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第三章
76話
しおりを挟む「なん…で、なんでよ! ティス!!!! 何なのよコイツら!」
驚いた表情の少女の赤い瞳が緑の瞳に変わっていく。
ああ、そういえばアルトレスト伯爵もいつもは金色の瞳なのにたまに赤い眼になるな、と今更ながら気付いた。
「なにって、リベルタース伯爵家の三男のカデルと、エスカータ国第二王女でオルトゥスの花嫁のクリスティア・ラウラ・マリカ=エスカータだよ」
「そんなこと判ってるわよ! そんなこと聞いてるんじゃないわ!」
「そんなことそんなことってエリザベラ、僕が思うにそれこそそんなこと気にするより、そろそろこの状況の言い訳を考えた方がいいと思うよ」
「言い訳は不要だが、この状況の説明はしてもらいたいな。ティシウスカーク」
アルトレスト伯爵が黒髪の少女をいさめるタイミングを待っていたかのように、謁見の間の入り口の方から優しいのに、なぜか心臓がぎゅっと縮まるような声がした。
ああ、そうだ。先ほどの声と同じだけど、そう、我が王の声はこれだ。心が、身体が反応してしまう。
「ええええ? なんでそこで僕に聞くの?」
俺は玉座から扉へ振り返った。
謁見の間の扉は開かれており、そこから黒いローブのオルトゥス王が静かに歩み寄ってくる。
その歩みのたびに部屋のひび割れたガラスや、煤のついた壁、折れた柱などが見違えるように綺麗に、俺たちが入場した時と同じ姿を取り戻していく。
再生の魔法だ。
俺はその時間を巻き戻すような不思議でいて優雅な光景に思わず魅入っていた。俺の魔法とは規模が違う。
あと少しで王が目の前に、というところでクリスティア姫が膝をつき礼をした。俺も慌ててそれに習い、跪き頭を下げる。
オルトゥス王は俺とクリスティア姫の前を通り過ぎると、黒髪の少女の前で立ち止まった。
「私の支度が整うまで二人の相手をしろとは言ったが、これはどういうことかな、エリザベラ」
「あ……そ、それは……」
「まあまあ、エリザベラも最初はちゃーんとやってたんだけど、見破られちゃって取り乱しちゃったんだよ。許してあげて」
「ごめんなさい…パパ」
我が王の声が聞こえるたびに自分の心臓がどきどきと脈打つのが判る。今、顔を上げればすぐそこに本物がいる!
だけど俺は顔を上げることは出来ない。その許可がない。
「見破ったのはどちらだい?」
「クリス姫だよ」
「そうか。クリスティア、エリザベラが失礼した。顔を上げて構わないよ。それは私があげたドレスだね、それに他にも私の贈り物ばかりだ……まったく君は本当に侮れないな」
オルトゥス王はそういうと、クリスティア姫に手を差し出し立たせているのが視界の隅で見えた。
「オルトゥス王とこうしてお話出来ること大変嬉しく思います。エスカータの姫として、オルトゥス王の花嫁として、生涯この地で共にあることは栄誉です。どうぞアエテルヌムへ来た日のようにお傍においてくださいませ」
「ああ、君に不自由な思いはさせないから安心してくれ。今後のことで君に意見を聞きたい事もあるから、このまま少し話そうか。他の者は下がっていいよ」
オルトゥス王はそういうと、クリスティア姫と共に玉座へ続く階段を上り、玉座傍の扉より謁見の間を後にした。
本来、あの扉から王は玉座に向かうものなんだろう。ならばあの先は王のための空間のはずだ。
「カデル、行こう。謁見は終わったよ」
「え……? あ、ああ、そうですね」
あまりにも本物の王が来てからあっさりと物事が済んでしまったので、俺は頭を上げる事もなくその場で跪いていた。
そんな俺の肩にそっとアルトレスト伯爵が手をのせて声をかけてくる。
普段の馬鹿みたいに明るい声でなく静かな労わる様な声。その声が無ければ俺はその場から動くことはできなかった。
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