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4週目 ランチタイム
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きゅるるるるううううぅぅぅぅ……。
月曜日、時刻は8時ちょっと前。
掃除の半分が終わりそう、というところでその音は聞こえてきた。
誰かの腹の虫が鳴いたのだろうが、月曜の朝のこの時間に1年A組の教室にいるのは二人だけだ。
そして今のは俺ではない……つまり。
「完全犯罪を成立させる、一番簡単な方法は」
さっきまでしていた雑談を急にやめ、月ちゃんが箒を構える。
言葉の続きが気になり、あえて構えにはなにも触れず言葉の続きを待ってみた。
月ちゃんは箒を振り上げ、その続きを口にする。
「犯人以外を全員消すこと」
「落ち着こうか月ちゃん!俺はなにも聞いてない!」
箒に気を込めるかのような気迫の月ちゃんを全力でなだめる。そんなに音聞かれるのが嫌なんだ……まあ意外と女の子らしくて俺としてはむしろ安心だ。
「……いつもお腹がすいてるわけじゃない。今日はたまたま、朝ごはん食べてこなかっただけ」
「あはは。それならお腹もすくし、お腹も鳴っちゃうよね」
「やっぱり、聞いてた。削除」
「恐ろしいこと言いながら箒構えないで!」
なにが怖いって声のトーンがマジだったことだよ。『削除』ってフレーズにあんな恐怖感じたの生まれて初めてだ!
「そ、そういえば、月ちゃんって昼いつもいないけどどこで食べてるの?」
「どこだと思う?」
「……うーん、一人で食べるならいろんな選択肢があるよね……」
「なんで、一人って決めつけてるの」
「え、誰かと一緒に食べてるの!?お兄ちゃんそんなの聞いてませんよ!!」
「い、いや、一人だけど……っていうか私は曜くんの妹じゃない」
俺のあまりの剣幕に月ちゃんがちょっと引いてしまっていた。
だ、だって月ちゃんが俺に黙って誰かと食べてるなんてあんまり考えたくないっていうか……それが男だったりしたら……。
考えただけでも嫌だ!嫌だけどそんなことで突っかかっちゃう俺の独占欲が醜くて自己嫌悪……。
「頭抱えてるけど、痛いの?イタイの?」
「同じことを聞かれたのに二回目のには悪意を感じる……。ごめん、大丈夫だよ」
思わず黙ってしまったが、これは俺の問題で月ちゃんに心配を掛けさせるようなものでもない。今度自分の部屋で悶えながら考えよう。
それよりも今は月ちゃんの昼食場所についての推理が優先だ。
「……えっとね、月ちゃん。まず最初に聞いときたいんだけど……昼食場所ってもしかしてト――」
「トイレなんて言ったら、本気で殴る」
「トルネードが来たとき被害を受ける場所かな!?」
俺はなにを言っているんだろう。
いくら月ちゃんが箒をバットみたいに構えたからってもうちょっといい質問あっただろ!確かに月ちゃんの眼が獣みたいにきらめいて怖かったけど!
「トルネードなら、来ても大丈夫。……ちゃんと屋内」
「ふむう……」
適当に言った質問が、意外といい答えを引き出してくれた。
屋内か……。最初は屋上や校庭の端っこにあるベンチかとも思ったが、そこじゃないのとなると。
「階段……上の階ならめったに人も来ないし。いや月ちゃんのことだしご飯食べずに寝てる可能性も……それかやっぱりト――」
「今、無性にフルスイングがしたい」
「隣のクラスに乗り込んでそこでぼっち飯かも!?」
怖い!だから怖いって!
