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何があったのか語って責任を取れるほど、俺は強くない。
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自分が仕出かしてしまった現実を見せつけられるような、荒れ地と化した思い出の地を馬の背に揺られて行く。
心境を察してラインたちまでもが必要な会話だけを小声で済ます状態だ。
俺の感情に巻き込んでごめんと思うけど、いまは何かを言う気力も沸いてこない。
淡々と過ぎる時間と景色が、このままずっと続くような錯覚に襲われた頃変化が訪れた。
「若サマ~」
細くとも人の背丈を越える木々が目立つようになってきた。その中に若者の溌剌とした呼び声が響き渡る。
全員が声を追いかけて顔を上げた。
木立の奥、緩やかな登り坂になっている道の先に手を振る若者がいた。
こちらの世界で一般的なシャツとズボンに革靴を履いた若者は、年の頃は俺と同じくらいでくすんだ金髪と晴れ渡る空色の瞳だ。
鼻と頬にたくさんのそばかすがあって、決して整ってはいないけど、愛嬌のある人の良さそうな顔立ちをしている。
長い両腕が振り千切れそうな勢いで振り回す姿と、呼び声に見覚えがあった。
でもそんなはずはない。みんな爺さまと一緒にいなくなってしまったはずなのに。
「若サマ~お久しぶりデス!またお会い出来るなんて、ボク夢を見てるみたいっ」
馬が彼の元に着く前に、彼の方から駆け寄ってきて、キラキラ輝く瞳で見上げてくる。
俺を見て、にかっと笑う彼の名前は。
「コト…なぜ君がここに?」
「えへへ~若サマにそう呼んでもらえるとすごくうれしいデス」
コトが顔いっぱい使って笑った。
彼は爺さまの館に拾われた俺が、こちらの世界ではじめて親しくなった友達だった。
まだろくに言葉もわからない時から、コトの笑顔に癒されてくっついて回った。そんな俺をコトも嫌がらずに面倒見てくれた。
しかも本当はコンテリューゼって名前なのに、長すぎて覚えきれなかった当時の俺が勝手に省略して呼んでも、エルヴィーと違って、嫌な顔ひとつせずに好きなように呼ばせてくれた優しい奴だ。
あの日サイカに襲われて、村と一緒に消えたはずなのに。
なぜコトがここにいるわけ?
幽霊じゃないよな、とコトの足元を見てみる。ちゃんとしっかり大地を踏みしめていた。
向こうが透けてもいないし、顔色も元気そのもの。どう見たって生きている人間にしか見えないんだけど。
(どうなってんの……?)
「若サマが療養の為にいらっしゃると聞いたんで、待ちきれなくて走ってきちゃいました~!」
「いえ、そうではなく……みんなサイカに飲まれたはずでは……?」
「ああぁっ~! 会えたら真っ先にお礼を言うつもりだったのに~」
悔しそうに叫んだ後で、コトが両足を揃えて立ち姿勢を正した。
「若サマ。ボクたちをサイカから助けてくれて、ホントにありがとうでした! 若サマが襲来を予知してくれたから、いまボクたち生きていられるんだ。お館に滞在中、誠心誠意お仕えします!」
日本ならお辞儀をしそうな勢いで言い切ったコトを目の前にして、俺は面食らってた。
コトは何を言ってるんだろう。予知だなんて、そんなことした覚えはないのだけど?
俺は元日本人、異世界に来て神子もどきにはなったらしいが、霊能者にはなってないはず。
疑問はコトに先導されて、館のそばまで近いた時に解消された。
「ボクたちの新しい村です」
小高い丘の上から眺めた荒れ地に、小さいながら整った集落がある。
「村はなくなったけど、みんな無事だったから力を合わせて再建したんデス。いつか若サマに見てもらって、誇りにしてもらえる村にしようって」
「コト……」
俺が招いた災いですべてなくしたはずなのに、まっすぐな目でコトが見てくる。
その晴れやかな表情は苦難を受け入れ、乗り越えてきた人間だけが得られる前向きの力に満ちたものだった。
信頼しきったコトの目を見ていられなくて、顔を伏せる。
俺はみんなを助けるどころか、不幸に巻き込んだ張本人なんだよ。
「コトは勘違いしています。私のせいでサイカに村が襲われたのです」
血を吐くような思いで打ち明けたら、コトは少し間を置いて答えた。
「…若サマはサイカに敏感なんだ、よく体調を崩すのはそのせいだ。お館サマが生前そうおっしゃってました。あの頃の若サマはとてもお辛そうで…回復の兆しがまるで見えなかったから、お館サマがみなに避難するよう伝えろと、ボクたち使用人を走らせた。館の使用人や村人全員が避難して間もなく、サイカが来たんです。でもお館サマと若サマが避難できなかったみたいで、ボクたちはサイカが消えるまで絶望しながら見守っているしかできなくて……若サマは無事に生き延びることができたって、騎士団の団長サマから聞いた時は膝から力が抜けてしまいましたよ~」
ニコッと最後に笑ったコトは、俺の足にそっと近づいて額をつけた。
こっちの常識では信頼する目上の人にする動作だ。
「ありがとうございました、若サマ」
「……」
これ以上俺に何が言えるだろう。
事実を知っていたはずの爺さまが最期のその後まで、俺を守るために事実を捻じ曲げてコトに教えたみたいだ。
卑怯な俺は爺さまの好意を無駄にしないため、と言い訳して口を閉じた。
二階建ての館にはコトの他にも、爺さまの館に勤めていた人たちがいて、俺の無事を泣きながら祝ってくれた。
うれしくも良心が痛む再会の後、そっと奴がいないか確認してしまった。
コトと同じくらい親しくなって、手酷く裏切ってくれた元使用人の男。
使用人全員が紹介されて、彼がいないとわかるまで俺は緊張しまくってた。
だから用意してもらった部屋に入るなり、腹の底からため息が出た。
ふかふかソファーに腰を下ろして、全身から力が抜ける感覚に意識を向けていたら、荷物を運び終わったハイヤスが水を持ってきてくれた。
「疲れた?」
俺の横に座ったハイヤスが背当てに腕をのせ、軽く首を傾けて問いかける。
受け取った水を飲んで、ようやく喉がカラカラだったことに気付いた。
「……はい……いろいろと、たくさんのことが一度に起きた気がします」
ハイヤスの胸に軽く頭を寄りかからせて、正直にうなずく。
怪我をしたハイヤスの手当をエルにしてもらってから、目まぐるしく状況が変化したと思う。
ひとまず落ち着ける場所についたせいで、どっと疲れを感じるようだ。
「だから後悔するよ、と忠告したのに」
「……?」
苦笑と一緒に吐き出されたハイヤスの台詞に、閉じかけていた目を開けて振り向いた。
視線が合うと、ハイヤスが少し頭を傾けて覚えていないかなと前置きをしてから話しだした。
「サイカ本体が封じられていた地下牢の奥で、声を出してはいけないと言われていたのに、キュカは声を出してしまった」
「……そのようなこと、ありましたか……」
言われたような気もする。その頃はまだチップと呼んでいたハイヤスが、とても痛ましそうな顔で俺を見ていた記憶がうっすら残ってる。
はっきりとしない不安を感じたような気もするけど、場所が場所だから気が弱くなっているんだと流してしまったような。
「キュカは知らないだろうけど、夜明けに兵舎の部屋に戻ると、眠りながら泣いていることがあってね。その日は必ず地下牢のサイカがひどく活発で、暴れてくれた」
何てことだ、知らない間に泣きながら寝てるなんて子供みたいなことして、それをばっちり目撃されてたなんて。
