逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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腐れ縁の男

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 ずっとずっと腐れ縁で、何年か離れることはあっても必ずその後また再会する、そんな不思議な奴だった。
 あんまり繰り返し再会するものだから、二人で今度はいつ人生が重なるんだろうねとしょっちゅう笑い合っていたくらいだ。
 進学で離れても、引っ越しがあっても、何があっても次のステージでまたばったり再会する、そんな私と奴の腐れ縁。

 あるとき、また二人で笑い合った後、じゃあこのままもし三十までお互いに独身だったら結婚しようぜ、奴はそうぽつりと言った。
 だからあの時密かに私は、三十までは独身でいようと決めたのだ。
 
 もちろんそれはちゃんとした約束ではなかったけれど、でもその後いつしか私たちは、お互い独り身同士のまま、いつも一緒にいるようになっていった。あんまり一緒にいるものだから、他に恋人なんて出来る余地もないくらいで、だから私たちはお互いにお前のせいで独り身だと嘆きあっていた。
 
 どうする、このままだったら本当に俺たち結婚することになるぞ。いいのか?
 奴はそう言ってよく私をからかって笑ったものだ。
 だから私もなんだかんだ照れ隠しに憎まれ口をたたきつつも、いいんじゃないの? 他にいないし。とやっぱり笑って返していた。
 
 冗談には冗談で、皮肉には皮肉で返して。
 そんなじゃれ合うような日々がもしかしたらこのままずうっと一生続くかもしれない、そんな風に私はぼんやりと思って、いや願っていたのだ。
 
 でも。
 
 なんと私たちはその約束の三十まであと二年というところで、二人仲良くトラックに轢かれてしまった。

 最後の記憶は、暴走するトラックを見てとっさに私を庇うように抱きしめてくれた、その力強い奴の腕の感触と匂い。あとは、
 
「ちっ、あと二年だったのに……」
 
 そんなつぶやきを聞いたような聞かなかったような。


 だからこの見知らぬ世界に転生したとわかったとき、まさか人生の引き際まで一緒だったとは、ほんととんだ腐れ縁だな、そう思ったのが一番最初だった。

 だけれど次の瞬間には、そんな記憶なんてなくてもよかったのに、と思ったのも覚えている。
 どうせ生まれ変わるなら、気持ちも記憶も新たに一新して人生が始まればよかったのに。
 
 私は始まったばかりのこれからの一生を、今はもういない奴の記憶を抱えながら生きていくことになるのかと、ひたすら悲しくてただただ泣いた。

 それでもせっかく生まれ変わったのだからと、私は新たな人生を頑張って生きようとはしたのだ。
 でももうどこにもいない奴のことがどうしても忘れられなくて、その記憶を振り払うように仕事に没頭して、気がついたら恋愛には疎いまま大人になってしまった、そんなある日。
 なんと私は見つけてしまった。

 奴を。

 偶然、たまたま、奇跡的に見つけたあいつは、ちゃっかり裕福な皇族に転生していた上に、幸せそうに暮らしていた。
 綺麗な奥さんと一緒に。

 ……どういうこと?
 
 いや生まれ変わったせいで記憶が無いなら普通かもしれないけれどさ。
 皇族だったらお嫁さんだって来るだろうさ。

 でも私が奴を忘れられずに、うっかり人生を半分棒に振っているうちに、なに?
 あいつは一人で幸せになってました?
 私をきれいさっぱり忘れて?
 それはなんだか、

 …………許せん!!!

 別に前世の約束をどうこう言うつもりはないけれど。
 でも、その時はなんだか割り切れない怒りが湧いたのだ。
 
 うっかり前世の記憶に捕らわれて、奴を恋しいと思う気持ちを引きずっていたのが自分だけだと知ったときのショックと悲しさと、そして少々の恥ずかしさ。

 だから、もちろん私は即座に切り替えたとも。
 じゃあ、私も素敵な相手と恋愛して結婚して、別の男と幸せになってやる!

 しかし悲しいかな、決意したまではよかったものの、なんだかんだとなぜか結婚出来ずに時だけが過ぎ、結局私は独身で仕事人間のまま、なんと前世で死んだのと全く同じ年でまたぽっくり逝ってしまったのだった。

 どうしてそんなに毎回早逝するのか私。
 しかもどちらも交通事故ときたもんだ。相手がトラックだろうが馬車だろうが轢かれて終わり。
 毎回死因が同じとか、全然笑えない。

 でも今度こそ前世の記憶はきれいさっぱり消えて、奴のことも忘れられるに違いない、最期はそんなことを思って逝ったはずなのに。

 いつ終わるんだ、この記憶。まさか今度は人生ループ。もういいかげんにして欲しい。 

 しみじみとそう思ったのは、この世界での人生が巻き戻ったことを知った時だった。
 その時私はゆりかごの中で、そこは見覚えのあるゆりかごで、そして私をあやす懐かしい母の声。
 
 つまりは今度も前世の記憶があるばかりか、なんと最後の人生をはじめからやり直しとなったのだった。

 ということはこの世界で、また奴は裕福な皇族として綺麗なお嫁さんをもらい、そして私は貧乏暇なしの独身のまま、またぽっくり馬車に轢かれて死ぬのだろうか。
 二度あることは三度ある。

 いや待って?
 それはなんて悲しい人生なの。

 そんな人生はもう嫌だ。絶対嫌だ。
 私は心からそう思った。
 
 ならば前世の知識を最大に生かして、今度こそ幸せな人生を送ってやる。
 私はゆりかごの中で、そう固く決意したのだった。
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