消された過去と消えた宝石

志波 連

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51 豹変

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 横に座っている小夜子の変化に気づいた山中が声を出した。

「小夜子さん? どうしました?」

 小夜子は反応しない。
 不思議に思った信一郎が腰を浮かせた。
 それを手で制すサム。

「女王と話をしています。今は触らな方がいい」

 この地においては普通な事でも、日本で暮らす人間にとっては異常事態だ。 
 信一郎は躊躇なく手を伸ばした。

「うわっ!」

 何かに弾かれた様に手を引っ込めた信一郎が山中の顔を見た。

「どうしました?」

「叩かれました。なんと言うか竹刀で叩かれたような……」

 誰も声を発しない。
 三本目のビールを飲み干した山本は窓の外を見て鼻歌を歌っている。
 サムがだから言ったじゃないかという顔で信一郎を見た。

「信一郎さん、ここはインドネシアだ。我々の常識は通用しないこともあります」

 山中の声に頷いて、信一郎は異常なほど上機嫌な父親の横に戻った。
 それを確認した山中は、小夜子から少し距離をとるように体をずらしその様子を伺う。
 日本ではあまり見かけない大きな葉が生い茂っている。
 背の高い木々が道路に天然のパラソルを広げているような景色の中、小夜子は時々微笑みを浮かべながら、その美しい唇を小さく動かしていた。

「話しかけてはいけませんよ。今彼女はトランス状態です」

 ブディが山中に言った。

「トランス状態? どういうことです?」

 サムがブディに話し、ブディが山中に伝える。

「祖先の墓に参る時、一族の女たちはこのような状態になることがあります。それは必ず女王の直系に限られるのですが、もう一つ条件があります」

「条件?」

「ええ、女王の残したものを身につけていることです」

 山中はゆっくりと小夜子を見た。
 小夜子は首から下げているペンダントに触れ続けている。

「もし女王を騙すために偽物を本物だと偽ると、その罪はその命をもって償うのです」

 山中は目を見開いた。
 サムの言っている『女王の残したもの』とは斉藤家から盗まれた『女神の涙』のことだ。
 しかしあれは盗まれていて、小夜子の手元にはないはずだ。しかし目の前の小夜子はトランス状態に陥っている。
 ということは条件を満たしているということになるが……

「どういうことだ?」

 山中の問いかけに答えたのは山本医師だった。

「もともと盗まれてなんかなかったんだ。斉藤が俺を騙そうとしたのだろうが、俺の方が一枚上手ってことだよ。ははは! 山中、お前は本当に何も知らずについてきたのか?」

 山中が低い声で言った。

「私は小夜子さんに誘われて、さくらさんの墓参りに付き合っただけです。美奈は小夜子さんのお世話をするために来たんだ。先生こそ先ほどからおかしいことばかり言いますね」

「おかしい? ああ、何も知らないならおかしいと思っても仕方が無いな。まあ、その目でよく見ておけ。これから起こることをな!」

 それきり横を向いて目を瞑った山本を、信じられないものを見るように見ている信一郎。

「父さん? どうしたんだ……」

 山中と信一郎だけが忙しなく視線を動かしている。
 ブディが静かな声で言った。

「信一郎さんでしたよね? あなたはお父様の付添いで来られたのですか?」

「ええ、付き添いというか無理やりというか。なぜか今回だけは父が頑なに同行を求めてきたのです。何年も旅行らしいものもしていないし、そろそろ後継にも任せていかなくてはいけない頃だと思いまして、良い機会だと思って了承したのですが……」

 再び信一郎の目が父親の横顔をとらえた。

「どうしちまったんだ……父さん」

 その視線に気付いたのか、山本がゆっくりと目を開けた。

「50年だ。俺は50年も待ったんだ。やっと手に入るんだ! これで全部終わるんだぞ……やっとだ……やっと手に入る……」

 信一郎が啞然としながら聞く。

「何のことだ。いったい父さんは何をしようとしているんだ!」

 山本がニヤッと笑った。

「お前、東小路が金解禁で手に入れた金額を知っているか? 知っているわけ無いよな。とんでもない額だぞ。しかしその金は日本に持って帰ることができなかったんだ。日本は泥沼のような戦争に突き進んでいたからな。そこで東小路は考えたんだよ。まあ、実際に考えたのは斉藤の父親だけどな。あいつらは頭も良いし実行力もある。東小路なんていう公家崩れなんぞ掌の駒さ。斉藤は死んだ。この秘密を知っているのはもう俺だけだ。だからあの金は全部俺のものって事さ。ハハハ……ハハハハハハハッ!」

 誰も口をきかない。
 サムとブディは何事も無かったような顔で山本を見ていた。
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