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第二章 亡霊、勇者のフリをする。

第十一話 世の中のことは、大体筋肉で説明がつきます。 #2

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 ――痛い。

「悪かったわよ……もう。でも、アンタだって悪いんだからね」

 腫れあがった頬をさするゴブリンを尻目に、ミーシャはさっさと足を速める。

 彼女の今の姿は、浅黄色の短衣チュニックに、緑の短袴ショートパンツ

 昨日まで来ていた服は、まだ生乾きのまま背嚢リュックに放り込まれている。

 湖畔で野宿して一夜を過ごし、日の出とともに出発した二人は、森の中を貫く街道へと出て、西へと向かった。

「この調子なら、昼までにはハノーダー砦に到着できると思う」

 ――ハノーダー砦?

「うん、少し前に通った時には、只の宿場町だったんだけど、人間達がディアボラ山脈のこっち側に追いやられたもんだから、そこが人間の領域の一番端っこになっちゃったのよ。それで城壁を立てて砦にしちゃったらしいのよね」

 ――少し前に通ったというのは、どれぐらい前の話だ?

「お姉ちゃんの結婚式の時だから……二十年ぐらいかな」

 ――二十年は少し前か……それはそうと、お姉さんが人間の領域にいるのだな?

 あからさまに『しまった!』という顔をするミーシャに、レイは思わず苦笑する。

 ――心配するな。言いたくないなら、これ以上は聞かない。

「いいわよ、別に……。お姉ちゃんは、もういないんだし」

 ――もういない?

「死んじゃったの! 七年前に! 流行はやり病で!」

 ――それは……すまない。

「謝んなくてもいいわよ。言ったのこっちだし……」

 ミーシャが口籠ったその時、レイがピクリと耳を動かして、立ち止まる。

「どうしたの?」

 ――前を見てみろ。

 そう言ってレイが顎で指し示した方向へと目を向けると、土煙が濛々と立ち上っているのが見えた。

 騎馬の一団がこちらの方へと真っ直ぐに向かってくる。

 ――隠れるか?

「必要無いわよ。たぶんハノーダー砦に駐留してる兵隊さん達だと思うわ。ディアボラ山脈であれだけの騒動があったんだし、調べに来たんでしょ」

 ――危害を加えられる事は無いんだな。

「そりゃそうよ、だって、私、エルフだし」

 何言ってんの? とでも言わんばかりの顔をレイに向けて、ミーシャは首を傾げる。

 とりあえず、エルフは人間と敵対関係ではないらしい。

「あ、でも、そうか。アンタはマズいわね」

 そう言うとミーシャは背嚢リュックを下ろして、ごそごそと中を探ると、草色のローブを取り出して、レイに放り投げた。

「それを羽織って。顔が見えないように」

 ――丈が合わない。

「引き摺ってもいいわよ。今の私たちの絵づらって、どう見たってゴブリンに襲われる可憐な美少女だもん。アンタ、問答無用で兵隊さんに攻撃されるわよ」

 ――確かに。可憐な美少女、というところ以外はその通りだ。

「ぶっ飛ばすわよ!」

 そうこうする内に、騎馬の一団は二人の姿を見つけたらしく、徐々に速度を落とす。

「止まれぇ!」

 先頭の男が声を上げると、騎馬の一団は、二人の少し手前で馬を止めた。

 赤毛の髪に同じ色の髭。

甲冑プレートメイル姿の、熊を思わせる大男である。

「お前達! こんなところで何を……」

 男はそう言いかけたところで、突然、大きく目を見開いて、慌てて馬を降りた。 

「姫! ミーシャ姫ではありませんか!」
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