上 下
16 / 143
第一章 亡霊、大地に立つ

第五話 豪雨の包囲網 #2

しおりを挟む
 結局、

「見えた! あそこよ!」

 と、激しい雨音の中に、ミーシャの喜色混じりの声が響いたのは、半刻どころか、一時間以上も経った後の事だった。

 近づいてみれば、それは丸太で組んだ高床式の小さな山小屋。

 ずいぶん古そうではあるが、かなり頑丈そうに見える。

 なんにせよ、雨露をしのげる屋根があるのはありがたい。

 三段ほどの階段を登って、デッキへと上る。

 正面に扉。

 ミーシャは取っ手に手を掛けると、レイの方へと振り返った。

「鍵……掛かってたら、蹴破ってね?」

 ――ああ、その時は任せてくれ。

 だが、その心配は全くの無駄になった。

 ミーシャが力を込めて引くと、扉はきしみながらも、あっさりと開いたからだ。

 二人は中へ駆けこむと、慌しく扉を閉じる。

 途端にザーという雨音が壁に阻まれて、一気に遠ざかった。

 示し合わせた訳ではないが、二人は同時に大きな息を吐いて、

「……屋根って素晴らしい」

 ――まったくだ。

 と、感慨深げに頷きあった。

 扉を閉じてしまうと、部屋の中は、壁の隙間から入り込んでくる微かな光だけの薄闇。

 へなへなとその場にへたり込んでしまったミーシャを尻目に、レイは壁を手探りでまさぐって木戸を探し当て、それを跳ね上げる。

 再び雨音のボリュームが上がって、僅かに室内が明るくなった。

「はあ……もう、ぐしょぐしょ」

 ミーシャがため息交じりに呟きながら、服の裾を絞るとボトボトと水が滴り落ち、彼女は寒そうに身体を震わせる。

 ――そのままでは風邪をひきそうだな。

「あんたは大丈夫なの?」

 ――特に寒いとも思わない。記憶がないからはっきり大丈夫だとは言えないが、風邪気味のゴブリンに出会ったことはないと思う。たぶん。

 レイは冗談とも思えない様な口調でそう返事をすると、ぐるりと部屋の中を見回す。

 丸太を積み上げた壁、それほど広くも無い部屋の隅にはたきぎが積み上げてある。

 壁の一方には黒くすすけた小さな暖炉があった。

 ――火をおこすぞ。風精霊シルフのご機嫌をとるのは、また今度ということにしてくれ。

「うん、大丈夫。室内には風が無いでしょ。風精霊シルフたちはほとんどいないから」
しおりを挟む

処理中です...