94 / 143
第四章 亡霊、魔王討伐を決意する。
第三十四話 愛と発狂はよく似ている #2
しおりを挟む
心配するオーランジェとレイボーンを「疲れている」とあしらって、ミーシャは部屋に戻るなり、扉に鍵を掛けて引きこもった。
外は夕暮れ時。
窓の無い部屋の暗闇の中、灯りも点けず、着替えることもせずにベッドに横たわると、頭からブランケットを被って目を閉じる。
眠ってしまいたい。
考えるのを止めてしまいたい。
そう思いながらも、頭の中を、つい先ほどのジニとの対話がぐるぐると回る。
霞がかった意識の中で、ジニの緑の髪が風に吹かれてさらさらと揺れていた。
「ミーシャ、余り悪く言うものではないよ。ジェラールは良い奴だよ。権謀術数渦巻く王宮の中で、なんであんな真っ直ぐな人間が育ったのか、不思議なぐらいさ」
「なんであんな奴の肩を持つのよ! ジニだって辛い思いをしたんじゃないの? すぐ傍にいるのに、お姉ちゃんはアナタの姿が見えなくなっちゃってたんでしょ? アイツがお姉ちゃんにインチキ宗教さえ押し付けなければ……」
ジニは静かに首を振る。
「逆だよ。ジェラールはオリビアが改宗することに最後まで反対してたんだ」
「……え?」
「この国は教会の力が強い。それこそ王の首を挿げ替えるぐらいのこと、訳ないさ。そこで王妃が異教の、しかもエルフだというのは、致命的なんだよ。だからオリビアは自ら、精霊達とのチャンネルを断ち切った。ジェラールを守るために、彼とともに生きていく為に」
「なんで、そこまで……」
「愛ゆえに……かな。愛と発狂はよく似ている。その渦中にいなければ、両者に大きな違いは無いね」
「そんな……」
「エルフである彼女が、教会に受け入れられるためにはそこまでしなければ駄目。彼女はそう考えたんだよ。もちろんウニバスだって他の精霊と交わることを禁じた訳じゃない」
「ウニバス?」
「彼らが神と崇める『理』を司る精霊王さ。良い奴なんだけどね。まあ、ちょっと問題がある」
「そりゃそうよ! あんなインチキ宗教の神様なんだもの」
「そうだね。愛が深すぎるんだよ。ウニバスは人間を愛して、愛して、愛しぬいている。だから僕みたいに見守って、救いを求められたらちょっと手を貸すぐらいじゃ収まらない。積極的に人の人生に介入し、試練だって与える。まあ迷惑っちゃ、迷惑な奴だよね」
「この国だって、あの男が勇者なんて馬鹿を焚きつけなきゃ、こんなことにはならなかったんでしょ。今の話じゃ、その……ウニバスってのが唆したんじゃないの?」
「まあ……そうだね」
そう言って、ジニは海の方へと目を向ける。
「ねぇミーシャ。キミはオーランジェを救い出しに来たんだろ? シルフたちから聞いているよ。こんどこそオリビアを、オリビアと同じ血が流れる彼女の娘を救いたい。……そうだよね」
ミーシャは無言で頷く。
「彼も同じなんだよ」
「……どういう事?」
「ウニバスは自分の最も愛する愛し子、確かソフィーと言ったかな。彼女に勇者と聖剣を与えた後、ジェラールに試練を与えた。……彼の耳元で囁いたのさ」
ジニは静かに目を瞑り、そして開き、ミーシャを見据える。
「ミーシャ。キミが魔王の子を身籠ることになるってね」
ミーシャは思わず、目を見開いて硬直した。
「だからジェラールは、勇者に魔王討伐を命じたのさ。こんどこそオリビアを、彼女と同じ血が流れているその妹を救うんだって……ね」
外は夕暮れ時。
窓の無い部屋の暗闇の中、灯りも点けず、着替えることもせずにベッドに横たわると、頭からブランケットを被って目を閉じる。
眠ってしまいたい。
考えるのを止めてしまいたい。
そう思いながらも、頭の中を、つい先ほどのジニとの対話がぐるぐると回る。
霞がかった意識の中で、ジニの緑の髪が風に吹かれてさらさらと揺れていた。
「ミーシャ、余り悪く言うものではないよ。ジェラールは良い奴だよ。権謀術数渦巻く王宮の中で、なんであんな真っ直ぐな人間が育ったのか、不思議なぐらいさ」
「なんであんな奴の肩を持つのよ! ジニだって辛い思いをしたんじゃないの? すぐ傍にいるのに、お姉ちゃんはアナタの姿が見えなくなっちゃってたんでしょ? アイツがお姉ちゃんにインチキ宗教さえ押し付けなければ……」
ジニは静かに首を振る。
「逆だよ。ジェラールはオリビアが改宗することに最後まで反対してたんだ」
「……え?」
「この国は教会の力が強い。それこそ王の首を挿げ替えるぐらいのこと、訳ないさ。そこで王妃が異教の、しかもエルフだというのは、致命的なんだよ。だからオリビアは自ら、精霊達とのチャンネルを断ち切った。ジェラールを守るために、彼とともに生きていく為に」
「なんで、そこまで……」
「愛ゆえに……かな。愛と発狂はよく似ている。その渦中にいなければ、両者に大きな違いは無いね」
「そんな……」
「エルフである彼女が、教会に受け入れられるためにはそこまでしなければ駄目。彼女はそう考えたんだよ。もちろんウニバスだって他の精霊と交わることを禁じた訳じゃない」
「ウニバス?」
「彼らが神と崇める『理』を司る精霊王さ。良い奴なんだけどね。まあ、ちょっと問題がある」
「そりゃそうよ! あんなインチキ宗教の神様なんだもの」
「そうだね。愛が深すぎるんだよ。ウニバスは人間を愛して、愛して、愛しぬいている。だから僕みたいに見守って、救いを求められたらちょっと手を貸すぐらいじゃ収まらない。積極的に人の人生に介入し、試練だって与える。まあ迷惑っちゃ、迷惑な奴だよね」
「この国だって、あの男が勇者なんて馬鹿を焚きつけなきゃ、こんなことにはならなかったんでしょ。今の話じゃ、その……ウニバスってのが唆したんじゃないの?」
「まあ……そうだね」
そう言って、ジニは海の方へと目を向ける。
「ねぇミーシャ。キミはオーランジェを救い出しに来たんだろ? シルフたちから聞いているよ。こんどこそオリビアを、オリビアと同じ血が流れる彼女の娘を救いたい。……そうだよね」
ミーシャは無言で頷く。
「彼も同じなんだよ」
「……どういう事?」
「ウニバスは自分の最も愛する愛し子、確かソフィーと言ったかな。彼女に勇者と聖剣を与えた後、ジェラールに試練を与えた。……彼の耳元で囁いたのさ」
ジニは静かに目を瞑り、そして開き、ミーシャを見据える。
「ミーシャ。キミが魔王の子を身籠ることになるってね」
ミーシャは思わず、目を見開いて硬直した。
「だからジェラールは、勇者に魔王討伐を命じたのさ。こんどこそオリビアを、彼女と同じ血が流れているその妹を救うんだって……ね」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
166
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる