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第1章
30話 恍惚
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「ずっとその目で私を見ていたよね。知っているよ?」
「!」
「いつもその、物憂げな瞳で…何か言いたげな顔で。」
————気付かれてた。
…僕は知らなかった。
自分が、そんな表情をして見つめていたなんて。
恥ずかしい…!
カッと朱に染まる僕の顔を彼は当然見逃さない。
「そんな可愛い顔もするんだね。…でもね、どうしてもよく分からないんだ。どうして君があんな熱い視線を送ってくれていたのか。王宮の茶会に呼んでも、二人になれる機会を作ってみても、君はいつも私からすり抜けて行っただろう?…だから今度こそ」
その爽やかな空色が、妖しく誘って来る。
「……知りたいんだ、君の事。」
何だよ、それ。
————そんなに知りたきゃ、教えてやるよ。
僕は強張らせていた体の力をフッと抜く。
僕の背を押す様に、背中にへばりついていたカーテンがフワリと舞った。
そうして掴まれていた彼の手から逃れ、逆に近付く。
強引だった彼の手とは対照的に、僕は両手で優しく彼の頬に触れ、そっとその唇に…僕の唇を寄せた。
瞳を閉じても感じる、彼の息遣い。
恍惚とした心地がした。
ずっと待ち望んでいたモノをやっと手に入れられた様な。
この一瞬が永遠の様に尊い気がして。
…けれど。
いつまで経ってもやって来ない、その瞬間は。
触れた彼の滑らかな頬が、ほんのわずかにピクリと動いたのを感じて、僕は現実に引き戻された。
「っ…」
僕はそっとその目を開くと、すぐ目の前にその瞳があるのに。
それまで余裕たっぷりに見えたあの空色は、面白いくらいに揺らいでいた。
「あっ…」
彼にその気は無かったのか…。
頭から冷水を浴びせられた様に冷え切った己の体は、急に震えを感じて。
それを悟られたくなくて、彼をそっと解放した。
「フッ…やめておきますか?それが、良いと思います。貴方を大切に想うご婚約者を…悲しませる事になりますから。」
それが懸命なご判断ですよ。
そう、それでいい。
もう、貴方に青春の全てを捧げてきた者を蔑ろにしないで欲しい。
今回は、ちゃんと気付けたんですね。
……良かった。
僕はにっこりと微笑んだ。
彼の様に笑えてるかな?
鏡が無いから、分からない、けれど。
「殿下が意地悪なさったから、その意趣返しですよ。どうかご容赦くださいね。…殿下はそりゃあ、誰もが憧れる御方ですからね。思わず見惚れてしまっていたのでしょう…。大変失礼致しました。もうそんな事の無い様、気を付けますから。教えて頂きありがとうございました。……明日の卒業パーティー、オースティン侯爵令嬢をエスコートなさる姿、楽しみにしております。僕も将来の為に学ばせて頂きたいですから。…では、失礼致します。」
僕は早口で言い切ると、目を伏せて、逃げる様にその場を去った。
だから、知らなかった。
彼が、その白い肌を朱に染めて…揺らぐ瞳で茫然と立ち尽くしていたのを。
失った温もりは二度と戻らない事を。
手放してしまった想いは、取り返しがつかないのだと。
“知っていた”筈なのに。
「シリル……」
苦しげに。
惜しむその声は、フワリと舞う雪の様な埃と共に、ポトリと足下に落ちてしまった。
「!」
「いつもその、物憂げな瞳で…何か言いたげな顔で。」
————気付かれてた。
…僕は知らなかった。
自分が、そんな表情をして見つめていたなんて。
恥ずかしい…!
カッと朱に染まる僕の顔を彼は当然見逃さない。
「そんな可愛い顔もするんだね。…でもね、どうしてもよく分からないんだ。どうして君があんな熱い視線を送ってくれていたのか。王宮の茶会に呼んでも、二人になれる機会を作ってみても、君はいつも私からすり抜けて行っただろう?…だから今度こそ」
その爽やかな空色が、妖しく誘って来る。
「……知りたいんだ、君の事。」
何だよ、それ。
————そんなに知りたきゃ、教えてやるよ。
僕は強張らせていた体の力をフッと抜く。
僕の背を押す様に、背中にへばりついていたカーテンがフワリと舞った。
そうして掴まれていた彼の手から逃れ、逆に近付く。
強引だった彼の手とは対照的に、僕は両手で優しく彼の頬に触れ、そっとその唇に…僕の唇を寄せた。
瞳を閉じても感じる、彼の息遣い。
恍惚とした心地がした。
ずっと待ち望んでいたモノをやっと手に入れられた様な。
この一瞬が永遠の様に尊い気がして。
…けれど。
いつまで経ってもやって来ない、その瞬間は。
触れた彼の滑らかな頬が、ほんのわずかにピクリと動いたのを感じて、僕は現実に引き戻された。
「っ…」
僕はそっとその目を開くと、すぐ目の前にその瞳があるのに。
それまで余裕たっぷりに見えたあの空色は、面白いくらいに揺らいでいた。
「あっ…」
彼にその気は無かったのか…。
頭から冷水を浴びせられた様に冷え切った己の体は、急に震えを感じて。
それを悟られたくなくて、彼をそっと解放した。
「フッ…やめておきますか?それが、良いと思います。貴方を大切に想うご婚約者を…悲しませる事になりますから。」
それが懸命なご判断ですよ。
そう、それでいい。
もう、貴方に青春の全てを捧げてきた者を蔑ろにしないで欲しい。
今回は、ちゃんと気付けたんですね。
……良かった。
僕はにっこりと微笑んだ。
彼の様に笑えてるかな?
鏡が無いから、分からない、けれど。
「殿下が意地悪なさったから、その意趣返しですよ。どうかご容赦くださいね。…殿下はそりゃあ、誰もが憧れる御方ですからね。思わず見惚れてしまっていたのでしょう…。大変失礼致しました。もうそんな事の無い様、気を付けますから。教えて頂きありがとうございました。……明日の卒業パーティー、オースティン侯爵令嬢をエスコートなさる姿、楽しみにしております。僕も将来の為に学ばせて頂きたいですから。…では、失礼致します。」
僕は早口で言い切ると、目を伏せて、逃げる様にその場を去った。
だから、知らなかった。
彼が、その白い肌を朱に染めて…揺らぐ瞳で茫然と立ち尽くしていたのを。
失った温もりは二度と戻らない事を。
手放してしまった想いは、取り返しがつかないのだと。
“知っていた”筈なのに。
「シリル……」
苦しげに。
惜しむその声は、フワリと舞う雪の様な埃と共に、ポトリと足下に落ちてしまった。
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