頭を抱えて呻りだした俺の頭を、ハイヤスが小さく笑って撫でてくる。
「神子だとわかってから嫌だったけど、あいつに頭を下げて神子とサイカのことを習いに通って、そこで教わった。封じられているサイカはほとんど目が見えないと思え。そして常に神子と一心同体になろうとしているのだとね。だからキュカの声を聞いてしまったサイカは、前よりもキュカに強く作用してしまう。きっと何か悪いことを引き寄せる……」
頭を撫でていたハイヤスが、俺の体を抱きしめる。
「わかっていたのに、守りきれなくてごめん」
「…………」
おまえのせいじゃないと言おうとしたけど、声の代わりに嗚咽が漏れそうだったから、首を振るだけで返事に代えた。
きっと俺は自分で思うよりもずっと疲れているんだ。
ちょっと優しくされただけで泣いてしまうなんて、いつもの俺ならしない。
だけどいまは。
「……疲れ、ました……」
「うん。ゆっくり眠って」
緊張と恐怖、環境の激変に怪我も加わって、心底くたびれている。
そしてハイヤスの腕の中は気持ちがいい。
首から下げた宝石からも、穏やかなぬくもりが伝わってきて、強烈な眠気に誘われた。
「お休み」
ハイヤスの声を辛うじて聞き取ったのが最後、俺はソファーの上に丸まって、遊び疲れた子供のように急転直下で眠りに落ちた。
心境を察してラインたちまでもが必要な会話だけを小声で済ます状態だ。
俺の感情に巻き込んでごめんと思うけど、いまは何かを言う気力も沸いてこない。
淡々と過ぎる時間と景色が、このままずっと続くような錯覚に襲われた頃変化が訪れた。
「若サマ~」
細くとも人の背丈を越える木々が目立つようになってきた。その中に若者の溌剌とした呼び声が響き渡る。
全員が声を追いかけて顔を上げた。
木立の奥、緩やかな登り坂になっている道の先に手を振る若者がいた。
こちらの世界で一般的なシャツとズボンに革靴を履いた若者は、年の頃は俺と同じくらいでくすんだ金髪と晴れ渡る空色の瞳だ。
鼻と頬にたくさんのそばかすがあって、決して整ってはいないけど、愛嬌のある人の良さそうな顔立ちをしている。
長い両腕が振り千切れそうな勢いで振り回す姿と、呼び声に見覚えがあった。
でもそんなはずはない。みんな爺さまと一緒にいなくなってしまったはずなのに。
「若サマ~お久しぶりデス!またお会い出来るなんて、ボク夢を見てるみたいっ」
馬が彼の元に着く前に、彼の方から駆け寄ってきて、キラキラ輝く瞳で見上げてくる。
俺を見て、にかっと笑う彼の名前は。
「コト…なぜ君がここに?」
「えへへ~若サマにそう呼んでもらえるとすごくうれしいデス」
コトが顔いっぱい使って笑った。
彼は爺さまの館に拾われた俺が、こちらの世界ではじめて親しくなった友達だった。
まだろくに言葉もわからない時から、コトの笑顔に癒されてくっついて回った。そんな俺をコトも嫌がらずに面倒見てくれた。
しかも本当はコンテリューゼって名前なのに、長すぎて覚えきれなかった当時の俺が勝手に省略して呼んでも、エルヴィーと違って、嫌な顔ひとつせずに好きなように呼ばせてくれた優しい奴だ。
あの日サイカに襲われて、村と一緒に消えたはずなのに。
なぜコトがここにいるわけ?
幽霊じゃないよな、とコトの足元を見てみる。ちゃんとしっかり大地を踏みしめていた。
向こうが透けてもいないし、顔色も元気そのもの。どう見たって生きている人間にしか見えないんだけど。
(どうなってんの……?)
「若サマが療養の為にいらっしゃると聞いたんで、待ちきれなくて走ってきちゃいました~!」
「いえ、そうではなく……みんなサイカに飲まれたはずでは……?」
「ああぁっ~! 会えたら真っ先にお礼を言うつもりだったのに~」
悔しそうに叫んだ後で、コトが両足を揃えて立ち姿勢を正した。
「若サマ。ボクたちをサイカから助けてくれて、ホントにありがとうでした! 若サマが襲来を予知してくれたから、いまボクたち生きていられるんだ。お館に滞在中、誠心誠意お仕えします!」
日本ならお辞儀をしそうな勢いで言い切ったコトを目の前にして、俺は面食らってた。
コトは何を言ってるんだろう。予知だなんて、そんなことした覚えはないのだけど?