野獣の眼光を放つ月ちゃんにびびりながらなんとか場所の候補をひねり出す。が、最後のはないだろう。
残る候補のうち、一番可能性が高いのは……。
「やっぱり食べずに寝てるとか!」
「ぶっぶー」
真顔のまま唇を突き出して月ちゃんがセルフ効果音を演出する。
可愛すぎかよ。抱きしめたい。
「えー、じゃあどっかの階段の踊り場?上の階の、人が来なさそうなところなら何カ所か一人で食べても目立たない場所ありそうだけどさ……」
「別に、一人で食べてたって目立たない」
「結構目立つよ?大概の人は『学校での昼食は誰かとするもの』ってイメージがあると思うし。それが学校なら余計にね」
食堂があるようなところであればまた少し話は違ってくるのだろうが、あいにくうちの学校にそんなおしゃれなものはない。購買はあるんだけどね……。
「曜くんは、ぼっち飯を気にしない人だと思ってた。気にする人だったんだ」
「俺は別にぼっち飯だからどうこうとは思ってないよ。むしろ小さいころは給食の時間を『好きでもなんでもない他人とむりやり飯食わされる時間』と思って嫌いだったし。誰かと食べるのが普通だなんてのはあくまで一般論で言っただけで……」
「ふーん……まあいいけど」
その言い方は絶対によくないやつじゃないですか……。
頬をむくれさせて掃除に集中し始めてしまった月ちゃんのご機嫌をなんとか回復させようとしていると、月ちゃんは唐突に箒を持っている手を止め、俺に視線を向けた。
「そういえば、私の昼食場所を知ったらどうするつもりだったの?」
「そ、それは……も、もし月ちゃんが嫌じゃなかったら、ご一緒させていただければなぁ……なんて思ってたり?」
「私とご飯食べても、楽しくないよ?」
「そんなことないよ!俺は月ちゃんと一緒にいるだけで――あ、なんでもない」
あ、あっぶねええええ!!勢いに任せて告白みたいなこと言うところだった!!!
早い早い早い!ろくにレベルも上げずに魔王に戦いを挑むようなものだよそれは!
額の汗を腕でぬぐう。月ちゃんが不思議そうにこちらを見ているが気にしないでおこう。
「……私が食べてる場所、見つけられたら一緒に食べよ」
「それはまた、魅力的な提案だね。いいの?本気で探すよ?血眼になって探すよ?」
「それはちょっといや。でも、ちょっとやそっとで見つけられる場所じゃ、ない」
「そう言われると燃えるね。よし、じゃあ約束ね。俺が見つけられたら一緒に食べようね」
「うん。約束」
そこまで言ったところで、月ちゃんはふと何かを思い出したように『あっ』と声を出した。
「……さっき、誰かと食べるの好きじゃないって言ってなかった?」
「それは小さいころの話で……それも、近くの席の人たちと班作って食べなきゃいけない給食は好きじゃないって話。今みたいに仲いい奴と集まって食べるのは好きだよ」
「それなら、なおさら私とでいいの?みんなと食べられなくなるよ」
「『月ちゃんとでいい』んじゃなくて、『月ちゃんとがいい』んだよ」
「…………」
月ちゃんは急に黙ってしまった。どうしたのだろうか――なんてとぼけたことは言わない。
わざと、少し意味深に言ったのだ。
早いかもしれない、もっとレベル上げをした方がいいかもしれない。だけど、そんなことを言っていたらいつまで経っても足踏みしているような気がしたから。
今日はちょっとだけ、君に近づきたいんだ。
「分かった」
ゆっくりと口を開いた月ちゃんは、ただ一言そう言った。
……まあ、そうだよな。良い反応がもらえるだなんて、期待していた自分が愚かしい。
落胆を月ちゃんに見せないように、顔に笑顔を張り付ける。掃除をするふりをして月ちゃんに背中を向ける。
別にいい。まだまだこれからじゃないか。落ち込むなんて早すぎる。
いつもの俺を演じて掃除を終わらせ、机の移動も終わらせる。
俺も月ちゃんもロッカーへと箒をしまい、俺は教科書の用意、月ちゃんは寝るために自席へと戻っていく。
その途中。
「早く、見つけてね」
月ちゃんはそれだけ言うと、俺の返事も待たずに席に座って眠り始めてしまった。
今のセリフって……え?今のセリフって……ええ??
脈ありって考えていいの?それともただの社交辞令?どっち!?
ぐるぐると脳内で同じ問いが回り続ける。答えなど出るはずもない。俺に複雑な女心なんて分かるはずもないのだから!
俺がパニックに陥っている中、教室の扉が開かれる音がした。入口に立っているのはつい先日仲良くなった綺星だ。
俺を見ただけで少しうろたえた様子の綺星。俺はその姿を見つけた瞬間彼女に駆け寄り、彼女が挨拶のために挙げていた手を両手で掴む。
「曜!?急になにを――」
「おはよう綺星!!早速だけど俺に女心を教えてくれない!?」
「なんでよりによってアタシに聞くの!?」
手を振り払ってなぜか逃げ出す綺星。それを追いかける俺。
陸上部の綺星に帰宅部の俺が敵うはずもないが、今はそんなことを言っていられない。
頼む綺星、俺に女心を分かりやすく教えてくれ!!
