ってそうじゃないんですけど!?」

なんだそのお礼!いや確かに嬉しいか嬉しくないかで言ったらかなり嬉しいけど、お礼としてはなんか違くない!?

「む、だがこれ以外に私に差し出せるものなんて……体しかないぞ?」
「いやいや何言ってるんですか!?」

そんなことを言われてしまうと、どうしても気にせざるを得なくなってしまう。……この人、ほんとにスタイルいいんだよなぁ。すらっとしているのに出るところは出ているというか……はっきり言ってしまえば胸が大きい。
すごい肩が凝りそうだ。

俺の視線に気付いたのか、先輩は俺からさっと身を離すと自分の体を抱くように胸のあたりに腕を回した。

「私は好きでもなんでもない男子に揉ませるほど軽くはないぞ……?」
「い、いやっ!俺こそ初対面の女性の肩揉みたいだなんて言うつもりないですよ!!そこまで気安く触ろうとか思ってないです!!」
「……ん?肩?」

俺の発言になにか気になることでもあったのか、先輩は俺への警戒を緩めると俺を見つめながら口を開いた。

「……君は、この状況で肩が揉みたいのか?」
「はい……いやでもほんと、初対面の人にそんなことお願いしようだなんて思ってないんで!そこは安心してください!」

あっけにとられたような顔で俺を見つめる先輩。
変な奴だと思われたかな。変態と思われてなければそれでいいんだけど。

少しの間、先輩の動きが止まる。もう無視して弁当を食べ進めようか、といったところで先輩が口を開いた。

「よかったら、肩もみを頼んでもいいか?」
「ふぇ?」

掴んでいた卵焼きを取り落としてしまった上に、なんだかすごい声が出た。俺ってこんな高い声出せたんだ……。ってそうじゃない!

「い、いいんですか!?」
「ああ。特に私に不利益があるわけでもないし、実を言うと肩こりにはかなり悩まされてるんだ」
「……でしょうね」
「胸だけが理由じゃないぞ?」

俺がどこを見てたか感知した先輩が少し不機嫌にそう言ってきた。い、いかん。あれを視界に入れるのはやめよう。一気に視線を持っていかれる。
とりあえず、咳ばらいをして雰囲気を入れ替えながら立ち上がった。

「よし、じゃあ行きますよ。俺、こう見えても肩もみは得意なんです。最近やり方勉強して両親で練習もしてるんで」
「ほう、それは楽しみだ。……ところで、どうして急に肩もみの練習なんてし始めたんだ?」

『月ちゃんって隠れ巨乳だから肩もみ習得すれば喜ばれるかも』なんていうセクハラじみた理由ですけど?

「はっはっは、じゃあ行きますよ」
「軽く流されたのが少し怖いんだが……」

理由を口にするのは避け、早速肩もみへ移行するために座っている先輩の後ろに回り込む。
女性の体にほいほい触れるほど経験値があるわけではないが、こうして止まっていても昼休みの時間がなくなっていくだけだ。
俺は覚悟を決め先輩の肩に触れる。

――予想の5倍くらい硬かった。

「えっ、やばっ」
「だ、第一声がそれか!?さすがに不安になるんだが……そ、そんなにか?そんなにやばいか?」
「……病院とか、行った方が……」
「本気の声音で言われると怖いんだが!」

先輩はそんな風に言うが、これは本当にやばいんじゃないだろうか。
まだまだ肩もみの練習をし始めたばかりで、素人同然の俺がやばいと分かるのだ。これは相当に凝っている……というか凝り固まっている。

「その、先輩の体を見てから肩凝ってそうだなーとは思ってましたけど、これはさすがに予想以上すぎますね……四六時中力を入れてないとこうはならないと思いますけど。ちゃんと息抜きしてますか?」
「……息抜きは苦手でな」
「息抜きとまではいかなくても力抜いてリラックスするぐらいならできるんじゃないですか。こんなところで一人でご飯食べてるならぽけーとしておけば……」
「いや、その……学校にいる限り、気は抜けないんだ」

先輩の声音が急に重くなる。思わず黙ってしまったのを先を促されていると感じたのか先輩はさらに続ける。

「ほら、自分で言うのもなんだが、私は綺麗だろう?それに、勉学も運動も人並み以上にできる。だから……その、2年生の間では人気になってしまってな」
「人気になるのは良いことじゃ……」
「人気になるだけならな。だが……人間はいろんな欲望を持っているものでな。私と仲良くなって地位が欲しい人間、私を抱きたい人間、……私の肩を揉みたい人間」
「その流れで俺のこと出すのやめてもらっていいですか」
「まあとにかく、そんな欲望の中心点にいるといろんなものが見えてくるんだ。主に、私に無理に関わろうとしたせいで歪んでしまった人間関係が」
「でも、それなら家でくらいゆっくりすれば……」
「はは、前はそうしていたんだがな。私が優秀すぎたのがいけなかったのか……最近は両親から『期待』というプレッシャーをかけられるようになってしまって」

