逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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後日談

その3

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 この国の現皇帝が、現皇后以外には即位以来全く手をつけなかったのはすでに有名な話となっている。
 だからきっと、妃嬪たちの純潔は疑われないはずだ。

 郷里に帰っても嫁の行き先はあるだろう。
 この後宮にいるうちに、周りにいる上流出身の妃嬪に感化された田舎の少々無教養だったらしい一部の妃嬪たちも、今では一通り優雅な所作が身につき、着るものや食べるものもある程度質の良いものに馴染んで、そこそこの上流の女性のようになった人が多い。

 その教育役の中心となったのは、先の春のご挨拶の時に妃嬪代表で挨拶を奏上した楊才人だという。
 彼女は、楊太師の遠縁の娘だった。
 周皇太后と周貴妃の後ろ盾となっていた楊太師なのに、さらに他の縁者も後宮に入れるあたりはさすが政治家である。

 そんな楊才人を中心とした上流出身の妃嬪たちが、「後宮の妃嬪は上品で教養高くなければなりません」と言って下級妃の中で文字を教えたり詩歌を紹介したり、歴史を語ったりしていたそうだ。

 素晴らしい献身。たとえそれが将来の自分の派閥を作るためだったとしても。

 しかしその結果、うちの妃嬪たちは、特に田舎から来た文字も読めなかったような人も、勉強し洗練された女性として生まれ変わった。もうどこに出しても恥ずかしくない美人揃いになったのだ。

 ということで。

「バクちゃん、妃嬪たちの夢を解放して?」

 私は皇后宮の奥の私室に一人閉じこもると、筆と紙を片手にそうバクちゃんにお願いしたのだった。

 するとバクちゃんは私の顔をきゅるんと見上げてから、その小さな口から煙を吐く。

 もくもくと上がり人の形を作っていく煙。

 私は学んだ。この獏の力を。
 この獏は、人の記憶や夢や希望を記録する。そしてそれを口から吐く煙で再現することができるのだと。

 バクちゃんから吐き出された煙は今、下級妃の一人の姿をとった。
 私はその下級妃の名前を紙に記す。

 そして煙は語り出した。

 ――ああ、いつまで私はここに捕らわれているの……鵠辰と離れてどうして私は……鵠辰……会いたい……会いたい……一緒になるって約束したのに……ああ帰りたい……。

「ではバクちゃん、次をお願い」
 
 ――ここはいいところ。誰も私を殴らないから。両手をあかぎれにしながら働かなくても美味しいご飯が食べられるなんて、なんて天国なんでしょう。私はこのままひっそりと、ここでお腹いっぱい食べてずっと静かに暮らしたい……。

「では次を」

 ――夢はお嫁さんだったのに。かわいい子供も欲しかった。どうせここにいてもお渡りがあるわけでもない。ここで私はこのまま朽ち果てるのだろうか……。

 そんな煙の妃嬪たちの語るのを聞きながら、私はそれぞれの面談資料を作るのだった。

 ええ、面談するんですよ。李夏さまと私で。本人の希望を聞き、李夏さまと私がそれぞれの資質を考え相談し、誰を後宮から出すかを決めるのだ。

 百人……そんな沢山の人と短時間の面談で腹を割って話せるはずもないから、こうして下調べをするのです。
 
 しかし思っていたよりこの後宮の居心地が良さげな人が多いようで驚いている。まあ、皇帝の態度が一貫していたので、他の妃嬪と争いが起こることは本来よりはとても少なかったはずで、そういうのもあるのかも……。

 衣食住、全てある程度良いものが支給されて警備も万全な場所というのは、この国ではとても貴重な場所とも言える。

 ある意味ここがシェルターになっている人もいるのだろう。
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