逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

文字の大きさ
18 / 73

春麗、出世する

しおりを挟む

 そうだね、奴の夢だから、よほど美味しい悪夢だっただろう。
 そうしてその夢を頻繁に見るからバクちゃんが私のことを気に入っているのかもしれないな、と思ったのだった。
 
 そういえば最近全くあの夢を見ていない。
 なんて素晴らしい。もうできれば一生私のそばであいつの夢を食べていてほしいものだ。
 ついでに奴との思い出も食べてくれていいんだけれど。思い出は食べてくれないのかな。

「では私はこれで……?」

 私はそわそわと、もう帰りたいという空気を出しながらドアを見た。
 帰っていい? 答えたよ?

 しかし。

「いいえ、話は最後まで聞きなさい。だいたいあなたはもともと良いお家のお嬢さんなんですから本来はもっと上級の仕事をしていてもおかしくはないのに、なぜか最下層の仕事ばかりしているのは知っていました。しかもあなたもそれほど不満には思っていない様子」

「まあ、私は仕事なら何でもいいので……」

 むしろその「上級」のお仕事場は、もっと家柄の高級な方々が庶民を虐める場になっているので遠慮します。

「しかし神獣付きの人間をそんな場所に放っておくわけにはいかないのですよ。それに妃嬪にこき使わせるわけにもいかない。ですから私が直々に、丁重にこき使ってあげます」

「丁重とは」

 思わず口に出てしまった。

「あなたは今この時から、私の部屋付きとなります。しばらくの間は私の仕事の手伝いをお願いします」

 にっこり。
 
 私はといえば、驚きすぎて、ぽかんと口をあけてただ李夏さまを見つめ返していた。
 なんだか知らないけれど、どうやら私はこの後宮で大出世をしてしまったらしい。

 ところで「神獣」って、なに?
 大出世に気を取られてそれを聞くのを忘れてしまったことに、あとから気がついた私だった。



 しかしその後はそんな事を聞く暇もないくらいに忙しく、新しい仕事を覚えるのに必死だったので、なんだかんだとそのことはうやむやになり。

 気がついたら私は李夏さまに連れ回され、お使いに出され、書類まで任されて、なんだか今までの肉体労働全振りから突然頭脳労働が入ってきたことにあたふたしていた。

 良かったことは、一部のお局様や高貴な同僚からの意地悪が無くなったこと。
 さすがに李夏さまの秘書のような立場の人間を虐めたら、自分の首の方が飛ぶことをみなさんご存じなのだ。
 
 後宮一番の権力者のお気に入り(に見える人間)はただ遠巻きにするだけ。裏では散々言われているかもしれないが、まあ聞こえなければないも同然。
 きっとあの人とかあの人あたりはあることないこと言っていそうだな、とたまに今までの仕打ちを思い出すだけだ。

 あともう一つ良かったことといえば、食事が良くなったこと。
 
 後宮の使用人でも上の方はこんなに良いモノを食べているのね、と初めて知った私だった。
 まあそりゃあ、下働きとは違うか。そうですね。
 
 管理側の女官や宦官ならば、元々貴族のお家の出という人も多いのだろうし、たたき上げだとしても優秀な人には違いないのだから、替えがきかないのだ。良いものを食べて元気に働けなければね。

 良くなかったことは、なんといってももうあの洗濯場でのだらだらとした無駄話が出来ないこと。
 噂話や人の恋バナなんかを聞くのは楽しかったのに。
 
 なにしろ今では李夏さまとほぼ一対一となり、気軽に軽口がたたけるような同僚もいない。
 寝ても覚めても天女と一緒とは……。

 しかし李夏さまは、上司としてはひどい理不尽もなく、いつも忙しそうにきびきび働いているので部下としてはそれほど不満はない。

「しばらく見てきましたが仕事もちゃんとしてますね。数字も正確だし、字も綺麗な上に書類もミスがほとんどありません。なかなか優秀です。そんなあなたを洗濯場に追いやった無能は一体誰ですか」

 そして部下のこともよく見てくれていた。
 なのでそう上司に問われたら、部下としては正直に答えるべきと思ったので答えておいた。
 
 まあ私は昔から父さまの手伝いをしていたし、自分でも商売をしていたので、そういう仕事には多少慣れているのだ。
 そしてそういうところが、同時に貴族のお嬢様たちには下賤と言われたゆえんでもあるのだけれど。

「きゅっ?」

 そして今日も、バクちゃんは可愛いのだった。

 しかしこのバクちゃんのおかげで出世してしまったということは、このバクちゃんが消えてしまったら、私はまた洗濯場に戻るのだろうか?
 そう思ってあるとき李夏さまに聞いてみたら、

「おそらくこの神獣があなたから離れることはもうないでしょう。過去を見てもあまり前例がありません。それに一度神獣に認められた人間をおろそかにすることは皇帝陛下が許しませんよ」

 と涼しい顔で答えられたのだった。

「神獣がつくというのは、それほど珍しいことなのですか?」
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...