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5月
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もうわたしの妄想は普通の状況や自然な流れでの行為は考えつくされ、恐ろしく異常な状態や奇妙な展開でないと真新しさを感じられないようになっていた。
昔はよかった、と廊下の窓から西日の照らす校庭をぼんやりと眺めながら思い出に浸る。誕生日にデートをしていると、ホテルに部屋が予約してあって、そこで一ノ瀬君から素敵なプレゼントを貰う話とか、一ノ瀬君の子供を宿したことが分かって、恐る恐るそのことを打ち明けると、すっごく褒められる話とか。
ああ、あのころは平和だった。
そんなことを考えていると、一ノ瀬君が廊下を歩いてくる気配がした。この学校は一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生と教室が分かれているんだけど、部活などの関係もあり、三年生が二年生の教室の前を歩いて来ることも珍しくない。そしてわたしは眼をつぶっていても、一ノ瀬君が歩いて来ると、そのことが分かる。
わたしは何気ない振りをして、窓の外を眺めている態勢から、体を反転させつつ、一ノ瀬君の姿を盗み見る。至福の瞬間、と思いきや、あっ、一ノ瀬君の隣に、無礼なことに女が寄り添っている。一ノ瀬君と同じ三年生の水上だ。
なぜ彼女の名前を知っているのかと言うと、この女が実に性悪な女で、ペニス部、じゃない、テニス部のマネージャーを務めているんだ。一ノ瀬君目当てであることは、見え見えじゃん。
そして一ノ瀬君ったら、人がいいからこの性悪女に騙されているらしく、彼女の作ったお弁当を「おいしい、おいしい」なんて言いながら食べたりする。
一ノ瀬君、気を付けて。そのお弁当には、毒が入っているわよ。いや、もっといやらしい仕掛けがしてあるはずだ。
たとえば犬を早くなつかせようと思ったら、自分のオシッコをすっごく薄めた水を与えるといいらしい。まさかあの女、おにぎりを握る際、手に自分のオシッコをつけて握っているとか、いや、いや、オシッコではあるまい。もっといやらしい分泌液を使って味付けしているはずだ。
「わたしの分泌液のお味はどうかしら」なんて考えながら、あの性悪女は、何も知らない一ノ瀬君がおにぎりを頬張る姿を眺めている。
「あっ、おいしい」なんて一ノ瀬君は言う。
「ほんと? うれしい」
まるで天使のような笑顔を作りつつ、あの性悪女は、しかし心の底でほくそ笑んでいるんだ。これでこの子もすぐにわたしになついてくれるわ、と。
そんなことを考えていたら、新しい妄想が湧いてきた。家に帰るとすぐにノートを開いて、そのことを書き付ける。
【いま一ノ瀬君は、わたしの愛が秘められたおにぎりを食べている。しかし不意にその手を止めると、
「あれ、このおにぎり、なんかいい匂いがするな。麗の手の匂いかな」
「あっ、ごめんなさい。わたし、ちゃんと手を洗ったつもりだったんだけど・・・」
「ちがうよ、すごくいい匂いなんだ。麗、手を出してみな」
「いやだよ。恥ずかしいよ」
「いいから」と言って一ノ瀬君は無理やり私の手を取ると、掌の匂いを嗅ぎ始める。
「うーん、少し違うかな」
そう言うと、今度はわたしの首筋とか髪の匂いを嗅ぎ始める。まるで飼っている犬が飼い主の匂いを嗅ぎたがるみたいに。仕舞にはわたしの太腿に鼻先を近づけて、そこの匂いを嗅ぎ始める。
「あっ、この匂いだ」
「やだ、恥ずかしいよ」
「だって、いい匂いなんだ。もっと嗅がせてよ」
そう言うと、一ノ瀬君はわたしの太腿から、さらに上に向かって鼻先を移動させる。
「これ、これ、この匂い」
まるで深呼吸をするみたいに、一ノ瀬君がわたしの股間近くの匂いを嗅ぎ回る。
だめ、そんな風にされると、わたし、濡れちゃいそうだよ。】
バタンッ!
