全てを諦めた公爵令息の開き直り

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第1章

16話 先客

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それからの僕は、中々に快適な日々を過ごしていた。
カイトが必要以上にベタベタと寄って来なくなったからだ。
あの後一度、王太子と校内ですれ違ったが、前の様な冷ややかな視線を送られる事も無くなった。
それはそれで、ただの一生徒に戻ってしまったから。
何とも言えない気持ちも一瞬渦巻いたが。

(いやいや、平和が一番。)

引きずられそうになるシルヴィアの心に必死に蓋をする。

(君も、いい加減諦めてくれ。冷たくされるくらいなら、遠くからでも見ている方がマシだろう?)

そう、言い聞かせる様に。

昼食はまた一人で静かに済ませる。
お気に入りのあの場所は、誰にも渡したくなかったから、別の場所を探す必要があったが。

数日ウロウロしている内に、物品を保管している倉庫の裏もまずまずの場所だと気付いた。
今までは暑かったので、とてもそこで休もうとは思わなかったが。
秋が訪れ涼しくなってきた今時分には丁度いい。

僕はそこに腰を下ろすと、持参したパンと果物を齧ろうと、それを入れていた袋に手を突っ込みかけて、手を止めた。

「何だよ、俺の言う事が聞けないのか?お前。」

不意に背後から声が聞こえて来たからだ。

(……最悪。先客が居たのか。)

折角 、季節限定とはいえ良い場所を見つけたっていうのに。
見つけたのは僕だけでは無かった様だ。

僕はがっかりして場所を移そうと腰を上げるが、先客達の声が何だか剣呑な雰囲気なのに気付いた。

「そんな事はございません、殿下。」
「じゃあ、つべこべ言わず俺の言う通りにして来いよッ」

(……それにしても誰だ?随分荒々しいな。)

部下を諫めるにしても随分キツく感じる。

自分は元々目下の者にとやかく命じる事も少ないし(だって、引きこもりだし。)、シルヴィア時代も我儘はそれなりに言ったが、下の者に怒り散らす事って……あんまり記憶が無い。
幼い頃の駄々はまぁ……ノーカウントとして欲しいが。

あと思いつくのが王太子殿下。
彼は完璧なので、そもそも怒っている姿を見た試しがない。
……シルヴィアの断罪の時以外は。

だから、結構横暴に聞こえる遣り取りに、僕は驚いてしまった。

それに、今下手に動いても相手と鉢合わせてしまう可能性もある。
彼らの気配に充分注意を払いながら、どうやって上手く離れようか考えていると。
幸運な事に、片方が僕の居るのとは反対方向へ去って行った様で、足音が遠のいていった。

ホッと一息つくと、ふと気付いてしまった。

(さっき、責められていた方が”殿下”って言ってたよな。)

だが、王太子は、ユリウス殿下はあんな言い方はしない。
そもそも声が違ったから、彼ではない。
じゃあ、この学院で、他に殿下と言えば……。

エウリルスの第2王子は幼く御年12歳でいらっしゃるので、そもそもまだこの学院にはご入学されていない。
第1王女殿下はお体があまり丈夫な方ではなく、この学院には通わず、ずっと王宮内でお過ごしになられている。
なので、エウリルスの王族ではない筈だ。

だが、この学院には他にも王族が在籍している。
国外からの留学生だ。
その内の一人が、エウリルスの南に位置する友好国である、海上交易が盛んなアデリート王国。
そのアデリートの第5王子のロレンツォ殿下。
そして、もう一人が、我が国から東に位置する、現在やや情勢が不安定気味の小国フローレンシア王国。
そのフローレンシアの第2王子のカミル殿下。

だが、カミル殿下は元々気弱と言うか穏やかな方で、いつも母国のフローレンシアを心配して物憂げな様子だ。
あんな荒々しい声、聞いた事がないし、声の感じが違い過ぎる。

……だから。

(ロレンツォ殿下か……)

僕はそう結論付けた。

ロレンツォ殿下は、アデリート王国では第5王子と、王位継承権は他の兄君達よりはやや低い位置に居られるが、決して不可能な立ち位置ではない。
だが、それよりも第1王子、つまり、王太子と懇意にしており、彼の方の支持派閥に属している。
このエウリルスへの留学も、王太子が次代の王となった際に、引き続き我が国との友好関係を続けてゆける様、その橋渡しをする為の一環なのだ。

そんな血気盛んな殿下の怒りにでも触れてしまったのだろうか。
責められていた相手はその場から動いていない様だ。
気配がそこから動く様子がしない。

(……)

このまま気付かなかったフリをして無視しても良かったのだが。
全く身じろぎする気配も感じられないのが些か不可思議で。
僕は意を決して、恐る恐る倉庫の壁の角から覗いてみた。

すると、男性が……恐らく学生が、一人横たわっていた。

「だ、大丈夫ですか?!」

思わず声を掛けてしまい、しまったと思った時にはもう遅かったが。

横たわっていたその男性は、薄っすらと瞳を開いて僕の姿を見た後、フッとこと切れた様に瞳を閉じた。

「え、え?!ま、不味いぞ。こんなのって……」

暴力沙汰じゃないか……!
いくら王族だからって、部下にここまでやっていい筈がない。
普通に話している様に聞こえたのに。
僕が気付いた時には、もう既にボコボコにされた後だったのか。

(とにかく助けを呼ばないと…!)

焦った僕は取り敢えず先生……いや、怪我や傷を治すなら、カイトに救済してもらうのが一番だと判断し、急いで奴を探しに行った。

大体沢山の人だかりがあれば、その中心にアイツは居る。
その時ばかりは、僕は他人の注目なぞ気にもせず、カイトに助けを求めていた。
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