逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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はあぁ!?

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「なんで!? なんで解放してくれないの!?」

 何言ってんの、嫁!?
 何人目のだよ! 絶対に嫌だ。
 が。

「お前! 俺が何年お前を探したと思ってんだ! 何年じゃねえ、何十年だ! そしてやっと……やっと! 会えたのに、ちょっと話してじゃあさよなら? そんなの許せるはずないだろうが! 俺はお前と一緒になるために皇帝にまでなったんだぞ!」

「私はそんなの頼んでないんだってば! だいたい今夜だってたまたま私だったからこんな話になったけど、違うただの女官だったらほいほい美味しくいただいてたんじゃないの? 否定出来る? 皇帝さま!?」

 私は叫んだ。
 だって私は完璧だった。絶対に顔を見られてはいない自信がある。だから私はここに来るまでは、ちょっと獏がまとわりついていた以外は全く普通の女官だったのだ。が。

「はあ? お前だって確信したから呼んだんだろうが。俺が他の女を呼ぶわけがないだろう!」

 心底はあ? という顔をした奴の顔を見て、私もそれに負けないくらいに「はあ?」という顔になったのだった。
 二人で間抜けな顔でしばし沈黙がおりる。

「……いや、そんな確信出来るような場面あった……? 私、あなたにはつむじしか見せていなかったと思うんだけど」

 ずっと礼をして俯いたまま顔は上げなかったはず。
 奴だと悟ってからは特に、絶対に顔を見せないように細心の注意を払った。
 ぬかりはない。

「……声」

「は?」

「声でわかった。お前、返事しただろう」

 ――春麗、一緒にいらっしゃい。
 ――………………はい。

 え……あれ?

 あの「はい」の一言で!?

「まさかあの一言で、今夜のこの騒ぎを起こしたの?」

 私が唖然と問い返すと、奴は何を当然という顔をして言った。

「まず間違いないと思ったからな。ということは、あの時きっとお前も声で俺だとわかっただろう。そうしたら前に偶然会ったときみたいに即刻逃げ出すかもしれないからな、急いだ」

「いやいやいや、だからって夜呼ばなくていいでしょう? 昼間にこっそり呼んでくれれば事実確認くらい出来るでしょうが! なんで! 夜呼ぶの!」

「もちろんお前を娶るつもりだったからだ! だったらちゃんと手順を踏んだ方がいいだろうが。約束しただろう、結婚するって」

「でも私は山ほどいる奥さんの一人なんて嫌なのよ! 不倫反対。ダメ絶対。もう奥さんのいる人のところに嫁に行く気はありません!」

「それはしょうがないだろう。さすがに誰も後宮にいないと周りがもう煩くてしょうがなかったんだよ。でも安心しろ、形だけだ。手は出していない。誰ともそういう関係はないから」

「詭弁! それは詭弁! すでに綺麗なお妃を山ほど並べてどの口が!」

「だが結局俺が皇帝にならなければお前を見つけられなかっただろうが。そしてまた前回の人生のように他の女と結婚させられて終わるじゃねーかよ! お前が! さっさと現れないから! 一体どこにいたんだお前!」

「は? どこって、前の人生は貧しい母子家庭で育って、そのまま仕事ばかりの人生でしたー。皇族とお知り合いになんてあり得ない境遇だったのよ。今世は王嵐黎の娘になったから裕福だけれど、今度はずっと商人として全国を転々とする人生よ」

「それはおかしいだろう。普通は転生っていったら身分のある人間に変わらないか? それにお前、神獣が憑いているじゃないか。なら皇族だろう」

「なんの普通よそれ。それに皇族とか初耳だから。バクちゃんがどうして私に懐いているのかは知らないけど、とにかく私は正真正銘生まれも育ちも庶民ですよ」

「いやでもお前と再会するために転生したのに、そんな遠くにとかおかしいだろうが」

「だから知らないって。気がついたら庶民で母子家庭で、そして貧乏だったよ。二回とも」

 そして私たちは頭の上に山ほどはてなマークを浮かべながら見つめ合ったのだった。
 そしてそれにも飽きたころ。

「……まあ、それでもこうして再会できたことだし。疑問はおいおい解消するとして、じゃあそろそろちゃんと夫婦になるか」

 よっこらしょ、そんな感じで布団をめくらないで欲しい。

「何言ってるの。だから嫌だってさっきから言ってるじゃない。私は不倫はしない主義なのよ」

「……半世紀」
「ん?」

「あと二年の我慢だと思っていたら半世紀近くも待たされて、俺はもう待ちくたびれて堪忍袋の緒がとっくに切れてんだよ。あと二年したら結婚するって約束だっただろうが。とっくに過ぎてる。もちろんあの約束守るよな?」

「はあ? でもあの時とは状況がぜんっぜん違うでしょうが。いきなりそんな昔のことを持ち出せる状況? 布団めくって手招きして言う台詞!?」

「だが俺はもう待つ気はない。来い」

「行かないから! 聞いてる? 私の言葉!」

 じりじりと後ずさる私。じっとりと布団からこちらを睨む男。

「お前――」

 そう奴が口を開いたときだった。
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