また杏だ。なんであんたはいつもいいところで邪魔しに来るの。
「またお姉ちゃん、いやらしいことしてたでしょう」
「うるさい!」と言って、わたしはノートを隠そうとする。
「お姉ちゃんがいやらしいことしてると、カタカタ音がするから、すぐ分かるんだ」
確かに杏の勉強部屋は隣にあって、壁一枚隔てているだけだから、指を動かしているときの音が聞こえるのかもしれない。それでいつもいいタイミングで邪魔しに来るわけね。
「ねえ、そのノート見せてよ」
「だーめ」
「見せてくれないと、ノートのこと、お父さんに言いつけるよ」
こいつ、わたしを敵に回す気か。
「だめったら、だーめ」
「ふーん、そんじぁ、一ノ瀬先輩に話してみようかな」
クソッ! 杏の行動力を考えると、本当にそれくらいのことは仕でかしかねない。
「分かったわよ。そのかわり絶対内緒だからね」
杏はわたしのノートを読み始める。
「お姉ちゃんてば、こんないやらしいことばっか考えてるんだね」
おい、おい、人のことが言えるか。
「この後、どうなるの? 匂いを嗅いだあと」
「まあ、それは一ノ瀬先輩が興奮してきて、襲いかかってくるわけよ」
「どんな風に?」
「流れから行けば、ドッグスタイル、まあ、後ろからっていう感じかな」
「ふーん、じゃあ、書き終えたら教えて。読んであげるから」
そう言うと、杏はノートを返して、部屋から去って行った。
これはまずい状況だ。わたしが一方的に弱みを握られている。このままだと杏の要求をすべて受け入れなければいけないことになる。
なんとしても杏の弱みを探り当てよう、とわたしは心に誓った。
昔はよかった、と廊下の窓から西日の照らす校庭をぼんやりと眺めながら思い出に浸る。誕生日にデートをしていると、ホテルに部屋が予約してあって、そこで一ノ瀬君から素敵なプレゼントを貰う話とか、一ノ瀬君の子供を宿したことが分かって、恐る恐るそのことを打ち明けると、すっごく褒められる話とか。
ああ、あのころは平和だった。
そんなことを考えていると、一ノ瀬君が廊下を歩いてくる気配がした。この学校は一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生と教室が分かれているんだけど、部活などの関係もあり、三年生が二年生の教室の前を歩いて来ることも珍しくない。そしてわたしは眼をつぶっていても、一ノ瀬君が歩いて来ると、そのことが分かる。
わたしは何気ない振りをして、窓の外を眺めている態勢から、体を反転させつつ、一ノ瀬君の姿を盗み見る。至福の瞬間、と思いきや、あっ、一ノ瀬君の隣に、無礼なことに女が寄り添っている。一ノ瀬君と同じ三年生の水上だ。
なぜ彼女の名前を知っているのかと言うと、この女が実に性悪な女で、ペニス部、じゃない、テニス部のマネージャーを務めているんだ。一ノ瀬君目当てであることは、見え見えじゃん。
そして一ノ瀬君ったら、人がいいからこの性悪女に騙されているらしく、彼女の作ったお弁当を「おいしい、おいしい」なんて言いながら食べたりする。
一ノ瀬君、気を付けて。そのお弁当には、毒が入っているわよ。いや、もっといやらしい仕掛けがしてあるはずだ。
たとえば犬を早くなつかせようと思ったら、自分のオシッコをすっごく薄めた水を与えるといいらしい。まさかあの女、おにぎりを握る際、手に自分のオシッコをつけて握っているとか、いや、いや、オシッコではあるまい。もっといやらしい分泌液を使って味付けしているはずだ。
「わたしの分泌液のお味はどうかしら」なんて考えながら、あの性悪女は、何も知らない一ノ瀬君がおにぎりを頬張る姿を眺めている。
「あっ、おいしい」なんて一ノ瀬君は言う。
「ほんと? うれしい」
まるで天使のような笑顔を作りつつ、あの性悪女は、しかし心の底でほくそ笑んでいるんだ。これでこの子もすぐにわたしになついてくれるわ、と。
そんなことを考えていたら、新しい妄想が湧いてきた。家に帰るとすぐにノートを開いて、そのことを書き付ける。
【いま一ノ瀬君は、わたしの愛が秘められたおにぎりを食べている。しかし不意にその手を止めると、
「あれ、このおにぎり、なんかいい匂いがするな。麗の手の匂いかな」
「あっ、ごめんなさい。わたし、ちゃんと手を洗ったつもりだったんだけど・・・」
「ちがうよ、すごくいい匂いなんだ。麗、手を出してみな」
「いやだよ。恥ずかしいよ」
「いいから」と言って一ノ瀬君は無理やり私の手を取ると、掌の匂いを嗅ぎ始める。
「うーん、少し違うかな」
そう言うと、今度はわたしの首筋とか髪の匂いを嗅ぎ始める。まるで飼っている犬が飼い主の匂いを嗅ぎたがるみたいに。仕舞にはわたしの太腿に鼻先を近づけて、そこの匂いを嗅ぎ始める。
「あっ、この匂いだ」
「やだ、恥ずかしいよ」
「だって、いい匂いなんだ。もっと嗅がせてよ」
そう言うと、一ノ瀬君はわたしの太腿から、さらに上に向かって鼻先を移動させる。
「これ、これ、この匂い」
まるで深呼吸をするみたいに、一ノ瀬君がわたしの股間近くの匂いを嗅ぎ回る。
だめ、そんな風にされると、わたし、濡れちゃいそうだよ。】
バタンッ!
また杏だ。なんであんたはいつもいいところで邪魔しに来るの。
「またお姉ちゃん、いやらしいことしてたでしょう」
「うるさい!」と言って、わたしはノートを隠そうとする。
「お姉ちゃんがいやらしいことしてると、カタカタ音がするから、すぐ分かるんだ」
確かに杏の勉強部屋は隣にあって、壁一枚隔てているだけだから、指を動かしているときの音が聞こえるのかもしれない。それでいつもいいタイミングで邪魔しに来るわけね。
「ねえ、そのノート見せてよ」
「だーめ」
「見せてくれないと、ノートのこと、お父さんに言いつけるよ」
こいつ、わたしを敵に回す気か。
「だめったら、だーめ」
「ふーん、そんじぁ、一ノ瀬先輩に話してみようかな」
クソッ! 杏の行動力を考えると、本当にそれくらいのことは仕でかしかねない。
「分かったわよ。そのかわり絶対内緒だからね」
杏はわたしのノートを読み始める。
「お姉ちゃんてば、こんないやらしいことばっか考えてるんだね」
おい、おい、人のことが言えるか。
「この後、どうなるの? 匂いを嗅いだあと」
「まあ、それは一ノ瀬先輩が興奮してきて、襲いかかってくるわけよ」
「どんな風に?」
「流れから行けば、ドッグスタイル、まあ、後ろからっていう感じかな」
「ふーん、じゃあ、書き終えたら教えて。読んであげるから」
そう言うと、杏はノートを返して、部屋から去って行った。
これはまずい状況だ。わたしが一方的に弱みを握られている。このままだと杏の要求をすべて受け入れなければいけないことになる。
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