俺は元日本人、異世界に来て神子もどきにはなったらしいが、霊能者にはなってないはず。
疑問はコトに先導されて、館のそばまで近いた時に解消された。
「ボクたちの新しい村です」
小高い丘の上から眺めた荒れ地に、小さいながら整った集落がある。
「村はなくなったけど、みんな無事だったから力を合わせて再建したんデス。いつか若サマに見てもらって、誇りにしてもらえる村にしようって」
「コト……」
俺が招いた災いですべてなくしたはずなのに、まっすぐな目でコトが見てくる。
その晴れやかな表情は苦難を受け入れ、乗り越えてきた人間だけが得られる前向きの力に満ちたものだった。
信頼しきったコトの目を見ていられなくて、顔を伏せる。
俺はみんなを助けるどころか、不幸に巻き込んだ張本人なんだよ。
「コトは勘違いしています。私のせいでサイカに村が襲われたのです」
血を吐くような思いで打ち明けたら、コトは少し間を置いて答えた。
「…若サマはサイカに敏感なんだ、よく体調を崩すのはそのせいだ。お館サマが生前そうおっしゃってました。あの頃の若サマはとてもお辛そうで…回復の兆しがまるで見えなかったから、お館サマがみなに避難するよう伝えろと、ボクたち使用人を走らせた。館の使用人や村人全員が避難して間もなく、サイカが来たんです。でもお館サマと若サマが避難できなかったみたいで、ボクたちはサイカが消えるまで絶望しながら見守っているしかできなくて……若サマは無事に生き延びることができたって、騎士団の団長サマから聞いた時は膝から力が抜けてしまいましたよ~」
ニコッと最後に笑ったコトは、俺の足にそっと近づいて額をつけた。
こっちの常識では信頼する目上の人にする動作だ。
「ありがとうございました、若サマ」
「……」
これ以上俺に何が言えるだろう。
事実を知っていたはずの爺さまが最期のその後まで、俺を守るために事実を捻じ曲げてコトに教えたみたいだ。
卑怯な俺は爺さまの好意を無駄にしないため、と言い訳して口を閉じた。
二階建ての館にはコトの他にも、爺さまの館に勤めていた人たちがいて、俺の無事を泣きながら祝ってくれた。
うれしくも良心が痛む再会の後、そっと奴がいないか確認してしまった。
コトと同じくらい親しくなって、手酷く裏切ってくれた元使用人の男。
使用人全員が紹介されて、彼がいないとわかるまで俺は緊張しまくってた。
だから用意してもらった部屋に入るなり、腹の底からため息が出た。
ふかふかソファーに腰を下ろして、全身から力が抜ける感覚に意識を向けていたら、荷物を運び終わったハイヤスが水を持ってきてくれた。
「疲れた?」
俺の横に座ったハイヤスが背当てに腕をのせ、軽く首を傾けて問いかける。
受け取った水を飲んで、ようやく喉がカラカラだったことに気付いた。
「……はい……いろいろと、たくさんのことが一度に起きた気がします」
ハイヤスの胸に軽く頭を寄りかからせて、正直にうなずく。
怪我をしたハイヤスの手当をエルにしてもらってから、目まぐるしく状況が変化したと思う。
ひとまず落ち着ける場所についたせいで、どっと疲れを感じるようだ。
「だから後悔するよ、と忠告したのに」
「……?」
苦笑と一緒に吐き出されたハイヤスの台詞に、閉じかけていた目を開けて振り向いた。
視線が合うと、ハイヤスが少し頭を傾けて覚えていないかなと前置きをしてから話しだした。
「サイカ本体が封じられていた地下牢の奥で、声を出してはいけないと言われていたのに、キュカは声を出してしまった」
「……そのようなこと、ありましたか……」
言われたような気もする。その頃はまだチップと呼んでいたハイヤスが、とても痛ましそうな顔で俺を見ていた記憶がうっすら残ってる。
はっきりとしない不安を感じたような気もするけど、場所が場所だから気が弱くなっているんだと流してしまったような。
「キュカは知らないだろうけど、夜明けに兵舎の部屋に戻ると、眠りながら泣いていることがあってね。その日は必ず地下牢のサイカがひどく活発で、暴れてくれた」
何てことだ、知らない間に泣きながら寝てるなんて子供みたいなことして、それをばっちり目撃されてたなんて。
頭を抱えて呻りだした俺の頭を、ハイヤスが小さく笑って撫でてくる。
「神子だとわかってから嫌だったけど、あいつに頭を下げて神子とサイカのことを習いに通って、そこで教わった。封じられているサイカはほとんど目が見えないと思え。そして常に神子と一心同体になろうとしているのだとね。だからキュカの声を聞いてしまったサイカは、前よりもキュカに強く作用してしまう。きっと何か悪いことを引き寄せる……」
頭を撫でていたハイヤスが、俺の体を抱きしめる。
「わかっていたのに、守りきれなくてごめん」
「…………」
おまえのせいじゃないと言おうとしたけど、声の代わりに嗚咽が漏れそうだったから、首を振るだけで返事に代えた。
きっと俺は自分で思うよりもずっと疲れているんだ。
ちょっと優しくされただけで泣いてしまうなんて、いつもの俺ならしない。
だけどいまは。
「……疲れ、ました……」
「うん。ゆっくり眠って」
緊張と恐怖、環境の激変に怪我も加わって、心底くたびれている。
そしてハイヤスの腕の中は気持ちがいい。
首から下げた宝石からも、穏やかなぬくもりが伝わってきて、強烈な眠気に誘われた。
「お休み」
ハイヤスの声を辛うじて聞き取ったのが最後、俺はソファーの上に丸まって、遊び疲れた子供のように急転直下で眠りに落ちた。
応援ありがとうございます!
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