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第三章 亡霊、竜になる
第十七話 もふもふもふもふもふもふ #3
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だが、乗り換えてみて、初めて分かる事もある。
まず、一度使った魔法は、身体を乗り換えても覚えているということ。
この首狩り兎の身体には魔力が全くないので、魔法を使う事は出来ないが、別の身体に乗り換えれば、再び使うこともできるだろう。
そして、この首狩り兎の戦闘力。
戦力の低下を覚悟して乗り換えたのだが、その鋭い前歯と後ろ足から繰り出されるジャンプ力は、脅威的なものがあった。
剣を使う事は出来ないが、一撃で首を狩るその殺傷力は、ゴブリンを遥かに上回る。
それだけではない。
見た目は只の兎なのだ。
何より人目につかないのが良い。
この姿なら街に入ったとしても、騒ぎになることも無いだろうし、せこい話ではあるが、宿代もミーシャとドナの二人分で済むだろう。
何より、ハノーダー砦を出て以来、ゴブリンであるレイを赤ん坊のように抱きかかえているドナの姿は、かなり猟奇的なものがあったが、この姿ならさほど違和感はない。
むしろ微笑ましいと言っても良い。
良い事づくめ……かといえば、そうでもない。
呆れる様な顔をしていたミーシャは、突然にんまりと笑うと、レイの方へと手を伸ばした。
「ねえ、ちょっと、こっち来なさいよ」
――な、なんだ?
「もふもふさせなさいよ」
――断る。
「そんなこと言わないでさぁ!」
――こ、こら、やめ、やめたまえ!
ミーシャが事あるごとに、もふもふしようとするのだ。
ドナの胸元からレイを引っ手繰ると、ミーシャはそのままレイの背中に頬を擦り付ける。
「ぬふー、この肌ざわり、癒されるぅ」
以降は、ひたすらもふもふである。
もふもふもふもふもふもふもふもふ……。
レイとミーシャは、首狩り兎の身体に乗り換えて以来、ひたすらこのやりとりを繰り返していた。
誤解を恐れずに言えば、レイももふもふされる事が嫌な訳ではない。
むしろ気持ち良かったりもする。
普段のガサツさを思えば意外なのだが、ミーシャはかなりのテクニシャンであった。
自然と共に育った彼女は、プロのモフリストなのだ。
とはいえ、レイとて男。
たとえ記憶はなくとも、間違いなく男性なのだ。
もふもふされて喘いでる自分に気付いた途端、ものすごい音を立てて、プライドが軋んだ。
というか、もふもふされることに悩んでるという時点で、既に男性として、いろいろとダメな気がするのだ。
我を忘れて、レイをモフりまくるミーシャに、ドナは頬を膨らませて抗議する。
「耳長殿、もふも……勇者様が嫌がっておられるじゃありませんか。ワタクシに返してくださいませ」
「いいじゃない、ちょっとぐらい。アンタ今朝からずっと抱いてたんだから。私にもモフらせなさいよ」
――ドナ……キミ、今『もふもふ』って言い掛けたよな。
レイがジトッとした目を向けるも、ドナがそれに気づくことはない。
ミーシャがそれを眺めて苦笑すると、
「ほら、アンタだって、私に抱かれてる方が安心でしょ? こんな悪霊女より」
そう言った。
だがその瞬間、レイは不覚にも両者に抱かれた時の感触の違いを思い出してしまった。
はっきりいって不可抗力。言葉ではない。感触の記憶である。
音にすれば、『むにゅん』と『がちっ!』の違いである。
途端にミーシャの顔から表情が消えた。
――お、おい。
ミーシャは慌てるレイの首根っこを摘まんで持ち上げると、ドナの方へと顔を向け、
「ねぇ、兎鍋っておいしい?」
そう問い掛ける。
道の両側では、風に吹かれて菜の花が、我関せずと揺れていた。
まず、一度使った魔法は、身体を乗り換えても覚えているということ。
この首狩り兎の身体には魔力が全くないので、魔法を使う事は出来ないが、別の身体に乗り換えれば、再び使うこともできるだろう。
そして、この首狩り兎の戦闘力。
戦力の低下を覚悟して乗り換えたのだが、その鋭い前歯と後ろ足から繰り出されるジャンプ力は、脅威的なものがあった。
剣を使う事は出来ないが、一撃で首を狩るその殺傷力は、ゴブリンを遥かに上回る。
それだけではない。
見た目は只の兎なのだ。
何より人目につかないのが良い。
この姿なら街に入ったとしても、騒ぎになることも無いだろうし、せこい話ではあるが、宿代もミーシャとドナの二人分で済むだろう。
何より、ハノーダー砦を出て以来、ゴブリンであるレイを赤ん坊のように抱きかかえているドナの姿は、かなり猟奇的なものがあったが、この姿ならさほど違和感はない。
むしろ微笑ましいと言っても良い。
良い事づくめ……かといえば、そうでもない。
呆れる様な顔をしていたミーシャは、突然にんまりと笑うと、レイの方へと手を伸ばした。
「ねえ、ちょっと、こっち来なさいよ」
――な、なんだ?
「もふもふさせなさいよ」
――断る。
「そんなこと言わないでさぁ!」
――こ、こら、やめ、やめたまえ!
ミーシャが事あるごとに、もふもふしようとするのだ。
ドナの胸元からレイを引っ手繰ると、ミーシャはそのままレイの背中に頬を擦り付ける。
「ぬふー、この肌ざわり、癒されるぅ」
以降は、ひたすらもふもふである。
もふもふもふもふもふもふもふもふ……。
レイとミーシャは、首狩り兎の身体に乗り換えて以来、ひたすらこのやりとりを繰り返していた。
誤解を恐れずに言えば、レイももふもふされる事が嫌な訳ではない。
むしろ気持ち良かったりもする。
普段のガサツさを思えば意外なのだが、ミーシャはかなりのテクニシャンであった。
自然と共に育った彼女は、プロのモフリストなのだ。
とはいえ、レイとて男。
たとえ記憶はなくとも、間違いなく男性なのだ。
もふもふされて喘いでる自分に気付いた途端、ものすごい音を立てて、プライドが軋んだ。
というか、もふもふされることに悩んでるという時点で、既に男性として、いろいろとダメな気がするのだ。
我を忘れて、レイをモフりまくるミーシャに、ドナは頬を膨らませて抗議する。
「耳長殿、もふも……勇者様が嫌がっておられるじゃありませんか。ワタクシに返してくださいませ」
「いいじゃない、ちょっとぐらい。アンタ今朝からずっと抱いてたんだから。私にもモフらせなさいよ」
――ドナ……キミ、今『もふもふ』って言い掛けたよな。
レイがジトッとした目を向けるも、ドナがそれに気づくことはない。
ミーシャがそれを眺めて苦笑すると、
「ほら、アンタだって、私に抱かれてる方が安心でしょ? こんな悪霊女より」
そう言った。
だがその瞬間、レイは不覚にも両者に抱かれた時の感触の違いを思い出してしまった。
はっきりいって不可抗力。言葉ではない。感触の記憶である。
音にすれば、『むにゅん』と『がちっ!』の違いである。
途端にミーシャの顔から表情が消えた。
――お、おい。
ミーシャは慌てるレイの首根っこを摘まんで持ち上げると、ドナの方へと顔を向け、
「ねぇ、兎鍋っておいしい?」
そう問い掛ける。
道の両側では、風に吹かれて菜の花が、我関せずと揺れていた。
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