全てを諦めた公爵令息の開き直り

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番外編その2 サフィル・アルベリーニの悔恨

7話

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それからはもう、坂道を転げ落ちる様な、暗澹たる日々だった。
殿下は、目に見えて精神を病んでいって。

ちょっとした事でイライラしたり、遠くを見て、ぼ~っとしたり。
何度か、直ぐに帰りたい……と呟いておられたが。
私が。

「殿下、それならもう……帰りますか?少なくとも、普通科は卒業出来たんですし。」

なんて、甘い言葉をかけようものなら。

「それだけじゃ足りねーよっ!専学科まで出ねーと、此処までやって来た意味が無い!!それに、最近じゃユリウスとも友好関係を築くどころか、警戒すらされてんだぞ!!大体、俺が帰った所で……こんなんじゃ全然力が足りねーんだよ!!」

そう叫んで、私を突き飛ばして。
でも、倒れて呻く私は、殿下に恨み言なんて言えなかった。

……殿下が、泣いておられたから。

今まで、たった一人の味方であった筈の母君であるベルティーナ様の元を離れて、ずっとこの異国の地で、泣き言も言わずに。
その負けん気の強さで此処まで来られて。
帰国すれば、鬱陶しがられる周囲の貴族共にも嫌味を言われても、更なる嫌味で応酬する豪胆さも見せていた、あの殿下が。

下の者の目も気にせず、声を上げて号泣されて。
ジーノはおろおろしながら、殿下の背を恐る恐るさすって、宥めていたが。
私は、それすらも出来なくて、自室に戻って声を殺して涙した。

………それからはもう、地獄の様な日々だった。
卒業論文はなんとか必死に完成させたが、卒業証書を貰えるかどうかも怪しいくらい、残念な出来で。
成績なんて、多少悪くてもいいから。
提出できればそれでもう、何でも良かった。

それどころじゃ、無かったから。

ソフィアやお付の者達から、ベルティーナ様の状態は都度途切れさせずに報告を受ける事が出来たが。
それがいつしか、自分には苦行になってしまっていって。
良くなる様子は依然無く、反応が危うい時もある様で。
いつどうなってもおかしくない、最悪の事態を覚悟しておいた方がいい。とも記されていた時には。

「何でこうなるんだよっ!!」

と、叫んでは。
隣に居た私と目が合うと、殿下は。

「がは……っ!!」

急に火が付いた様に、その紅い眼が、暗く光って。
私の腹を蹴り飛ばしたのだ。

「サフィル様っ大丈夫ですか?!」

執事のコルネリオが、直ぐに私の元に駆け寄り、心配してくれたが。

「だ、大丈夫……。」

口ではそう言ったけれど、本当は。
全然、大丈夫なんかじゃない。

でも、誰も殿下の激情を収める事なんて出来ない。
ぶつける事の出来ない、激しい怒りと悔しさは。
最も向かいやすい所へ向けて、発散させるしかない。

それを、他の家臣達へ向けさせる訳にはいかないから。
これがきっと、自分の役目なんだろう。

私は、軽く治療を受けた後、しばらく自室に籠り、ただ茫然としていた。

この仕打ちは多分、これから更に苛烈になるんだろうな。
と、最悪の未来しか、想像出来なくて。

日に日に殿下からの当たりは強くなっていって。
けれど、自分を殴って蹴る事で、少しでも気が晴れるなら。
なんて、いっそ開き直れたら良かったのだろうけれど。

(痛っ……何の為に居るんだろう?私。)

ただ、殿下の怒りを発散する為の道具?
道具なら、黙って殴られてろって言うのか?
そんなの……惨め過ぎる。
私は期待されていない4男坊でしかなかったけれど。
それでも、子爵家の子息として大事にしてもらって来たし、家族の愛情は感じていた。

殿下だって……。
悪態をつきながらでも、ずっと私を助けて下さった。

『絶対一緒に卒業するんだからな!留年なんて許さねーからっ』

なんて、私に釘を刺しながら、意地悪そうな笑みを浮かべておられたあの頃が、もう、懐かしくすら感じられて。
あの頃の様には、戻れないのかな。
そう思うと、やるせなかった。
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