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第三章
75話
しおりを挟む追撃が無いことに俺はホッとすると、抱き締めていたクリスティア姫から手を放した。
扇子は黒焦げになってしまったが、再生すれば元に戻るだろう。炎を受けて俺の腕も怪我をしているが自分の傷を元通りに戻すほどの魔力はなさそうだ。
俺は扇子に再生の魔法をかける。扇子は無事に元の形を取り戻した。
「よかった、元に戻せて。どうぞクリスティア姫。お怪我はありませんか?」
「よくありませんわ! 私は無事ですがカデル様がお怪我をっ」
姫に扇子を渡そうとすると、怪我に目を見開き受け取る事を躊躇したクリスティア姫が涙目で俺を見上げた。
確かに肘から指にかけてそれなりに火傷をしたけど、あとでサテンドラにでも治して貰えば問題はない。
「姫がご無事ならいいんです。これも護衛の仕事ですから…」
「アンタたち、馬鹿にするのも大概にして! あたしを無視して話してんじゃないわよ!!!!」
黒髪の少女はヒステリックに叫ぶとヒールを床に打ち鳴らしながらこちらにやってくる。長い黒髪に黒のドレスを纏っており、緑の両目に涙を浮かべていた。
それにしても絨毯だというのにカツカツ音がするっていうのはどれだけ力強く蹴っているんだろう、と俺は思わず変なところに感心してしまう。
俺は黒髪の少女から庇うようにクリスティア姫の前に立った。
「先にクリスティア姫の質問を無視したのはそちらではないのか?」
俺が癇癪をおこした子どもみたいな顔をしている黒髪の少女に言うと、平手が飛んできた。
バシンっと甲高い音を立てて俺の右頬が打たれる。さすがに女の子に殴られたくらいじゃ俺はびくりともしない。
魔力や魔法はそれなりみたいだけど、肉弾戦は得意じゃなさそうだし、きっとこの子の手も痛いはずだ。
不思議なもので、自分よりも取り乱している相手がいると結構冷静になれたりする。今がそんな感じ。
「問うてよいと言ったけど、答えてやるなんて言ってないわ!!!」
そう叫ぶと、続けて2、3発同じように頬を打たれた。
「おやめください! わたくしの質問などもうどうでもいいです。アルトレスト伯爵も黙っておらずにこの場を納めてください!!!」
「大丈夫ですクリスティア姫。この程度たいしたことじゃないんで」
俺の前に出ようとするクリスティア姫を制すれば、姫がぐっとその場にとどまる。アルトレスト伯爵はこの状態をみても玉座にもたれ掛かりながら楽し気にこちらを見ているだけだ。
ああ、そうだ。ここで誰かの力を期待したり借りるのは駄目だ。俺はまだ姫の護衛なのだから。オルトゥス王にお会いするまでは、俺が護るんだ。
「はぁ?! お姫様の前だからってとんだ忠犬っぷりね!!! 反撃も出来ない腰抜けのクセに!!」
そういうと黒ずくめの少女は俺の火傷した手首を掴み、爪を食いこませた。さすがにこれは、ちょっと痛い。
「……っつ、反撃出来ないんじゃなくて、俺は反撃してないんです。貴女が誰かは存じませんが、少なくともアルトレスト伯爵が静観し、玉座に座る事も許されたオルトゥス王に関係のあるお方でしょう。そのような方を俺が傷つけるわけにはいきません」
ギリギリと爪を食い込ませなが、俺の言葉に少女は目を見開く。俺を見上げるその眼はみるみる緑から赤く染まっていった。
「アンタなんて、アンタたちなんて大嫌いよ。殺しなさい。クリスティアを殺してアンタも死になさいカデル」
黒髪の少女が静かな声で囁く。怨念の籠った冷たい声。夜の赤い月のようにその赤い瞳が見つめてくる。
護衛対象を害せよと言われても聞けるわけがない。それにしても、初対面……だと思う、少女に死ぬことを望まれるほど嫌われているというのはなかなかにしんどいものだな。
ギリリと食い込む爪がさすがに痛い、俺はそっと握りしめてくる少女の手に左手を添えた。
その行動が意外だったのか、少女がびくんと体を揺らして、俺から離れる。
「お断りします。俺はクリスティア姫の護衛です。姫を傷つけることは出来ませんし、させません」
俺は黒髪の少女を見つめ、はっきりと答えた。
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