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第四章 亡霊、魔王討伐を決意する。
第三十一話 魔王の花嫁 #1
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カツン、カツンと、硬い蹄の音を響かせて、石造りの薄暗い廊下を一体の魔物が歩いている。
奇怪に捩じれた角を持つ、山羊に酷似した頭部。
筋骨隆々の人間の上半身に、山羊の脚。
背中から生えた膜質の翼は蝙蝠のそれを思わせる。
凡そ人間の持つ悪魔のイメージそのものといった容姿のその魔物は、廊下の突き当り、重厚な扉の前で立ち止まる。
そして、逡巡する様に俯き、大きく息を吐いた後、まるで何かを覚悟するかのように顔を上げた。
「魔王様、ガープにございます。お召により参じました」
「……入れ」
扉の向こう側から男の低い声がして、その魔物――ガープは、重い扉を肩で押し開くと、身体をその内側へと滑り込ませる。
扉の向こう側、そこは玉座の間。
西側の壁に取り付けられた大窓から差し込む陽光が、赤い絨毯に陰翳を絡ませている。
伏し目がちに部屋の半ばまで歩みを進めて、ガープはそこに跪いた。
「……面を上げよ」
男の言葉に従って、ガープが視線を上げていくと、下着同然の僅かな布を身に付けただけの人間の女達を、その周囲に侍らせて玉座に深く腰を埋める男の姿がある。
秀麗な顔つきに長い銀の髪。
その左右の頭からは、ガープ同様に捩れた角が突き出している。
人間に近い貴公子然としたその容姿に反して、男のその瞳は酷薄な色を湛えており、いかにも不機嫌だと言わんばかりに唇を歪めていた。
「ま、魔王様、ご、ご報告が」
ガープのその言葉を遮って、魔王は不機嫌そうに言葉を投げつける。
「ハノーダー砦はまだ陥ちぬのか!」
「も、申し訳ございません。今一歩というところで、砦全体を光の障壁で覆う魔法に阻まれてしまい……」
「『聖域』だな。大司教があの砦にまで出張ってきておるということか……。やってくれおるわ、ロリババアめ」
魔王は苦々しげに吐き捨てると、怯えるように身体を縮こませるガープを見下ろして、吐き捨てる。
「ガープよ。余はそれほど気が長い方ではない。我が盾となって死した貴様の父親の功をもって、此度の侵攻を貴様に任せておるのだ。親の功徳がいつまでも子を守ってくれる訳ではないのだぞ」
「しょ……承知しております」
「ならば一刻も早く砦を叩き壊せ! 大地を蹂躙し、人間どもの国を破壊しつくせ! そして、あの娘を花嫁として、余の前へと引きずり出すのだ。他の者は全て殺しても構わん」
魔王はそう言ってしまうと、膝にしなだれかかる女の髪を指先で弄びながら、いやらしく舌なめずりをする。
「余は一日千秋の思いで待っておるのだ……あの娘の長い耳を思うままに舐り、この身に組み敷いて屈服させてやる日をな」
「ハッ!」
ガープが床に頭を擦り付けんばかりに首肯すると、魔王は急に何かを考え込む様に、視線を天井へと泳がせた。
「待てよ……ふむ。大司教が砦にまで出張ってきているのならば……使えるな。ガープよ。他の者は殺して構わんというのは訂正だ。大司教は生け捕りにせよ。よいな!」
「ハッ! 仰せのままに!」
魔王は跪くガープを満足げに見下ろして頷くと、再び口を開いた。
「して、ガープよ。貴様の報告というのは何だ」
「ハッ! 諜報に放っておりました小鬼が、気になる情報を持ち帰って参りました。『勇者』を名乗る者が、ハノーダー砦を出て、ヌーク・アモーズに向かったようでございます」
「勇者? あり得んな。勇者、イノセ・コータは余自ら、この世界の外に放り出してやったのだからな」
「ですので……私の勝手な推測でございますが、勇者の仲間の双剣の剣士ではないかと……」
「ふむ……バルタザールか。ならば放っておいても問題なかろう。今更、あやつに何かできるとは思えん」
「畏まりました。……実はもう一つ、気になる報告がございます」
「何だ」
「古竜が飛竜の群れを率いて、ハノーダー砦を越えて、西へと向かったようでございます」
「なんだと!?」
その報告に魔王は思わず声を荒げて立ち上がり、周囲に侍る女たちが「きゃっ」と短い悲鳴を上げる。
「奴め……イノセ・コータと過去に接触を持っておったが、何か吹き込まれたか……。よもや人間につく気ではあるまいな」
魔王は、ギリリと音を立てて、親指の爪を噛んだ。
奇怪に捩じれた角を持つ、山羊に酷似した頭部。
筋骨隆々の人間の上半身に、山羊の脚。
背中から生えた膜質の翼は蝙蝠のそれを思わせる。
凡そ人間の持つ悪魔のイメージそのものといった容姿のその魔物は、廊下の突き当り、重厚な扉の前で立ち止まる。
そして、逡巡する様に俯き、大きく息を吐いた後、まるで何かを覚悟するかのように顔を上げた。
「魔王様、ガープにございます。お召により参じました」
「……入れ」
扉の向こう側から男の低い声がして、その魔物――ガープは、重い扉を肩で押し開くと、身体をその内側へと滑り込ませる。
扉の向こう側、そこは玉座の間。
西側の壁に取り付けられた大窓から差し込む陽光が、赤い絨毯に陰翳を絡ませている。
伏し目がちに部屋の半ばまで歩みを進めて、ガープはそこに跪いた。
「……面を上げよ」
男の言葉に従って、ガープが視線を上げていくと、下着同然の僅かな布を身に付けただけの人間の女達を、その周囲に侍らせて玉座に深く腰を埋める男の姿がある。
秀麗な顔つきに長い銀の髪。
その左右の頭からは、ガープ同様に捩れた角が突き出している。
人間に近い貴公子然としたその容姿に反して、男のその瞳は酷薄な色を湛えており、いかにも不機嫌だと言わんばかりに唇を歪めていた。
「ま、魔王様、ご、ご報告が」
ガープのその言葉を遮って、魔王は不機嫌そうに言葉を投げつける。
「ハノーダー砦はまだ陥ちぬのか!」
「も、申し訳ございません。今一歩というところで、砦全体を光の障壁で覆う魔法に阻まれてしまい……」
「『聖域』だな。大司教があの砦にまで出張ってきておるということか……。やってくれおるわ、ロリババアめ」
魔王は苦々しげに吐き捨てると、怯えるように身体を縮こませるガープを見下ろして、吐き捨てる。
「ガープよ。余はそれほど気が長い方ではない。我が盾となって死した貴様の父親の功をもって、此度の侵攻を貴様に任せておるのだ。親の功徳がいつまでも子を守ってくれる訳ではないのだぞ」
「しょ……承知しております」
「ならば一刻も早く砦を叩き壊せ! 大地を蹂躙し、人間どもの国を破壊しつくせ! そして、あの娘を花嫁として、余の前へと引きずり出すのだ。他の者は全て殺しても構わん」
魔王はそう言ってしまうと、膝にしなだれかかる女の髪を指先で弄びながら、いやらしく舌なめずりをする。
「余は一日千秋の思いで待っておるのだ……あの娘の長い耳を思うままに舐り、この身に組み敷いて屈服させてやる日をな」
「ハッ!」
ガープが床に頭を擦り付けんばかりに首肯すると、魔王は急に何かを考え込む様に、視線を天井へと泳がせた。
「待てよ……ふむ。大司教が砦にまで出張ってきているのならば……使えるな。ガープよ。他の者は殺して構わんというのは訂正だ。大司教は生け捕りにせよ。よいな!」
「ハッ! 仰せのままに!」
魔王は跪くガープを満足げに見下ろして頷くと、再び口を開いた。
「して、ガープよ。貴様の報告というのは何だ」
「ハッ! 諜報に放っておりました小鬼が、気になる情報を持ち帰って参りました。『勇者』を名乗る者が、ハノーダー砦を出て、ヌーク・アモーズに向かったようでございます」
「勇者? あり得んな。勇者、イノセ・コータは余自ら、この世界の外に放り出してやったのだからな」
「ですので……私の勝手な推測でございますが、勇者の仲間の双剣の剣士ではないかと……」
「ふむ……バルタザールか。ならば放っておいても問題なかろう。今更、あやつに何かできるとは思えん」
「畏まりました。……実はもう一つ、気になる報告がございます」
「何だ」
「古竜が飛竜の群れを率いて、ハノーダー砦を越えて、西へと向かったようでございます」
「なんだと!?」
その報告に魔王は思わず声を荒げて立ち上がり、周囲に侍る女たちが「きゃっ」と短い悲鳴を上げる。
「奴め……イノセ・コータと過去に接触を持っておったが、何か吹き込まれたか……。よもや人間につく気ではあるまいな」
魔王は、ギリリと音を立てて、親指の爪を噛んだ。
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