じゃないと月ちゃんを昼食場所を見つけるまでずっと悶々としたままなんだぁぁぁあああ!!!
月曜日、時刻は8時ちょっと前。
掃除の半分が終わりそう、というところでその音は聞こえてきた。
誰かの腹の虫が鳴いたのだろうが、月曜の朝のこの時間に1年A組の教室にいるのは二人だけだ。
そして今のは俺ではない……つまり。
「完全犯罪を成立させる、一番簡単な方法は」
さっきまでしていた雑談を急にやめ、月ちゃんが箒を構える。
言葉の続きが気になり、あえて構えにはなにも触れず言葉の続きを待ってみた。
月ちゃんは箒を振り上げ、その続きを口にする。
「犯人以外を全員消すこと」
「落ち着こうか月ちゃん!俺はなにも聞いてない!」
箒に気を込めるかのような気迫の月ちゃんを全力でなだめる。そんなに音聞かれるのが嫌なんだ……まあ意外と女の子らしくて俺としてはむしろ安心だ。
「……いつもお腹がすいてるわけじゃない。今日はたまたま、朝ごはん食べてこなかっただけ」
「あはは。それならお腹もすくし、お腹も鳴っちゃうよね」
「やっぱり、聞いてた。削除」
「恐ろしいこと言いながら箒構えないで!」
なにが怖いって声のトーンがマジだったことだよ。『削除』ってフレーズにあんな恐怖感じたの生まれて初めてだ!
「そ、そういえば、月ちゃんって昼いつもいないけどどこで食べてるの?」
「どこだと思う?」
「……うーん、一人で食べるならいろんな選択肢があるよね……」
「なんで、一人って決めつけてるの」
「え、誰かと一緒に食べてるの!?お兄ちゃんそんなの聞いてませんよ!!」
「い、いや、一人だけど……っていうか私は曜くんの妹じゃない」
俺のあまりの剣幕に月ちゃんがちょっと引いてしまっていた。
だ、だって月ちゃんが俺に黙って誰かと食べてるなんてあんまり考えたくないっていうか……それが男だったりしたら……。
考えただけでも嫌だ!嫌だけどそんなことで突っかかっちゃう俺の独占欲が醜くて自己嫌悪……。
「頭抱えてるけど、痛いの?イタイの?」
「同じことを聞かれたのに二回目のには悪意を感じる……。ごめん、大丈夫だよ」
思わず黙ってしまったが、これは俺の問題で月ちゃんに心配を掛けさせるようなものでもない。今度自分の部屋で悶えながら考えよう。
それよりも今は月ちゃんの昼食場所についての推理が優先だ。
「……えっとね、月ちゃん。まず最初に聞いときたいんだけど……昼食場所ってもしかしてト――」
「トイレなんて言ったら、本気で殴る」
「トルネードが来たとき被害を受ける場所かな!?」
俺はなにを言っているんだろう。
いくら月ちゃんが箒をバットみたいに構えたからってもうちょっといい質問あっただろ!確かに月ちゃんの眼が獣みたいにきらめいて怖かったけど!
「トルネードなら、来ても大丈夫。……ちゃんと屋内」
「ふむう……」
適当に言った質問が、意外といい答えを引き出してくれた。
屋内か……。最初は屋上や校庭の端っこにあるベンチかとも思ったが、そこじゃないのとなると。
「階段……上の階ならめったに人も来ないし。いや月ちゃんのことだしご飯食べずに寝てる可能性も……それかやっぱりト――」
「今、無性にフルスイングがしたい」
「隣のクラスに乗り込んでそこでぼっち飯かも!?」
怖い!だから怖いって!
