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第一章:偽りの王都
第6話 辺境からの便り
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エリオット殿下と密会を交わした数日後、待ちわびていた便りが故郷のローゼンベルク領から届いた。父、ゲルハルト・フォン・ローゼンベルク公爵からの親書だ。
王都での一件を綴った私の手紙への、返信だった。
侍女を下がらせ一人になった自室で、私は震える手で封蝋を解いた。父は私の行動をどう思うだろうか。軽率だと叱責されるだろうか。それとも――。
不安と期待が入り混じる中、私は羊皮紙に綴られた力強い父の筆跡に目を走らせた。
『我が愛しき娘、ヴィクトリアへ。
手紙は読んだ。お前が王都で受けた屈辱、そしてお前が下した決意、その全てを理解した。
まず言っておこう。よくやった、ヴィクトリア。お前はローゼンベルク家の誇りを守った。決して己の魂を曲げなかった。それこそが、我が娘たる証だ。
お前の身を案じなかったと言えば嘘になる。だがそれ以上にお前のその気高さを、父は誇りに思う』
そこまで読んだ瞬間、私の目から熱いものが溢れ出した。よかった……。父上は分かってくれた。私のたった一人の戦いを認めてくれた。
涙で滲む視界を指で拭い、私は続きを読む。
『アルフォンス王子とリヒター宰相の増長は、私もかねてより憂慮していた。王都は腐敗し、その膿は国全体に広がりつつある。このままではエーデルラント王国に未来はないだろう。
奴らは近々『軍縮会議』なるものを開くと聞く。その狙いが我らの牙を抜くことにあるのは明白だ。
だがヴィクトリアよ、恐れることはない。獅子は牙を抜かれて初めてその恐ろしさを忘れる。我らはまだ牙を持つ獅子だ。
お前の思う通りに動け。お前の軍略の才は、この父が保証する。盤上を支配し、敵の意表を突け。
もしお前が王都を去るという決断を下すのなら、我々はいつでもお前を迎え入れる。ローゼンベルクの全軍がお前の帰りを待っている。
これはローゼンベルク公爵としてではなく、一人の父としてお前に約束しよう』
手紙の最後は、私の身を案じる優しい言葉で締めくくられていた。父の深い愛情が行間の一つ一つから伝わってくるようだった。私は手紙を胸に抱きしめる。もう迷いはない。
(父上……ありがとうございます)
私の覚悟は、確信へと変わった。私はこの腐敗した王都と戦う。そして必ずや故郷へ生きて帰るのだ。
手紙にはもう一枚、別の羊皮紙が同封されていた。それは私の忠実な側近であり騎士団の副団長でもある、コンラートに宛てたものだった。しかし封はされておらず、私にまず目を通せという父の意図が汲み取れた。
『コンラートへ。 ヴィクトリア様の身に王都の魔の手が迫っている。お前は選りすぐりの騎士五十名を率い、密かに王都近郊まで進軍せよ。表向きは隣国への警戒任務と偽装するのだ。
そしてヴィクトリア様からの合図があり次第、即座に行動を起こせるよう万全の準備を整えておけ。
我が娘の剣となり、盾となれ。頼んだぞ』
(……!)
父はすでに行動を起こしていたのだ。私が王都を脱出する、その時を見越して。選りすぐりの騎士たちがもう近くまで来ている。その事実が私の心を百人力にも強くさせた。
私はすぐに信頼できる家臣を呼び、父からの密書をコンラートの下へ届けるよう命じた。これで布石は打たれた。
あとは私がこの王都で、最後の役目を果たすだけ。
父からの手紙を読み返し、私は改めて決意を固める。手紙の一文が、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
『お前の思う通りに動け。お前の軍略の才は、この父が保証する。盤上を支配し、敵の意表を突け』
(見ていてください、父上)
あなたの娘はただ守られるだけの弱い女ではありません。この宮廷という名の戦場で、あなたの教えの全てを存分に発揮してみせますわ。
私は立ち上がり、窓の外を見つめた。そびえ立つ王宮が、まるで私を嘲笑う巨大な怪物のようだった。だが、もはや私に恐れはない。
私の手の中には二つの武器がある。一つはエリオット殿下が示してくれた宮廷内部の情報。そしてもう一つは父が約束してくれた、王国最強の軍という絶対的な力。
この二つを以って、私はアルフォンスとリヒター宰相が仕掛けてくる罠に立ち向かう。
