逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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邂逅

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 ぽかぽかとした温かな日差しが降り注ぐ、人が行き交う往来で。
 「奴」は、顎がはずれるのではないかと思うほどあんぐりと口を開けた後に、絞り出すようにして叫んだ。
 
「お……前っ……!」

 その声を聞いて、久しぶりすぎる再会の驚きに唖然としていた私も意識を取り戻す。
 
「げっ……!!」
 
「ここで会ったが百年目!」
「さよならあ!!」
「逃がすかあ!!」

 脊髄反射で反転して駆けだした私を、あろうことかその男は追いかけてきた。
 ちょっと!
 そんな綺麗な格好をして、全力ダッシュするんじゃないわよ!

 このままではまずい。健康な若い男性の全力ダッシュから逃れられる普通女子なんていない。
 このままでは追いつかれる。
 まずい。困る。

 絶対、嫌!
 
 そういうときは……。

 困ったときの助っ人召喚!
 私は必死で逃げながらも、お腹から声を出して叫んだ。

「助けてえぇーー! つかまるううーー! いやーーー!! たすけてえぇえーーー!」

 すると私の前方からは、派手な土煙とともにこちらにダッシュしてくる人影が。
  
「どうした春麗! なにがあったっ!!」

「助けて父さま!! 知らない人が追いかけてくるの!」

 多少嘘が混じっているのは、この際勢いということで許してもらおう。
 だって、本当に知らないんだもの。知らないはずなんだもの!

「なんだって! うちの春麗を追いかけ回す不届き者は一体どいつだっ!」

 ドーンとぶつかるように私を抱きとめた父さまは、私が走ってきた方向を睨みながら叫んだ。
 がっしりとした筋肉隆々の体格で、その動作にも隙の無い父さまは見た目通りにとても強い。それはそれは頼りになる父さまなのだ。
 齢四十、まだまだ健康な上に伊達に体を鍛えることを日課としているだけあって、世界で一番頼もしい私の味方だ。

 しかし。
 父さまの一喝に答える声はなかった。
 私が恐る恐る父さまの腕の中から今来た方向を見ると。

 もうその時には、私を鬼の形相で追い掛けてきたあの男は消えていたのだった――


「春麗~! 怖かっただろう? だからあれほど父さまから離れてはいけないと言ったじゃないか……」

 そう言ってぎゅうぎゅうに抱きしめつつ私に頬ずりするこの義父が、今ではこの国で一二を争うほどの豪商だというのが信じられないが。
 しかし私はこの私を溺愛してくれる裕福な義父の庇護下で、今世はぬくぬくと暮らすと決めていた。

 結婚できない?
 ならば、一人で楽しく気ままに生きればいいではないか。

 それが、今世が二度目の私の目標なのだから。



「それで春麗、本当にその男に心当たりはないんだね?」

 さてその夜。
 さすが高級宿である。
 こんな地方の一都市でも、旅する金持ちや高官が存在する限り、そのような客層を狙った宿はあるものだ。
 そしてそういう宿の防音はしっかりしているのだ。

 そう、問い詰められるにはうってつけの場所ということである……。

「えっと……どこの誰かはさっぱり……」

 嘘は言っていない、決して。

「でも知っていることもあるんだね?」
「あー、多分、皇族……の、一人……」

 私は正直に吐いた。
 なにしろ人の嘘を見破るのが得意な父さま相手に、誤魔化すことなんてできないのだから。
 優秀な商人、手強いです。ある程度の情報は渡さなければ、きっと私は永遠に解放されないだろう。
 そして私が奴について知っている情報なんて、他には何にもないのだ。

「皇族? お前の知り合いに皇族がいるとは知らなかったぞ」

「知り合いじゃない。初めて会った」

 しかしそこのところははっきりしておこうか。
 そう、「今は」知り合いじゃあない。全くもって。

「知り合いじゃないのに知っているのか」
「あー……むかーーしに見かけたのよ。皇族が集まっている中にいたのを」
「でも向こうはお前のことを知っているから追い掛けてきたんだろう?」
「あー……なぜかなー? 人違いじゃないかな……?」

 私は乾いた笑いで顔が引きつっていた。
 しかし全部説明できる自信もないのだった。

 なにしろ奴と知り合いだったのは、前世のことだから。
 
 そうだよ。前世。あれは前世。
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