野獣の眼光を放つ月ちゃんにびびりながらなんとか場所の候補をひねり出す。が、最後のはないだろう。
残る候補のうち、一番可能性が高いのは……。
「やっぱり食べずに寝てるとか!」
「ぶっぶー」
真顔のまま唇を突き出して月ちゃんがセルフ効果音を演出する。
可愛すぎかよ。抱きしめたい。
「えー、じゃあどっかの階段の踊り場?上の階の、人が来なさそうなところなら何カ所か一人で食べても目立たない場所ありそうだけどさ……」
「別に、一人で食べてたって目立たない」
「結構目立つよ?大概の人は『学校での昼食は誰かとするもの』ってイメージがあると思うし。それが学校なら余計にね」
食堂があるようなところであればまた少し話は違ってくるのだろうが、あいにくうちの学校にそんなおしゃれなものはない。購買はあるんだけどね……。
「曜くんは、ぼっち飯を気にしない人だと思ってた。気にする人だったんだ」
「俺は別にぼっち飯だからどうこうとは思ってないよ。むしろ小さいころは給食の時間を『好きでもなんでもない他人とむりやり飯食わされる時間』と思って嫌いだったし。誰かと食べるのが普通だなんてのはあくまで一般論で言っただけで……」
「ふーん……まあいいけど」
その言い方は絶対によくないやつじゃないですか……。
頬をむくれさせて掃除に集中し始めてしまった月ちゃんのご機嫌をなんとか回復させようとしていると、月ちゃんは唐突に箒を持っている手を止め、俺に視線を向けた。
「そういえば、私の昼食場所を知ったらどうするつもりだったの?」
「そ、それは……も、もし月ちゃんが嫌じゃなかったら、ご一緒させていただければなぁ……なんて思ってたり?」
「私とご飯食べても、楽しくないよ?」
「そんなことないよ!俺は月ちゃんと一緒にいるだけで――あ、なんでもない」
あ、あっぶねええええ!!勢いに任せて告白みたいなこと言うところだった!!!
早い早い早い!ろくにレベルも上げずに魔王に戦いを挑むようなものだよそれは!
額の汗を腕でぬぐう。月ちゃんが不思議そうにこちらを見ているが気にしないでおこう。
「……私が食べてる場所、見つけられたら一緒に食べよ」
「それはまた、魅力的な提案だね。いいの?本気で探すよ?血眼になって探すよ?」
「それはちょっといや。でも、ちょっとやそっとで見つけられる場所じゃ、ない」
「そう言われると燃えるね。よし、じゃあ約束ね。俺が見つけられたら一緒に食べようね」
「うん。約束」
そこまで言ったところで、月ちゃんはふと何かを思い出したように『あっ』と声を出した。
「……さっき、誰かと食べるの好きじゃないって言ってなかった?」
「それは小さいころの話で……それも、近くの席の人たちと班作って食べなきゃいけない給食は好きじゃないって話。今みたいに仲いい奴と集まって食べるのは好きだよ」
「それなら、なおさら私とでいいの?みんなと食べられなくなるよ」
「『月ちゃんとでいい』んじゃなくて、『月ちゃんとがいい』んだよ」
「…………」
月ちゃんは急に黙ってしまった。どうしたのだろうか――なんてとぼけたことは言わない。
わざと、少し意味深に言ったのだ。
早いかもしれない、もっとレベル上げをした方がいいかもしれない。だけど、そんなことを言っていたらいつまで経っても足踏みしているような気がしたから。
今日はちょっとだけ、君に近づきたいんだ。
「分かった」
ゆっくりと口を開いた月ちゃんは、ただ一言そう言った。
……まあ、そうだよな。良い反応がもらえるだなんて、期待していた自分が愚かしい。
落胆を月ちゃんに見せないように、顔に笑顔を張り付ける。掃除をするふりをして月ちゃんに背中を向ける。
別にいい。まだまだこれからじゃないか。落ち込むなんて早すぎる。
いつもの俺を演じて掃除を終わらせ、机の移動も終わらせる。
俺も月ちゃんもロッカーへと箒をしまい、俺は教科書の用意、月ちゃんは寝るために自席へと戻っていく。
その途中。
「早く、見つけてね」
月ちゃんはそれだけ言うと、俺の返事も待たずに席に座って眠り始めてしまった。
今のセリフって……え?今のセリフって……ええ??
脈ありって考えていいの?それともただの社交辞令?どっち!?
ぐるぐると脳内で同じ問いが回り続ける。答えなど出るはずもない。俺に複雑な女心なんて分かるはずもないのだから!
俺がパニックに陥っている中、教室の扉が開かれる音がした。入口に立っているのはつい先日仲良くなった綺星だ。
俺を見ただけで少しうろたえた様子の綺星。俺はその姿を見つけた瞬間彼女に駆け寄り、彼女が挨拶のために挙げていた手を両手で掴む。
「曜!?急になにを――」
「おはよう綺星!!早速だけど俺に女心を教えてくれない!?」
「なんでよりによってアタシに聞くの!?」
手を振り払ってなぜか逃げ出す綺星。それを追いかける俺。
陸上部の綺星に帰宅部の俺が敵うはずもないが、今はそんなことを言っていられない。
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