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第一章:偽りの王都
第8話 最後の夜会
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軍縮会議での私の勝利は、王都の貴族社会に大きな波紋を広げた。リヒター宰相の権威は揺らぎ、今まで彼に従っていた貴族たちの中にも日和見を決め込む者が出始めた。
しかし追い詰められた獣ほど危険なものはない。アルフォンス殿下と宰相がこのまま黙っているはずがなかった。
そして運命の日はやってきた。国王陛下の誕生日を祝う、一年で最も盛大な夜会。王宮から届いた招待状は事実上の決闘の果たし状だと、私には分かっていた。おそらくこれが、私が王都で過ごす最後の夜になるだろう。
私は侍女たちが用意した数々の華やかなドレスには目もくれず、一着のドレスを選んだ。それはローゼンベルク家の色である、深い夜空のような紺色のドレス。余計な装飾は一切ない、シンプルで気品のあるデザイン。それはまるで戦場に赴く騎士の鎧のように、私の覚悟を映し出していた。
「ヴィクトリア様……お美しいです」
侍女が感嘆の息を漏らす。鏡に映る私は、自分でも驚くほど落ち着き払っていた。瞳の奥には冷たい炎が燃えている。
夜会の会場に足を踏み入れると、全ての音が、一瞬だけ止んだように感じた。全ての人間が私を見ている。誰もが今夜、何かが起こることを予感しているのだ。
私はその視線の海を、堂々と歩き抜ける。向かう先は玉座の前に立つ、アルフォンス殿下とリヒター宰相。
「……来たか、ヴィクトリア」
アルフォンス殿下が憎しみのこもった目で私を睨みつける。その隣でリヒター宰相は蛇のような冷たい笑みを浮かべていた。
「今宵は国王陛下のお誕生日を祝うめでたき日でございます。おめでとうございます、殿下」
私は何事もなかったかのように、優雅にカーテシーを決めてみせた。私のその態度が、さらに彼の怒りを煽ったようだ。
「ふざけるな!お前がこの国の和を乱したせいで、全てがめちゃくちゃだ!」
「和、でございますか?不正と腐敗に満ちたものを、和とは呼びませんわ」
「口答えをするな!」
アルフォンス殿下はついに堪忍袋の緒が切れたのか、大声で怒鳴りつけた。その声に、会場は水を打ったように静まり返る。
そして彼は言った。全ての貴族たちに聞こえるよう、はっきりと。
「ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルク!貴様のような淑女の慎みもなく、ただ戦のことしか頭にない女は、我が妻に、そしてこの国の王妃に相応しくない!」
来た。この時を待っていた。
彼の言葉は事実上の婚約破棄宣言だ。周りの貴族たちが息を呑む。
しかし私は動じない。むしろ心のどこかで安堵していた。これでようやく、この偽りの関係を終わらせることができる。
私が何も言わずにいると、アルフォンスはさらに続けた。
「お前の一族も同罪だ!王家の命令に逆らい、己の武力ばかりを誇示する反逆者どもめ!いずれローゼンベルク家にも、相応の罰を与えてくれる!」
その言葉を聞いた瞬間、私の表情から笑みが消えた。
(……今、何と?)
私個人への侮辱はいくらでも耐えよう。だが私の誇りである一族を、民を守るため命を懸けてきた父を『反逆者』と罵ることは、断じて許せない。
私の身体から、殺気にも似た冷たい覇気が立ち上る。その気配に、アルフォンスが一瞬怯んだのが分かった。
「……殿下。今の言葉、撤回していただけますわね?」
私の声は低く、静かだった。だがその声には、誰にも逆らうことのできない絶対的な圧力がこもっていた。
「な、なんだ、その目は……」
「もう一度お聞きします。今の言葉を、撤回なさい」
私がー歩彼に近づくと、彼は無意識にー歩後ずさった。その光景に、周りの貴族たちがざわめき始める。
その時だった。会場の隅に立つエリオット殿下と目が合った。彼は私に向かって、小さく、しかしはっきりと頷いてみせた。
(……ええ、殿下。もう覚悟はできておりますわ)
彼との間に交わされた無言の約束。それが私の最後の背中を押した。
私はアルフォンスから視線を外し、会場にいる全ての人間を見渡して高らかに宣言した。
「皆様、よくお聞きください!私、ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルクは、ただ今をもちましてアルフォンス第一王子殿下との婚約を、我が方より破棄させていただきます!」
「な……!?」 「自ら婚約を破棄だと……!?」
会場は今日一番の衝撃に包まれた。王子から婚約を破棄されるのではなく、令嬢の方から破棄を宣言するなど前代未聞のことだ。
アルフォンスは顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。
「き、貴様ぁっ!この私を侮辱する気か!」
「侮辱?とんでもない。むしろこれ以上、あなたのような愚かな方の婚約者であり続けることこそ、我がローゼンベル-ク家にとって最大の侮辱ですわ」
私は言い放った。もう何も恐れるものはない。
これが王都で過ごす最後の夜。そして偽りの私を演じる、最後の舞台。
私は彼らに背を向け、会場の出口へ向かってゆっくりと歩き出した。モーゼの海割りのように、私のために道が開かれていく。
「待て!逃がすものか!誰か、あの女を捕らえよ!」
アルフォンスのヒステリックな声が背後から聞こえる。しかし近衛騎士たちは誰一人として動こうとしない。私の放つ気迫に完全に呑まれているのだ。
私は一度だけ振り返り、氷のような視線で彼らを射抜いた。
