五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人

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第31話 新しい朝

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 コーン、コーン。
 王都ヴァルミエに朝を告げる大聖堂の鐘の音が、冷たい秋の空気を震わせる。

 エリシアはベッドから静かに抜け出し、冷たい井戸水で顔を洗った。
 肌を刺すような水の冷たさが、心地よく意識を覚醒させてくれる。
 手早く身支度を整え、工房の小さな鉄のストーブに火を入れた。パチパチとはぜる薪の音と、香ばしい煙の匂いが部屋に広がる。

 テーブルの上には、ギルドから支給された真新しい革表紙の台帳が開かれていた。
 インクの匂いが残るページに視線を落とす。

 『十の月、第三の安息日。辺境伯ロルフ卿、面会予定』
 『同日午後、南方の修道院領へ向けた新居の準備』

 以前なら、元夫の名前を見るだけで動悸が止まらなかった。だが今は、ただの生活の予定の一つとして、冷静に文字をなぞることができる。
 恐怖の対象だったものが、確固たる制度と習慣の中に組み込まれ、完全に無害化されたのだ。

「ん……ママぁ」

 寝台から、クララの甘い寝息混じりの声が聞こえた。
 エリシアはストーブにやかんをかけ、娘の元へと歩み寄る。

「おはよう、クララ。今日はマレーナさんのところで、焼きたてのパンを買いましょうね」

 マレーナのパン屋から漂ってくるであろう、香ばしい小麦と酵母の匂いを想像するだけで、胃の奥が温かくなる。
 命を脅かされることのない、平穏な朝。
 この何気ない日常の反復こそが、エリシアにとって最大の幸福だった。

 朝食を終え、織り機に向かおうとしたその時。
 コンコン、と規則正しいノックの音が響いた。

「おはようございます、エリシア殿。朝早くから失礼します」

 扉の向こうに立っていたのは、分厚い書類の束を抱えたヨアヒムだった。
 彼の眼鏡の奥の瞳が、どこか切羽詰まったように光っている。

「実は、ランタン織房に『徒弟』として入りたいという志願者がおりまして。……少し、事情のある子なのですが」

♦︎♦︎♦︎
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