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第一章 亡霊、大地に立つ
第五話 豪雨の包囲網 #3
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レイは暖炉に薪をくべながら、草色のローブにくるまって気持ちよさげに寝息を立てているミーシャを眺めた。
流石に雨の中の強行軍は、相当きつかったらしい。
外から聞こえる雨音には弱まる気配がない。
開けっ放しの木戸の外へと目を向けると、雲は益々厚みを増し、その向こう側に昇っている筈の午後の太陽を欠片も見せようとはしない。
――これは雨が止むのを待つしかないだろうな。
そう胸の内で独りごちて、木戸を閉じるとレイは壁に凭れ掛かって目を閉じる。
何年も感じることの無かった『眠い』という感覚。それ自体が不思議な気がして、思わず笑みが浮かぶ。
寝ているのか起きているのか、良くわからぬような微睡の心地よさに身を任せた途端、彼は周囲に満ちる殺気に気が付いた。
レイは唐突に跳ね起きて、身体のすぐ脇に置いておいた鉈を引っ掴むと、
――起きろ!
「ぎゃん!?」
横たわってるミーシャを、遠慮なく蹴っ飛ばした。
「痛ったぁーい! 何すんのよ!」
――静かにしろ! 囲まれてる!
「へ?」
寝ぼけ眼で抗議しかけたミーシャが、手を振り上げたまま、間抜けな声を洩らした。
「囲まれてる? 何に?」
――この殺気は……ゴブリンだな。
ミーシャは一瞬きょとんとした顔になると、ふたたびローブにくるまって横になった。
「なーんだ、ゴブリンか……。じゃあさ、レイ、昨日みたいにちゃっちゃって、やっつけちゃってよ。私、もうひと眠りするから」
昨日襲われた時には、あんなに必死な顔をしてたというのに、レイが強いと分かるとコレである。
信用されていると言えば聞こえは良いが、流石にこの態度にはレイも呆れた。
――そういう訳にはいかないな。大した殺気ではないが、数が多い。あの数からキミを守るには残念ながら、手が足りない。
「へ? そんなに多いの?」
――自分の目で見てみるといい。
ミーシャは起き上がると、木戸を押し上げて外へと目を向ける。
そして、途端に顔を引き攣らせた。
「なによ……これ」
激しい雨に白くけぶる風景。
その寒々しい景色の中で、黒い影が蠢いている。
群れだ。ゴブリンの群れ。
それが、遠巻きにではあるが、この山小屋を取り囲んでいる。
正確な数は分からないが、確かに何十匹もいるように見えた。
表情を強張らせて振り返るミーシャに、レイは問い掛けた。
――どうにも腑に落ちないのだが……。ゴブリンというのは、こんなに統率の取れた行動をするものなのか?
驚きすぎて声も出ないのか、言葉を喉に詰めたまま、ミーシャはブンブンと頭を振った。
――ふむ、そうだろうな。
昨日戦った際の印象で言っても、ゴブリンならば、もっと本能的な行動をとりそうなものだ。
気配を悟られない様にわざわざ大雨の中で行動し、直情的に襲い掛かってくるわけでもなく、獲物を完全に包囲するというのは、ゴブリンの印象とはほど遠い。
――どうやら、知恵が回るのがいるらしい。
その一言に、ミーシャがビクンと身体を跳ねさせた。
「……まさか、赤鶏冠!?」
――なんだそれは?
「異常に頭の良いゴブリンがいるって、おじいちゃんに聞いたことがあるの。暗黒魔法まで身に付けてるって……。突然変異みたいなものらしいけど、そいつには鶏の鶏冠みたいな赤い鬣が生えてるんだって」
流石に雨の中の強行軍は、相当きつかったらしい。
外から聞こえる雨音には弱まる気配がない。
開けっ放しの木戸の外へと目を向けると、雲は益々厚みを増し、その向こう側に昇っている筈の午後の太陽を欠片も見せようとはしない。
――これは雨が止むのを待つしかないだろうな。
そう胸の内で独りごちて、木戸を閉じるとレイは壁に凭れ掛かって目を閉じる。
何年も感じることの無かった『眠い』という感覚。それ自体が不思議な気がして、思わず笑みが浮かぶ。
寝ているのか起きているのか、良くわからぬような微睡の心地よさに身を任せた途端、彼は周囲に満ちる殺気に気が付いた。
レイは唐突に跳ね起きて、身体のすぐ脇に置いておいた鉈を引っ掴むと、
――起きろ!
「ぎゃん!?」
横たわってるミーシャを、遠慮なく蹴っ飛ばした。
「痛ったぁーい! 何すんのよ!」
――静かにしろ! 囲まれてる!
「へ?」
寝ぼけ眼で抗議しかけたミーシャが、手を振り上げたまま、間抜けな声を洩らした。
「囲まれてる? 何に?」
――この殺気は……ゴブリンだな。
ミーシャは一瞬きょとんとした顔になると、ふたたびローブにくるまって横になった。
「なーんだ、ゴブリンか……。じゃあさ、レイ、昨日みたいにちゃっちゃって、やっつけちゃってよ。私、もうひと眠りするから」
昨日襲われた時には、あんなに必死な顔をしてたというのに、レイが強いと分かるとコレである。
信用されていると言えば聞こえは良いが、流石にこの態度にはレイも呆れた。
――そういう訳にはいかないな。大した殺気ではないが、数が多い。あの数からキミを守るには残念ながら、手が足りない。
「へ? そんなに多いの?」
――自分の目で見てみるといい。
ミーシャは起き上がると、木戸を押し上げて外へと目を向ける。
そして、途端に顔を引き攣らせた。
「なによ……これ」
激しい雨に白くけぶる風景。
その寒々しい景色の中で、黒い影が蠢いている。
群れだ。ゴブリンの群れ。
それが、遠巻きにではあるが、この山小屋を取り囲んでいる。
正確な数は分からないが、確かに何十匹もいるように見えた。
表情を強張らせて振り返るミーシャに、レイは問い掛けた。
――どうにも腑に落ちないのだが……。ゴブリンというのは、こんなに統率の取れた行動をするものなのか?
驚きすぎて声も出ないのか、言葉を喉に詰めたまま、ミーシャはブンブンと頭を振った。
――ふむ、そうだろうな。
昨日戦った際の印象で言っても、ゴブリンならば、もっと本能的な行動をとりそうなものだ。
気配を悟られない様にわざわざ大雨の中で行動し、直情的に襲い掛かってくるわけでもなく、獲物を完全に包囲するというのは、ゴブリンの印象とはほど遠い。
――どうやら、知恵が回るのがいるらしい。
その一言に、ミーシャがビクンと身体を跳ねさせた。
「……まさか、赤鶏冠!?」
――なんだそれは?
「異常に頭の良いゴブリンがいるって、おじいちゃんに聞いたことがあるの。暗黒魔法まで身に付けてるって……。突然変異みたいなものらしいけど、そいつには鶏の鶏冠みたいな赤い鬣が生えてるんだって」
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