その言葉でなんとなく想像がついてしまった。
いつも気を張っていなければいけない理由。自身を人気者だと言った先輩がこんなところで一人でご飯を食べている理由。

「……ごめんなさい」
「な、なぜ君が謝る」
「だって、この昼休みって先輩が唯一ゆっくりできる場所だったんですよね。それを俺が邪魔しちゃって……」

なにが『一人でご飯食べてるなら』だ。
先輩が今この場所でゆっくりできないのは俺がいるからじゃないか。俺のせいで先輩はゆっくりできる時間を奪われてるんだ。……早く退散しよう。

「いや、なにか早とちりしてないか。ここで食べているのはリラックス云々ではなく、私がクラスにいると一緒に食べるのは私だ俺だとややこしくなってしまうから逃げてるだけだぞ。それにさっきも言ったろう。学校にいる限り気は抜けないと。誰かがいるかいないかなんて関係なく、学校にいる限りは誰かと会う可能性はゼロじゃないからな。こう言ってしまうと傷つくかもしれないが、正直君がいようといまいとそこは変わらない。だから君が気に病む必要もないよ」
「先輩……」

なんだこの先輩、優しすぎかよ……。こんな素晴らしい先輩だから人気者になっちゃうんだろ。
先輩に励まされたおかげで心は軽くなったものの、罪悪感が全くなくなったわけではない。ただの罪滅ぼしのようなものだが、なにか少しでも力になりたいと思ってしまう。

「その、相当疲れてるみたいですし、なにか力になれることがあれば言ってくださいね。俺なんかができることって言ったら、料理と肩もみとゲーム攻略の手伝いくらいですけど、頑張るんで」
「ずいぶん限られているな……というか私は別に疲れてなんていないぞ?」
「そんな強がらなくたっていいですよ」
「ほ、本当だ。確かに肩は多少凝っているが、別にそれ以外は……」
「心が一番疲れてるじゃないですか」

ピタッと、先輩の動きが一瞬止まったのが分かった。
一瞬後にはなにごともなかったかのように動き出した先輩は、少しだけトーンを落として答える。

「そこまで見抜かれるほど、君とは深い関係じゃなかったと思うが?」
「ええ。なんせ初対面ですしね……だからこそ、そんな俺にあんな話をするなんて、心が疲れてる証拠じゃないですか」
「っ!」

揉んでいた肩がびくぅっと震える。こちらからは見えないが、きっと『しまった』というような顔をしているのだろう。

「は、ははは。そう言われればそうだな……自分でも気づかないうちに、疲れを溜め込んでしまったようだ」
「そりゃあそんだけ気を張ってればそうなりますよ。……周りの人間関係だのなんだの先輩はしょい込みすぎなんじゃないですか。そんな重いもの背負ってれば肩くらい凝っちゃいますよ。少しくらいほっぽりだしたらどうです」
「それができない不器用な性格でな」
「そういうのは不器用じゃなくって優しすぎっていうんですよ」

きっとそこが先輩のいいところであり、ダメなところだ。だからこそ今すぐどうこうできる問題ではないだろう。

そうこうしてるうちに肩もみもラストスパートに入る。
スパートといってもむやみに力を強くするわけでもない。肩もみは手全体でゆっくり力を加えることが大切なのだ。

「よし、肩もみ終わりました。どうですか先輩?少しは楽になったと思いますけど」
「おお……だいぶ違うぞ。とても軽くなった」
「それは良かった。でも肩もみってのはあくまで一時的な療法ですから、先輩のその生活どうにかしなきゃ根本的な解決はしないですよ。……せめて、先輩が気を張らずに済む場所があればいいんですけど」
「……それについてなんだが」

肩もみのために俺に背中を向けていた先輩が突然こちらを向いてきた。俺のことを見る先輩の表情はどこか緊張している。

「君が良ければの話なんだが、来週の金曜も……というか毎週金曜日にまたここに私と話をしに来てもらえないか?」
「なんで金曜限定なんですか?」
「君と初めて話した場所を私のリラックスできる場所にしたいんだ」

