『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

文字の大きさ
6 / 60
第一章:偽りの王都

第6話 辺境からの便り

しおりを挟む
エリオット殿下と密会を交わした数日後、待ちわびていた便りが故郷のローゼンベルク領から届いた。父、ゲルハルト・フォン・ローゼンベルク公爵からの親書だ。

王都での一件を綴った私の手紙への、返信だった。

侍女を下がらせ一人になった自室で、私は震える手で封蝋を解いた。父は私の行動をどう思うだろうか。軽率だと叱責されるだろうか。それとも――。

不安と期待が入り混じる中、私は羊皮紙に綴られた力強い父の筆跡に目を走らせた。

『我が愛しき娘、ヴィクトリアへ。

手紙は読んだ。お前が王都で受けた屈辱、そしてお前が下した決意、その全てを理解した。

まず言っておこう。よくやった、ヴィクトリア。お前はローゼンベルク家の誇りを守った。決して己の魂を曲げなかった。それこそが、我が娘たる証だ。

お前の身を案じなかったと言えば嘘になる。だがそれ以上にお前のその気高さを、父は誇りに思う』

そこまで読んだ瞬間、私の目から熱いものが溢れ出した。よかった……。父上は分かってくれた。私のたった一人の戦いを認めてくれた。

涙で滲む視界を指で拭い、私は続きを読む。

『アルフォンス王子とリヒター宰相の増長は、私もかねてより憂慮していた。王都は腐敗し、その膿は国全体に広がりつつある。このままではエーデルラント王国に未来はないだろう。

奴らは近々『軍縮会議』なるものを開くと聞く。その狙いが我らの牙を抜くことにあるのは明白だ。

だがヴィクトリアよ、恐れることはない。獅子は牙を抜かれて初めてその恐ろしさを忘れる。我らはまだ牙を持つ獅子だ。

お前の思う通りに動け。お前の軍略の才は、この父が保証する。盤上を支配し、敵の意表を突け。

もしお前が王都を去るという決断を下すのなら、我々はいつでもお前を迎え入れる。ローゼンベルクの全軍がお前の帰りを待っている。

これはローゼンベルク公爵としてではなく、一人の父としてお前に約束しよう』

手紙の最後は、私の身を案じる優しい言葉で締めくくられていた。父の深い愛情が行間の一つ一つから伝わってくるようだった。私は手紙を胸に抱きしめる。もう迷いはない。

(父上……ありがとうございます)

私の覚悟は、確信へと変わった。私はこの腐敗した王都と戦う。そして必ずや故郷へ生きて帰るのだ。

手紙にはもう一枚、別の羊皮紙が同封されていた。それは私の忠実な側近であり騎士団の副団長でもある、コンラートに宛てたものだった。しかし封はされておらず、私にまず目を通せという父の意図が汲み取れた。

『コンラートへ。 ヴィクトリア様の身に王都の魔の手が迫っている。お前は選りすぐりの騎士五十名を率い、密かに王都近郊まで進軍せよ。表向きは隣国への警戒任務と偽装するのだ。

そしてヴィクトリア様からの合図があり次第、即座に行動を起こせるよう万全の準備を整えておけ。

我が娘の剣となり、盾となれ。頼んだぞ』

(……!)

父はすでに行動を起こしていたのだ。私が王都を脱出する、その時を見越して。選りすぐりの騎士たちがもう近くまで来ている。その事実が私の心を百人力にも強くさせた。

私はすぐに信頼できる家臣を呼び、父からの密書をコンラートの下へ届けるよう命じた。これで布石は打たれた。

あとは私がこの王都で、最後の役目を果たすだけ。

父からの手紙を読み返し、私は改めて決意を固める。手紙の一文が、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。

『お前の思う通りに動け。お前の軍略の才は、この父が保証する。盤上を支配し、敵の意表を突け』

(見ていてください、父上)

