上 下
21 / 143
第一章 亡霊、大地に立つ

第六話 一点突破 #4

しおりを挟む
 レイと背後のゴブリン達の間に、かなりの距離が開いた。

 レイは足を止めると、遠ざかって行くミーシャの背中を眺めて、胸の内で彼女へと声を上げる。

 ――ミーシャ! そのまま走り続けろ! 私はここで連中を足止めする!

「な!? 大丈夫なの? 死んじゃダメだからね! ちゃんとヌーク・アモーズまで護衛してよ!」

 ――心配するな。すぐに追いつく。

 レイは降りしきる雨の向こうに、ミーシャの姿が見えなくなるのを見届けると足を止めた。

 そして、その場でくるりと振り返り、両の手のナタを胸の前で交差させる。

 守らなければならないものがなければ、思う存分戦える。

 ここへ至るまでに、ゴブリン達も随分と脱落していた。

 ざっと見回した限りでは、三十匹を下回っている。

 ゴブリン達は静かに佇んでいるレイを見つけると、遠巻きに取り囲みはじめた。

 レイを無視して、ミーシャを追うゴブリンはいない。

 もしいたならば、真っ先にほふるつもりにしていたのだが、すでに姿の見えなくなったミーシャは、完全にゴブリン達の意識から外れたらしい。

 ゴブリンの知能ならばさもありなん。

 ――そう言えば……赤鶏冠レッドクレストと言ったか?

 レイを取り囲んで牙を剥いているゴブリン達を、ぐるりと眺める。

 一目いちもくする限り赤いたてがみを持ったゴブリンの姿はない。

 やはり只の噂のたぐいだったか。と、レイが苦笑したその時。

「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 はるか遠くの方で、微かな悲鳴が響いた。

 ともすれば聞き逃しかねない程の遠い響き。

 だが、聞き間違えようがない。

 それはミーシャの声。

 レイはビクリと身体を跳ねさせると、思わず声の聞こえてきた方向へと振り返る。

 そして、自分の判断の誤りに思い至った。

 人間以上の知恵を持つという赤鶏冠レッドクレストならば、この展開を予測して、待ち伏せの一つも用意している可能性がある。

 なぜそこに思い至らなかったのかと、思わず顔を歪めて項垂うなだれた。

 ――悪いが、お前達の相手をしていられる状況では無くなった。

 項垂うなだれながら胸の内でそう呟くと、レイは顔を上げて、目の前のゴブリンへと飛び掛かる。

 ――どけっ! 道を開けろ!

 雨は降り止む気配も無く、更に激しくレイの身体を叩いていた。
しおりを挟む

処理中です...