なかなかにときめくことを言われてしまい純情な俺の心が少し揺れてしまったが、それはそれ。金曜限定との関係が分からず首を傾げる。

「実は、私は一人で食べているところを同級生に見つけられないために曜日によって食べる場所を変えていてな……。ほら、5時間目の授業が移動とかだと、その影響で人が少しだけ寄り付きにくくなる場所があるだろう?他クラスの時間割をすべて把握してその場所を割り出したんだ」
「それで、この場所が使えるのは金曜日だけってことですね……」

そんなことばっかりやってるから疲れるんだろ、とは言わなかった。俺なりの優しさだ。

「君と話している間は、学校にいるというのに少し気を抜けた気がするんだ。だから、できるなら毎週金曜……それか月一でも構わないからここに来てくれないか」
「……いいですよ。さっき『力になる』って言ったばっかりですし、毎週お邪魔させてもらいます」
「そうか。……良かった」

心底安堵したような顔をする先輩。別にそこまで不安に思わなくたって断ったりしないというのに。

「それじゃ先輩――」
聖夜のえる
「え?」
「先輩、だなんて固い呼ばれ方をしていてはリラックスなどできないよ。私のことは気軽に聖夜のえると呼んでくれ、ひかるくん」
「まあそういうことなら……聖夜のえるさん」
「うむ、よろしい」

何が嬉しいのかよく分からないが、こんなことで喜んでもらえるならお安い御用だ。これからはバンバン気軽に呼んでいこう。

「なんだか改めて考えるとワクワクしますね、聖夜のえるさん。こう……秘密基地!って感じがして」
「そう言われればそうだな。二人の絶対秘密の場所……『絶対領域』とでも名付けるか!」
「ぶほっ!!」

とんでもないネーミングに思わず吹き出してしまった。
げほげほとせき込んでいると心配した先輩が立ち上がって俺のことを覗き込んできた。

「大丈夫かひかるくん。いったいどうし……ああ」
「な、なに一人で納得してるんですか」
「いやなに、君も好きなんだろう?絶対領域」
「そそそそんなわけないやないですかい!!」

聖夜のえるさんがスカートをつまんでひらひらと動く。その動きから目を逸らすことができず俺は……。

「開き直ったように凝視されても、それはそれで困るんだが……」
「……はっ!別に凝視なんてしてないですよ!心奪われたりしてないですからね!俺の心はもう先約で埋まってるんですから!」
「ほう……。君がこんなに綺麗で完璧な先輩に普通に接することができるのはそれが理由か」

彼女はまるで探偵のような口ぶりで俺の態度の謎を暴こうとしているが、それは的外れもいいところだ。確かに月ちゃんの存在がまったく関係していないわけではないが、一番の理由は――

「出会い頭に箸求めてくる人のどこが完璧なんですか」
「うぐっ」

あの時の衝撃はおそらくそうそう忘れることはないだろう。扉との位置関係で後光が差しているようにすら見えたというのに、まさか箸を持ってないかだなんて……。いけない、今になって笑えてきた。

「笑わなくてもいいだろう!私だって失敗の1つや2つ……!」
「べ、別に、人間に完璧なんて求めてないから大丈夫ですよ……ふっ」
「ほらまた笑った!」

ひとしきり笑ったあたりで昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが鳴った。お互い話に夢中になっていたせいでお弁当が少し残っている。
次の授業が終わるまでのわずかな時間で弁当を口へかき込んでいく。横を見れば聖夜のえるさんも同じことをしていた。
弁当を食べ終え、二人してあわあわとしながらなんとか戻る準備を終えられた。

「次の授業が始まってしまいそうだな。急がなければ」
「早く教室行かないとですね……って聖夜のえるさん」

階段を下り始めようとしていた聖夜のえるさんを急いで呼び止める。少し焦りの見える表情でこちらを振り向いた彼女へ俺は手を伸ばした。
ひょいっと、聖夜のえるさんの口元に付いていたご飯粒を取ってあげる。

「まったく、ほんとにどこが完璧なんですか。笑いものになるとこでしたよ」

取ったご飯粒を捨てるのもあれなので自分で食べる。そのまま俺も階段を下りようと聖夜のえるさんの横に向かう。

「き、君のそれは素なのか……?」
「え、なにがですか?」
「……なんでもない」

むすっとした顔でそう言ったかと思えば、聖夜のえるさんはそそくさと去ってしまった。なんだったんだろうか……とは思うものの俺もそろそろ時間がやばい。早く教室に戻らねば。

……あ。

結局、月ちゃんがどこでご飯食べてるのか全く分からなかった……。
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