あなたの娘はただ守られるだけの弱い女ではありません。この宮廷という名の戦場で、あなたの教えの全てを存分に発揮してみせますわ。

私は立ち上がり、窓の外を見つめた。そびえ立つ王宮が、まるで私を嘲笑う巨大な怪物のようだった。だが、もはや私に恐れはない。

私の手の中には二つの武器がある。一つはエリオット殿下が示してくれた宮廷内部の情報。そしてもう一つは父が約束してくれた、王国最強の軍という絶対的な力。

この二つを以って、私はアルフォンスとリヒター宰相が仕掛けてくる罠に立ち向かう。

軍縮会議。それが、おそらく最初の戦場となるだろう。彼らが私に見せつけようとする絶望を、私は見事な鮮やかさで彼ら自身に叩き返してやる。

辺境からの便りは、私に覚悟と、そして勝利への確信を与えてくれた。戦いのゴングは、もうすぐ鳴り響く。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

離婚したいけれど、政略結婚だから子供を残して実家に戻らないといけない。子供を手放さないようにするなら、どんな手段があるのでしょうか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 カーゾン侯爵令嬢のアルフィンは、多くのライバル王女公女を押し退けて、大陸一の貴公子コーンウォリス公爵キャスバルの正室となった。だがそれはキャスバルが身分の低い賢女と愛し合うための偽装結婚だった。アルフィンは離婚を決意するが、子供を残して出ていく気にはならなかった。キャスバルと賢女への嫌がらせに、子供を連れって逃げるつもりだった。だが偽装結婚には隠された理由があったのだ。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さくら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

家族から虐げられた令嬢は冷血伯爵に嫁がされる〜売り飛ばされた先で温かい家庭を築きます〜

香木陽灯
恋愛
「ナタリア! 廊下にホコリがたまっているわ! きちんと掃除なさい」 「お姉様、お茶が冷めてしまったわ。淹れなおして。早くね」 グラミリアン伯爵家では長女のナタリアが使用人のように働かされていた。 彼女はある日、冷血伯爵に嫁ぐように言われる。 「あなたが伯爵家に嫁げば、我が家の利益になるの。あなたは知らないだろうけれど、伯爵に娘を差し出した家には、国王から褒美が出るともっぱらの噂なのよ」   売られるように嫁がされたナタリアだったが、冷血伯爵は噂とは違い優しい人だった。 「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」 自分に自信がないナタリアと優しい冷血伯爵は、少しずつ距離が近づいていく。 ※ゆるめの設定 ※他サイトにも掲載中

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

追放令嬢の発酵工房 ~味覚を失った氷の辺境伯様が、私の『味噌スープ』で魔力回復(と溺愛)を始めました~

メルファン
恋愛
「貴様のような『腐敗令嬢』は王都に不要だ!」 公爵令嬢アリアは、前世の記憶を活かした「発酵・醸造」だけが生きがいの、少し変わった令嬢でした。 しかし、その趣味を「酸っぱい匂いだ」と婚約者の王太子殿下に忌避され、卒業パーティーの場で、派手な「聖女」を隣に置いた彼から婚約破棄と「北の辺境」への追放を言い渡されてしまいます。 「(北の辺境……! なんて素晴らしい響きでしょう!)」 王都の軟水と生ぬるい気候に満足できなかったアリアにとって、厳しい寒さとミネラル豊富な硬水が手に入る辺境は、むしろ最高の『仕込み』ができる夢の土地。 愛する『麹菌』だけをドレスに忍ばせ、彼女は喜んで追放を受け入れます。 辺境の廃墟でさっそく「発酵生活」を始めたアリア。 三週間かけて仕込んだ『味噌もどき』で「命のスープ」を味わっていると、氷のように美しい、しかし「生」の活力を一切感じさせない謎の男性と出会います。 「それを……私に、飲ませろ」 彼こそが、領地を守る呪いの代償で「味覚」を失い、生きる気力も魔力も枯渇しかけていた「氷の辺境伯」カシウスでした。 アリアのスープを一口飲んだ瞬間、カシウスの舌に、失われたはずの「味」が蘇ります。 「味が、する……!」 それは、彼の枯渇した魔力を湧き上がらせる、唯一の「命の味」でした。 「頼む、君の作ったあの『茶色いスープ』がないと、私は戦えない。君ごと私の城に来てくれ」 「腐敗」と捨てられた令嬢の地味な才能が、最強の辺境伯の「生きる意味」となる。 一方、アリアという「本物の活力源」を失った王都では、謎の「気力減退病」が蔓延し始めており……? 追放令嬢が、発酵と菌への愛だけで、氷の辺境伯様の胃袋と魔力(と心)を掴み取り、溺愛されるまでを描く、大逆転・発酵グルメロマンス!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...