19 / 31
第19話 攫い未遂
しおりを挟む
「クララ!」
エリシアの悲鳴が、旧市街の空気に吸い込まれる。
血の気が引き、視界の端が真っ白に染まった。
手首の護紐は途中で鋭利な刃物のようなもので切断され、だらりと垂れ下がっている。
ジリリリッ、チリン!
人混みの奥から、かすかに鈴の音が聞こえた。
エリシアはなりふり構わず、音のする方へ向かって群衆を掻き分けた。
汗と泥の匂いが鼻をつく薄暗い路地裏。
そこに、薄汚れた外套を着た男が、暴れるクララの口を塞いで抱え上げているのが見えた。
「放して! その子を放しなさい!」
エリシアが路地に飛び込んだその時。
頭上から、銀色の閃光のような影が落ちてきた。
ドガァァン!
鈍い衝撃音と共に、男の体が路地の石壁に激しく叩きつけられる。
舞い上がった土埃の向こうに立っていたのは、荒い息を吐くロルフだった。
彼の軍靴が、男の腕を容赦なく踏みつけている。
「パパ……!」
解放されたクララが、石畳の上にへたり込んで咳き込んだ。
エリシアは這うようにして駆け寄り、娘の小さな体を腕の中に閉じ込める。
クララの甘い匂いと、確かな体温を感じて、せき止めていた涙がボロボロと溢れ出した。
男がうめき声を上げ、気絶する。
ロルフは靴の汚れを払うように足を退け、ゆっくりと振り返った。
その氷のような青い瞳の奥で、激しい怒りの炎が揺らめいているのがわかる。
彼はクララに向かって一歩踏み出しかけた。
助けたのだから、そのまま娘を抱き上げ、自分の庇護下に置こうとするのがかつての彼だ。
だが、ロルフは足を止めた。
エリシアが怯えたように身を強張らせたのを、彼が見逃すはずがなかった。
「……怪我は、ないか」
低く掠れた声。
ロルフはそれ以上近づかず、自ら数歩後退して、母と娘の空間を「囲う」のではなく、外敵から「守る」位置に立った。
圧倒的な力を持つ彼が、あえて距離を取り、去る準備をしている。
その変化に気づいたクララが、母の腕の中から顔を出し、ロルフの大きな背中をじっと見つめた。
そして、躊躇いながらも、小さな右手を彼の方へと伸ばしかけた。
♦︎♦︎♦︎
エリシアの悲鳴が、旧市街の空気に吸い込まれる。
血の気が引き、視界の端が真っ白に染まった。
手首の護紐は途中で鋭利な刃物のようなもので切断され、だらりと垂れ下がっている。
ジリリリッ、チリン!
人混みの奥から、かすかに鈴の音が聞こえた。
エリシアはなりふり構わず、音のする方へ向かって群衆を掻き分けた。
汗と泥の匂いが鼻をつく薄暗い路地裏。
そこに、薄汚れた外套を着た男が、暴れるクララの口を塞いで抱え上げているのが見えた。
「放して! その子を放しなさい!」
エリシアが路地に飛び込んだその時。
頭上から、銀色の閃光のような影が落ちてきた。
ドガァァン!
鈍い衝撃音と共に、男の体が路地の石壁に激しく叩きつけられる。
舞い上がった土埃の向こうに立っていたのは、荒い息を吐くロルフだった。
彼の軍靴が、男の腕を容赦なく踏みつけている。
「パパ……!」
解放されたクララが、石畳の上にへたり込んで咳き込んだ。
エリシアは這うようにして駆け寄り、娘の小さな体を腕の中に閉じ込める。
クララの甘い匂いと、確かな体温を感じて、せき止めていた涙がボロボロと溢れ出した。
男がうめき声を上げ、気絶する。
ロルフは靴の汚れを払うように足を退け、ゆっくりと振り返った。
その氷のような青い瞳の奥で、激しい怒りの炎が揺らめいているのがわかる。
彼はクララに向かって一歩踏み出しかけた。
助けたのだから、そのまま娘を抱き上げ、自分の庇護下に置こうとするのがかつての彼だ。
だが、ロルフは足を止めた。
エリシアが怯えたように身を強張らせたのを、彼が見逃すはずがなかった。
「……怪我は、ないか」
低く掠れた声。
ロルフはそれ以上近づかず、自ら数歩後退して、母と娘の空間を「囲う」のではなく、外敵から「守る」位置に立った。
圧倒的な力を持つ彼が、あえて距離を取り、去る準備をしている。
その変化に気づいたクララが、母の腕の中から顔を出し、ロルフの大きな背中をじっと見つめた。
そして、躊躇いながらも、小さな右手を彼の方へと伸ばしかけた。
♦︎♦︎♦︎
95
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい
冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」
婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。
ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。
しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。
「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」
ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。
しかし、ある日のこと見てしまう。
二人がキスをしているところを。
そのとき、私の中で何かが壊れた……。
おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。
ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。
そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。
娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。
それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。
婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。
リリスは平民として第二の人生を歩み始める。
全8話。完結まで執筆済みです。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?
紺
ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。
世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。
ざまぁ必須、微ファンタジーです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる