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「それと、神の使いですが……コレです」

 サリーはウサキチを抱き上げた。
 やっと洋服を着たロバートがサリーの横に並ぶ。

「マジか……なぜぬいぐるみ……」

 サリーは脳内でウサキチに話しかけた。

(自分で話しなさいよ)

(面倒くさいな……)

 イース殿下とサム隊長が並んで座っているソファーの正面の席に、ウサキチを座らせたサリーは、ロバートと一緒にその後ろに立った。

「どこから話せばいいかな」

 ウサキチの目が少しだけ光ったように見えたが、サリーは気にせず突っ込んだ。

「最初から話すべきでしょうが」

「っう……サリー、お前に信心は無いのか?」

「無いですね」

「そうか……では最初から話すが、イース? なんだ? その顔は」

「だって……腹話術?」

「ああ、そうだ。サリー、こ奴らが私の話を信用せず、君をここから追い出すようなことがあれば、腹話術師として世界を回るのも悪くないな。シューンも連れて行くとしよう」

 サリーはそれも良いなと思った。

「いや……水色のウサキチが喋るって……信じがたいが現実ということだよな?」

 イースがサム隊長の方を見た。

「ええ、信じがたいですが現実のようです」

「そうだ、現実なんだ。信じる者は救われると言うだろう? 人間、素直が一番だぞ?」

 そこからはウサキチの独壇場だった。
 そもそもウサキチがシューンに与えられたのは、生まれて間もない頃だった。
 送り主は前国王で、側妃の子とはいえ心から二人目の孫の誕生を喜んでくれたのだ。
 その場に同席していたイースは、当時のことを思い返した。

「あの日はおじい様がなぜかとても上機嫌だったことを覚えている。まだ目も見えていないシューンの枕元にウサキチを置いて『これがお前を守ってくれる』と仰ったんだ。その頃のシューンの倍はあるほどのウサギのぬいぐるみを見た私は、まるでウサキチがベビーベッドの主のように見えたよ」

「そうだったな。シューンは標準より小さく生まれたから、余計にそう感じたのだろう。私はあのベビーベッドを包むように結界を張っていたんだ。シューンを守るためにね」

「ああ、それでぬいぐるみだったのか」

「そういうことだ。ちなみに私はシューンの成長に合わせて姿を変えていくことができる」

 この言葉にはサリーが反応した。

「本来のウサキチの姿って?」

「見目麗しい、光り輝くほどの紅顔の美少年さ。なんせ天使の中でも最上位だからな」

「はいはい……それで?」

「……シューンが歩き始めた頃、イースは覚えているかな? 生母の父がシューンに濃い紫色のマントと杖を持ってきたんだが」

「いや……記憶にないな」

「なるほど。そのマントの裏地には邪教の教えが刺しゅうされていたんだよ。人の目にはわからないように巧妙にね。そして杖は術式を発動するための道具だった。私はなんとかそのマントと杖を破壊しようとしたが、それよりも早く術式が発動してしまった」

「誰が発動したんだ?」

「シューンだよ。勿論知らなくてやった。あの頃の子供がやりがちな行動を発動トリガーにしていたのだろう」

「発動トリガー?」

「ああ、あのマントを羽織って、呪いをかける相手をあの杖で突き刺すんだ」

 サリーたちは息を吞んだ。

「子供ってやりがちだろ? 棒を持ったら何かを刺したくなるものさ。そしてシューンは私の足に杖を突き刺した。そしてその瞬間、私はサリーの前世に飛ばされてしまったんだよ」

「じゃあ瞬のウサキチに転生したのって偶然だったの?」

「いや、全てが偶然というわけでは無いな。そこには神のご意志が介在している。要するにお前は神に選ばれたということだ」

「いつから瞬のウサキチの中にいたの?」

「あの事故の10秒前だ」

「でも……瞬はウサキチをとても大切にしていたし、名前もウサキチって……」

「そこは記憶操作をしている。冷静になって思い出してみろ。瞬が抱いていたウサギはもっと小さくはなかったか? 色は? 名前は?」

「えっと……ダメだわ……思い出せない……っう……」

 サリーが頭を抱えて蹲った。
 イースが慌てて駆け寄る。

「サリー! 大丈夫か? 無理するな」

 ロバートがサリーの体温や脈拍を確認する。

「ありがとう……ございます。大丈夫です」

 サリーが立ち上がろうとすると、すかさずイースが抱き上げた。
 今世18歳の乙女といえど、クラブホステスを張っていた記憶を持つサリーだ。
 お姫様抱っこなどで動揺などしない。
 サリーは大人しく抱かれたままソファーに落ち着いた。

「殿下、もう大丈夫ですので降ろしていただけますか?」

「嫌だ。心配だ。このままじっとしていろ」

 いろいろ無茶振りだとは思ったが、イースが真っ赤な顔をしてサリーを睨むので、黙って大人しく抱かれていることにした。

「続けてくれ」

 イースの言葉にウサキチが頷いた。

「イースの言うとおりだ。無理はするな。無理に思い出そうとすると脳神経が反応して激痛を呼ぶんだ。記憶操作とはそういうものだ」

 サリーが口を開いた。

「もしかして私が即死するってわかってたのね?」

 ウサキチが口ごもる。

「わかってはいなかったぞ? あの世界に投げ出された私の目の前に、すぐにでも昇天しそうなウサギのぬいぐるみがあったんだ。そして息子を守るために自らを犠牲にした君の魂に惹かれた。助けてやれないせめてもの償いに、君の意志を尊重して、息子を守る手助けをしたんだよ……わかってくれ、サリー」

「そう……でもあなたの助けが無かったら瞬も一緒に死んでたってことよね? だったら私はお礼を言わなくてはいけないわ。瞬を助けてくれてありがとうね、ウサキチ」

「ああ、瞬も一緒に連れてくるという選択肢もあったのだが、あの子はあの世界での役割を持っていたからな。安心しろ、サリー。瞬は立派な大人になって幸せを掴む運を持っているから」

 サリーはぽろぽろと涙を零しながら、何度も頷いた。
 イースが慌ててポケットからハンカチを出す。
 なぜかその隣でサム隊長が号泣していた。
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