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第一章:偽りの王都
第7話 軍縮会議の罠
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数日後、王宮の大ホールで『軍縮会議』が開催された。集まったのは国王陛下臨席のもと、王国の主だった貴族たち。玉座の脇にはアルフォンス殿下とリヒター宰相が、勝ち誇った顔で控えている。
会場の空気は異様な緊張感に包まれていた。誰もが、この会議が単なる話し合いの場ではないと理解しているのだ。これは王都中央と地方貴族との、権力闘争の幕開けだった。
そしてその最大の標的が私たちローゼンベルク家であることも、ここにいる全員が知っている。
私は父の名代として、公爵家の席に一人座っていた。向けられる視線には好奇、同情、そして敵意が入り混じっている。だが私の心は、凪いだ湖面のように静かだった。
会議はリヒター宰相の演説から始まった。
「……昨今の国際情勢を鑑み、また逼迫する国家財政を健全化するため、我々はここに、王国の軍備を適正な規模に縮小することを提案いたします!」
もっともらしい言葉を並べ立て、宰相は用意していた法案を読み上げる。その内容はあまりに狡猾で、悪意に満ちていた。
法案の骨子は、各国境守備軍の兵力を一律三割削減するというもの。一見、全ての貴族に平等な負担を強いるかのように聞こえる。
しかし、それは巧妙な罠だった。
内陸部の、もとより脅威の少ない領地を持つ貴族にとって三割の兵力削減はさほど痛手ではない。だが常に隣国との緊張状態にあり、広大な国境線を守る私たち東部辺境のローゼンベルク家にとって、三割の削減は致命的だ。それは領地の防衛機能が麻痺することを意味する。
「なんと……」 「これはローゼンベルク家を狙い撃ちにした法案ではないか……」
地方貴族たちの中からどよめきが起こる。宰相はその反応を待っていたかのように、にやりと笑った。
「これは決定事項です。エーデルラント王国の平和と安定のため、皆様のご理解とご協力をお願いしたい」
その横柄な態度に、私は静かに立ち上がった。全ての視線が私に集中する。
「宰相閣下、一つよろしいでしょうか?」
「……何かな、ヴィクトリア嬢」
宰相は忌々しげに私を見る。
「この法案は、あまりに現実が見えていない机上の空論としか思えませんわ。例えば南部の国境を守るマルティン辺境伯。彼の領地は最近、山賊の活動が活発化していると聞き及びます。その状況で兵力を三割も削減し、民の安全を守れると本気でお考えで?」
私が名を挙げたマルティン辺境伯は、宰相派の一人だ。彼はぎくりとした表情で私を見た。
私は続ける。エリオット殿下から得た情報を最大限に活用する。
「それに西部のヴァイス伯爵。あなたの領地では昨年、大規模な干ばつがあったとか。多額の復興費用が必要な中、この軍縮によって国からの補助金が削減されれば、領地経営が立ち行かなくなるのではなくて?」
「なっ……!?」
ヴァイス伯爵の顔がみるみる青ざめていく。私は宰相派に与する貴族たちの、個々の弱点を的確に突いていったのだ。
「皆様、お忘れなきよう。我々貴族の第一の務めは、領民の生活と安全を守ることです。王都の都合だけでその責務を放棄しろと仰せか、宰相閣下!」
私の言葉に、今まで沈黙していた地方貴族たちが次々と同調の声を上げ始めた。
「そうだ、その通りだ!」 「我々の領地のことを、何も分かっていない!」
会場の空気は一変した。宰相の目論見は明らかに崩れ始めている。
アルフォンス殿下が苛立った様子で口を挟む。
「黙れ、ヴィクトリア!これは王家の方針だ!一介の令嬢が口を出すことではない!」
「いいえ、殿下。私はローゼンベルク公爵家の代理としてこの場に立っております。そして何より、この国の未来を憂う一人の貴族です」
私は一歩も引かなかった。そして、最後の一手を打つ。
「そもそも国家財政が逼迫していると仰いますが、その最大の原因は一体どこにあるのでしょうね?」
私は意味ありげに宰相を見つめた。
「近年、王宮の改築や度重なる夜会の開催、そして出所の分からない多額の使途不明金……。まずは、その**『無駄』**を削減するのが先決ではございませんこと?」
私の言葉に、リヒター宰相の顔色が変わった。自身の不正蓄財を私が嗅ぎつけていると気づいたのだろう。その瞳に初めて焦りの色が浮かんだ。
「貴様……!何を根拠にそのようなことを……!」
「あら、ただの噂話ですわ。……ですが、火のない所に煙は立ちませんでしょう?」
私は天使のように無垢な微笑みを浮かべてみせる。だがその言葉が致命的な毒を持つことを、この場にいる誰もが理解したはずだ。
会議は完全に紛糾した。宰相が提出した法案は地方貴族たちの猛反発に遭い、採決どころではなくなってしまった。
私は静かに自分の席に戻る。最初の戦いは私の勝利だ。しかしこれはまだ序盤戦に過ぎない。
追い詰められた彼らが次にもっと汚い手を打ってくることは分かっている。おそらくその舞台は、数日後に開かれる夜会だろう。そこで私を社会的に抹殺し、全ての決着をつけようとするはずだ。
(望むところよ)
私はこれから始まる嵐を、静かに待っていた。父の言葉が再び脳裏に蘇る。
盤上を支配し、敵の意手意表を突け。
この宮廷というチェス盤で、最後に笑うのは私だ。チェックメイトの瞬間は、もうすぐそこまで迫っていた。
会場の空気は異様な緊張感に包まれていた。誰もが、この会議が単なる話し合いの場ではないと理解しているのだ。これは王都中央と地方貴族との、権力闘争の幕開けだった。
そしてその最大の標的が私たちローゼンベルク家であることも、ここにいる全員が知っている。
私は父の名代として、公爵家の席に一人座っていた。向けられる視線には好奇、同情、そして敵意が入り混じっている。だが私の心は、凪いだ湖面のように静かだった。
会議はリヒター宰相の演説から始まった。
「……昨今の国際情勢を鑑み、また逼迫する国家財政を健全化するため、我々はここに、王国の軍備を適正な規模に縮小することを提案いたします!」
もっともらしい言葉を並べ立て、宰相は用意していた法案を読み上げる。その内容はあまりに狡猾で、悪意に満ちていた。
法案の骨子は、各国境守備軍の兵力を一律三割削減するというもの。一見、全ての貴族に平等な負担を強いるかのように聞こえる。
しかし、それは巧妙な罠だった。
内陸部の、もとより脅威の少ない領地を持つ貴族にとって三割の兵力削減はさほど痛手ではない。だが常に隣国との緊張状態にあり、広大な国境線を守る私たち東部辺境のローゼンベルク家にとって、三割の削減は致命的だ。それは領地の防衛機能が麻痺することを意味する。
「なんと……」 「これはローゼンベルク家を狙い撃ちにした法案ではないか……」
地方貴族たちの中からどよめきが起こる。宰相はその反応を待っていたかのように、にやりと笑った。
「これは決定事項です。エーデルラント王国の平和と安定のため、皆様のご理解とご協力をお願いしたい」
その横柄な態度に、私は静かに立ち上がった。全ての視線が私に集中する。
「宰相閣下、一つよろしいでしょうか?」
「……何かな、ヴィクトリア嬢」
宰相は忌々しげに私を見る。
「この法案は、あまりに現実が見えていない机上の空論としか思えませんわ。例えば南部の国境を守るマルティン辺境伯。彼の領地は最近、山賊の活動が活発化していると聞き及びます。その状況で兵力を三割も削減し、民の安全を守れると本気でお考えで?」
私が名を挙げたマルティン辺境伯は、宰相派の一人だ。彼はぎくりとした表情で私を見た。
私は続ける。エリオット殿下から得た情報を最大限に活用する。
「それに西部のヴァイス伯爵。あなたの領地では昨年、大規模な干ばつがあったとか。多額の復興費用が必要な中、この軍縮によって国からの補助金が削減されれば、領地経営が立ち行かなくなるのではなくて?」
「なっ……!?」
ヴァイス伯爵の顔がみるみる青ざめていく。私は宰相派に与する貴族たちの、個々の弱点を的確に突いていったのだ。
「皆様、お忘れなきよう。我々貴族の第一の務めは、領民の生活と安全を守ることです。王都の都合だけでその責務を放棄しろと仰せか、宰相閣下!」
私の言葉に、今まで沈黙していた地方貴族たちが次々と同調の声を上げ始めた。
「そうだ、その通りだ!」 「我々の領地のことを、何も分かっていない!」
会場の空気は一変した。宰相の目論見は明らかに崩れ始めている。
アルフォンス殿下が苛立った様子で口を挟む。
「黙れ、ヴィクトリア!これは王家の方針だ!一介の令嬢が口を出すことではない!」
「いいえ、殿下。私はローゼンベルク公爵家の代理としてこの場に立っております。そして何より、この国の未来を憂う一人の貴族です」
私は一歩も引かなかった。そして、最後の一手を打つ。
「そもそも国家財政が逼迫していると仰いますが、その最大の原因は一体どこにあるのでしょうね?」
私は意味ありげに宰相を見つめた。
「近年、王宮の改築や度重なる夜会の開催、そして出所の分からない多額の使途不明金……。まずは、その**『無駄』**を削減するのが先決ではございませんこと?」
私の言葉に、リヒター宰相の顔色が変わった。自身の不正蓄財を私が嗅ぎつけていると気づいたのだろう。その瞳に初めて焦りの色が浮かんだ。
「貴様……!何を根拠にそのようなことを……!」
「あら、ただの噂話ですわ。……ですが、火のない所に煙は立ちませんでしょう?」
私は天使のように無垢な微笑みを浮かべてみせる。だがその言葉が致命的な毒を持つことを、この場にいる誰もが理解したはずだ。
会議は完全に紛糾した。宰相が提出した法案は地方貴族たちの猛反発に遭い、採決どころではなくなってしまった。
私は静かに自分の席に戻る。最初の戦いは私の勝利だ。しかしこれはまだ序盤戦に過ぎない。
追い詰められた彼らが次にもっと汚い手を打ってくることは分かっている。おそらくその舞台は、数日後に開かれる夜会だろう。そこで私を社会的に抹殺し、全ての決着をつけようとするはずだ。
(望むところよ)
私はこれから始まる嵐を、静かに待っていた。父の言葉が再び脳裏に蘇る。
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