軍縮会議。それが、おそらく最初の戦場となるだろう。彼らが私に見せつけようとする絶望を、私は見事な鮮やかさで彼ら自身に叩き返してやる。
辺境からの便りは、私に覚悟と、そして勝利への確信を与えてくれた。戦いのゴングは、もうすぐ鳴り響く。
王都での一件を綴った私の手紙への、返信だった。
侍女を下がらせ一人になった自室で、私は震える手で封蝋を解いた。父は私の行動をどう思うだろうか。軽率だと叱責されるだろうか。それとも――。
不安と期待が入り混じる中、私は羊皮紙に綴られた力強い父の筆跡に目を走らせた。
『我が愛しき娘、ヴィクトリアへ。
手紙は読んだ。お前が王都で受けた屈辱、そしてお前が下した決意、その全てを理解した。
まず言っておこう。よくやった、ヴィクトリア。お前はローゼンベルク家の誇りを守った。決して己の魂を曲げなかった。それこそが、我が娘たる証だ。
お前の身を案じなかったと言えば嘘になる。だがそれ以上にお前のその気高さを、父は誇りに思う』
そこまで読んだ瞬間、私の目から熱いものが溢れ出した。よかった……。父上は分かってくれた。私のたった一人の戦いを認めてくれた。
涙で滲む視界を指で拭い、私は続きを読む。
『アルフォンス王子とリヒター宰相の増長は、私もかねてより憂慮していた。王都は腐敗し、その膿は国全体に広がりつつある。このままではエーデルラント王国に未来はないだろう。
奴らは近々『軍縮会議』なるものを開くと聞く。その狙いが我らの牙を抜くことにあるのは明白だ。
だがヴィクトリアよ、恐れることはない。獅子は牙を抜かれて初めてその恐ろしさを忘れる。我らはまだ牙を持つ獅子だ。
お前の思う通りに動け。お前の軍略の才は、この父が保証する。盤上を支配し、敵の意表を突け。
もしお前が王都を去るという決断を下すのなら、我々はいつでもお前を迎え入れる。ローゼンベルクの全軍がお前の帰りを待っている。
これはローゼンベルク公爵としてではなく、一人の父としてお前に約束しよう』
手紙の最後は、私の身を案じる優しい言葉で締めくくられていた。父の深い愛情が行間の一つ一つから伝わってくるようだった。私は手紙を胸に抱きしめる。もう迷いはない。
(父上……ありがとうございます)
私の覚悟は、確信へと変わった。私はこの腐敗した王都と戦う。そして必ずや故郷へ生きて帰るのだ。
手紙にはもう一枚、別の羊皮紙が同封されていた。それは私の忠実な側近であり騎士団の副団長でもある、コンラートに宛てたものだった。しかし封はされておらず、私にまず目を通せという父の意図が汲み取れた。
『コンラートへ。 ヴィクトリア様の身に王都の魔の手が迫っている。お前は選りすぐりの騎士五十名を率い、密かに王都近郊まで進軍せよ。表向きは隣国への警戒任務と偽装するのだ。
そしてヴィクトリア様からの合図があり次第、即座に行動を起こせるよう万全の準備を整えておけ。
我が娘の剣となり、盾となれ。頼んだぞ』
(……!)
父はすでに行動を起こしていたのだ。私が王都を脱出する、その時を見越して。選りすぐりの騎士たちがもう近くまで来ている。その事実が私の心を百人力にも強くさせた。
私はすぐに信頼できる家臣を呼び、父からの密書をコンラートの下へ届けるよう命じた。これで布石は打たれた。
あとは私がこの王都で、最後の役目を果たすだけ。
父からの手紙を読み返し、私は改めて決意を固める。手紙の一文が、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
『お前の思う通りに動け。お前の軍略の才は、この父が保証する。盤上を支配し、敵の意表を突け』
(見ていてください、父上)
あなたの娘はただ守られるだけの弱い女ではありません。この宮廷という名の戦場で、あなたの教えの全てを存分に発揮してみせますわ。
私は立ち上がり、窓の外を見つめた。そびえ立つ王宮が、まるで私を嘲笑う巨大な怪物のようだった。だが、もはや私に恐れはない。
私の手の中には二つの武器がある。一つはエリオット殿下が示してくれた宮廷内部の情報。そしてもう一つは父が約束してくれた、王国最強の軍という絶対的な力。
この二つを以って、私はアルフォンスとリヒター宰相が仕掛けてくる罠に立ち向かう。
軍縮会議。それが、おそらく最初の戦場となるだろう。彼らが私に見せつけようとする絶望を、私は見事な鮮やかさで彼ら自身に叩き返してやる。
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