27 / 73
はあ?
しおりを挟むしかしこいつは困った顔をして言うのだ。
「だってしょうがないだろう。周りが増やせってとにかく煩かったんだよ。でも今までは必要ないって断ってたんだ。だがこの前見たお前がやたら綺麗だったから、もしかしてじじいたちが言うように何百人も集めたら、さすがにその中にはお前も入ってくるかなとつい――」
「そんな理由で百人もの女の人生を変えるんじゃないー!!」
ぜえはあぜえはあ。
こいつ……!
「一応それでも百人まで減らすようには言ったんだぞ。だがお前がそう言うなら、なんとかじじいたちを説得して下級妃は解放するか? 俺としてはお前を見つけられれば良かったわけだし」
「だからなに勝手なことを言ってんの。そんなこと言って、いまさら家になんて帰れない貧しいお家出身の妃嬪だっているのに」
しかし皇帝になると、そんなにお妃作らないといけないものなの?
そういや前の皇帝も、たしか何百人も後宮に美女を囲っていたんだっけ?
「詳しいな、お前」
「女官やってれば多少の噂は入ってくるのよ。生活が保障されたって喜んでいる人もいれば本気であなたの子を産んでのし上がろうと頑張っている人もいるんだよ。なのにそっちの都合で集めたあげく、やっぱりいいやもうクビね、なんて無責任にも程がある」
私がそう言うと、目の前の男は何やら考え込んでしまったが。
まあ無責任な人ではないから、なんやかやと結局面倒は見るのだろう。皇帝として。
しかしこの人、なんでこんなに出世してしまったんだか。
彼が私のことを探していたという話は嬉しかった。
彼も私を忘れてはいなかったのだと、私に会いたいと思ってくれていたということがとても嬉しかったのだ。
だけど。
皇帝なら当たり前なのかもしれないけれど、それでもこの状況には複雑な気分になってしまう。
こいつはまた、妻帯者だった。
一夫一婦制の世界で育った私は、いや、この国だって皇帝以外は一夫一婦制なのだから、とにかく後宮のその他大勢のお妃にはなりたくはなかった。
普通に相思相愛の、一対一の関係がいい。
そう、今の人生の父さまと母さまのような。
なのに百三番目?
一生百三番目として、下手するとそれ以下として、後宮で暮らす?
あいつは今夜は誰と一緒にいるんだろうと思いながら暮らすのか?
今度はいつ私のところに来てくれるのだろうとか思いながら生きるのか?
そんなのどうしても受け入れられない。
でもだからって権力争いもしたくない。
私は自分で稼いだそのお金で、自由に好きなところで好きなことをして、欲を言えば好きな人と一対一の愛があふれる人生が送りたい。
なんで一人の男を巡って百人以上の人たちと争わないといけないんだ。
たとえ景品がこいつだとしても、そんな争いに参加したいとは私は思えなかった。
それにもしたとえその争いに勝利したとしても、私とは違ってこの景品は常に他にも行き先があるのだ。
ちょっと魔が差したとか、ちょっと喧嘩したとか飽きたとか、そんな理由で即座に他の女性のところに堂々と行けてしまう。
こいつの後ろには、すでに百人以上のいつでも喜んで迎え入れてくれる美女がいるという事実。
それでも私は一生こいつの唯一の女になれる?
前世からの腐れ縁というこの因縁だけで?
……無理だろ。
だけれど私みたいな庶民の生まれでは、どんなに頑張ってもそこそこの地位の妃嬪が精一杯。やっと掴んだその地位だって、皇帝の寵愛が薄れれば降格もあり得る不安定なもの。
唯一降格がほぼないであろう地位は皇后だが、それは誰もが黙るような高い身分と皇宮にいる山ほどの高官たちの後押しがないと候補にもなれない最高位。絶対無理。
けれどもいつか必ずその皇后位には、私ではない誰かが座る。つまりこいつの隣には、いつか必ず別の女が立つようになるのだ。
その光景を一生眺めながらこいつを待ち続ける人生なんて、くそくらえ。
私は彼が、私を探してくれていたという事実にだけ満足して、もう新たな人生を送るべきだ。
きっと前世のときから、私とこいつは最後まで良い友人としてつきあい続ける運命だったのだろう。
ふふ……結局この関係は変わらないんだね、私たち。
私たちは「良い友人」。昔も今も、前世も今世も。泣きそう。
でも、仕方ない。私は既婚者には用はない。
ということで。
「じゃあ、百二人のお相手頑張って。モテモテ人生満喫してね。私は実家に帰るわ。もともと後宮にもそんなに長くいる予定ではなかったし、目的もなくなっちゃったしね。ちゃんと李夏さま、あ、李夏南さまには辞表を出したから、これであなたが口添えしてくれたら大丈夫でしょ」
そうしてまた商売をしながら全国を回り、なんなら外国とも行き来して、素敵なものと愛する家族に囲まれて楽しく自由に生きていけばいい。そして新しい恋を見つけるのだ。
なんだか前回の人生からずっと付き纏ってきていた悪夢が、綺麗に晴れた気分だった。
というのに。
「は?」
なぜかこいつは、心底びっくりしたような顔をしやがった。
「は? って、いや、何驚いてるの。もちろん口添えしてくれるでしょ? 私はあなたの百三番目の奥さんになるつもりはない。私には帰れる家がある。だから帰る。おーけー?」
「いやそっちこそ何言ってんだ。お前が望もうが望まなかろうが、今夜からお前は妃嬪の仲間入りだ。だからもう俺から逃げられると思うなよ?」
「いや、何言ってんのはこっちの台詞でしょ。やだって言ってんのよ。もちろん昔のよしみで解放してくれるでしょ? 私たち友達じゃない」
それは、私が彼に何かお願いするときの常套句だった。
私たち友達じゃない。
そう言うと、いつも「しょうがねえなあ」、そう言ってお願いを聞いてくれた魔法の言葉。
昔と同じ苦笑いをして、口をゆがめながら言ってくれるでしょ?
そして「これは貸しだからな」って、そう言って――
「もう友達じゃねえぞ。お前はもう俺の嫁になったからな。お前がどう思おうと周りはそう認識している。それにやっとお前を見つけたのに、俺がお前を離すわけないだろう!」
5
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる