逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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詰問

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 にっこり。
 ああ、李夏さまの天女の微笑みが、これほど危険に感じたことは今までありませんでしたとも。

「えーと……なんのことでしょう……?」

 他の人には見えていないと思っていたから、全く油断していた。きっと私だけが見えているのだろうと過信していた。いや単に私の頭がおかしいのだろうと思っていたのだ。

 でももしかしたら、これはなにか不味い事態なのかもしれない。
 だってこのバクちゃん、絶対に猫や犬みたいな普通の可愛らしい動物と同じとは言えない存在なのだけはわかるから。
 この若干透けてる獏が、何か問題だったらどうしよう……。
 
 クビかな?
 
 うーんそれは嫌だなー……。
 今後宮の外になんて出たら、あっという間に奴と遭遇する気しかしない。
 なにしろ前回の人生で私が奴の幸せな生活を垣間見たのは、もうすぐの時期だったのだ。

「春麗、父上へのお手紙は後でいいので、少し私に付き合いませんか」

 そう言ってとっとと歩き出した李夏さま。言っていることは提案だけれど、これはれっきとした命令である。
 つまりはもちろん、ただの一女官である私に逆らう権利なんて微塵もないのだ。

 でも……あああああ、行きたくない……。



 李夏さまの後をうなだれつつついて歩く道すがら、バクちゃんがこの空気を読んでどこかに行ってくれないかと必死に願ったけれど、もちろん神なんていなかった。
 別に足下なんて見なくても、気配でバクちゃんがついてきているのがわかる。

 いつものごとく、ご機嫌でちょこちょこついてきている。一体なにが気に入って私に付き纏っているのかは未だにわからないのだけれど、明らかに気に入られていた。
 一応は後ろ手でしっしっとどこかに行けと必死に手を振ってみたけれど、全く意に介する様子はなかった。

 この半透明の獏をつれていたせいで、どうなるのかという今後の展開がまったく見えない。

 着いた先は、どうやら李夏さまの執務室のようだった。
 ぴしゃりとドアが閉められて、広い執務室に二人きりだ。

「きゅっ?」

 ……二人と一匹だ。

 初めて入った李夏さまの執務室は、広いのに様々な書類が積まれ、壁面は全て書庫という所だった。
 さすが後宮で一番の宦官さま。たいへんに立派な執務室です。

 そして目の前にはゆったりとした態度かつ天女の微笑みを浮かべた李夏さまが。

 ほんとこの偉そうな部屋にとてもよくお似合いで……と思わず人ごとのようにうっとりと眺めたいところだけれど、状況的にそれはそのまま私の窮地を表しているとしか思えず。

「あの……」

「さて春麗。先ほどの質問には、ここでなら答えられますか?」

 単刀直入である。本物の天女様ならそんな無慈悲なことはしないだろうに。

「はて……先ほどからなんのことだかさっぱり」

 私は作り笑顔であくまでしらを切った。
 なにしろ私は穏便にこの後宮にいたいのである。少なくともあと数年は。いやせめてあと一年は。
 うっかり変な目立ち方なんてしたくはなく、ひたすら地味に地味に潜伏していたいのである。
 単なる下っ端の一女官として。

 だからもしたとえ何か変なモノに憑かれていても、本人は何も知らない、そういうことにしたいのだ。
 
 私は無罪! 何の他意もない無邪気な女官です!
 ちょっと徳妃さまにはイケナイ御本を融通してはいるけれど。いや他にも少々……でもそれは李夏さまの許可を得ているから問題無いはず……!

「しらをきってもダメですよ。安心しなさい、別にあなたを責めようというわけではありません。ただ少々事情を聞きたいだけです」

「あ、そうですか? クビではない?」

 あっさり防御を解いた私だった。

 まあ事情を話すだけなら……話して困っていると訴えれば、お咎めなしで職場に戻れるというのなら、さっさと終わらせればいいか。
 そう切り替えた私だった。

 嫌ですよ、みんなの憧れ李夏さまの私室で二人きりになったなんて、そんなことが知れたらまたお局様たちにチクチク言われてしまう。
 さっさと終わらせて忘れよう。

「クビにはしませんよ。ですから私の質問に答えてください。その神獣は、いつからあなたと一緒にいるのですか?」

「神、獣……?」

 私が眉間にしわを寄せて、はて、とバクちゃんの方をちらりと見ると、バクちゃんは私を見上げてまた、

「きゅっ?」

 と鳴いた。
 かわいい。安定のかわいさである。
 しかし、「神獣」とは?
 それは、なに?

「神獣を本当に知らないのですか? なのに随分と懐いているように見えます。それは、いつからなのですか?」

 李夏さまは、物覚えの悪い子に言い聞かすように質問を繰り返した。

「えーと……一ヶ月くらい前からでしょうか……」

「それまでは見かけませんでしたか?」
「はい」
「初めて遭遇したのは何処ですか?」
「初めては……私が夜寝ていて、ふと起きたら目の前にいましたので、寝所でしょうか」
「……よほど美味しい夢を見ていたのでしょうね」

 その言葉に、私はえへへと苦笑いで返したのだった。
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