「王都よ、さらば。次に私がこの地を踏む時、それはあなたたちの時代の終わりを告げる時ですわ」
その言葉を残し、私は夜の闇へと消えた。最後の夜会は、私の完全なる勝利で幕を閉じた。
しかし本当の戦いは、ここから始まるのだ。王都を脱出し故郷へ帰る。そして父と共に、この腐敗した国に鉄槌を下す。
私の胸は、これから始まるであろう激しい戦への期待に高鳴っていた。
しかし追い詰められた獣ほど危険なものはない。アルフォンス殿下と宰相がこのまま黙っているはずがなかった。
そして運命の日はやってきた。国王陛下の誕生日を祝う、一年で最も盛大な夜会。王宮から届いた招待状は事実上の決闘の果たし状だと、私には分かっていた。おそらくこれが、私が王都で過ごす最後の夜になるだろう。
私は侍女たちが用意した数々の華やかなドレスには目もくれず、一着のドレスを選んだ。それはローゼンベルク家の色である、深い夜空のような紺色のドレス。余計な装飾は一切ない、シンプルで気品のあるデザイン。それはまるで戦場に赴く騎士の鎧のように、私の覚悟を映し出していた。
「ヴィクトリア様……お美しいです」
侍女が感嘆の息を漏らす。鏡に映る私は、自分でも驚くほど落ち着き払っていた。瞳の奥には冷たい炎が燃えている。
夜会の会場に足を踏み入れると、全ての音が、一瞬だけ止んだように感じた。全ての人間が私を見ている。誰もが今夜、何かが起こることを予感しているのだ。
私はその視線の海を、堂々と歩き抜ける。向かう先は玉座の前に立つ、アルフォンス殿下とリヒター宰相。
「……来たか、ヴィクトリア」
アルフォンス殿下が憎しみのこもった目で私を睨みつける。その隣でリヒター宰相は蛇のような冷たい笑みを浮かべていた。
「今宵は国王陛下のお誕生日を祝うめでたき日でございます。おめでとうございます、殿下」
私は何事もなかったかのように、優雅にカーテシーを決めてみせた。私のその態度が、さらに彼の怒りを煽ったようだ。
「ふざけるな!お前がこの国の和を乱したせいで、全てがめちゃくちゃだ!」
「和、でございますか?不正と腐敗に満ちたものを、和とは呼びませんわ」
「口答えをするな!」
アルフォンス殿下はついに堪忍袋の緒が切れたのか、大声で怒鳴りつけた。その声に、会場は水を打ったように静まり返る。
そして彼は言った。全ての貴族たちに聞こえるよう、はっきりと。
「ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルク!貴様のような淑女の慎みもなく、ただ戦のことしか頭にない女は、我が妻に、そしてこの国の王妃に相応しくない!」
来た。この時を待っていた。
彼の言葉は事実上の婚約破棄宣言だ。周りの貴族たちが息を呑む。
しかし私は動じない。むしろ心のどこかで安堵していた。これでようやく、この偽りの関係を終わらせることができる。
私が何も言わずにいると、アルフォンスはさらに続けた。
「お前の一族も同罪だ!王家の命令に逆らい、己の武力ばかりを誇示する反逆者どもめ!いずれローゼンベルク家にも、相応の罰を与えてくれる!」
その言葉を聞いた瞬間、私の表情から笑みが消えた。
(……今、何と?)
私個人への侮辱はいくらでも耐えよう。だが私の誇りである一族を、民を守るため命を懸けてきた父を『反逆者』と罵ることは、断じて許せない。
私の身体から、殺気にも似た冷たい覇気が立ち上る。その気配に、アルフォンスが一瞬怯んだのが分かった。
「……殿下。今の言葉、撤回していただけますわね?」
私の声は低く、静かだった。だがその声には、誰にも逆らうことのできない絶対的な圧力がこもっていた。
「な、なんだ、その目は……」
「もう一度お聞きします。今の言葉を、撤回なさい」
私がー歩彼に近づくと、彼は無意識にー歩後ずさった。その光景に、周りの貴族たちがざわめき始める。
その時だった。会場の隅に立つエリオット殿下と目が合った。彼は私に向かって、小さく、しかしはっきりと頷いてみせた。
(……ええ、殿下。もう覚悟はできておりますわ)
彼との間に交わされた無言の約束。それが私の最後の背中を押した。
私はアルフォンスから視線を外し、会場にいる全ての人間を見渡して高らかに宣言した。
「皆様、よくお聞きください!私、ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルクは、ただ今をもちましてアルフォンス第一王子殿下との婚約を、我が方より破棄させていただきます!」
「な……!?」 「自ら婚約を破棄だと……!?」
会場は今日一番の衝撃に包まれた。王子から婚約を破棄されるのではなく、令嬢の方から破棄を宣言するなど前代未聞のことだ。
アルフォンスは顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。
「き、貴様ぁっ!この私を侮辱する気か!」
「侮辱?とんでもない。むしろこれ以上、あなたのような愚かな方の婚約者であり続けることこそ、我がローゼンベル-ク家にとって最大の侮辱ですわ」
私は言い放った。もう何も恐れるものはない。
これが王都で過ごす最後の夜。そして偽りの私を演じる、最後の舞台。
私は彼らに背を向け、会場の出口へ向かってゆっくりと歩き出した。モーゼの海割りのように、私のために道が開かれていく。
「待て!逃がすものか!誰か、あの女を捕らえよ!」
アルフォンスのヒステリックな声が背後から聞こえる。しかし近衛騎士たちは誰一人として動こうとしない。私の放つ気迫に完全に呑まれているのだ。
私は一度だけ振り返り、氷のような視線で彼らを射抜いた。
「王都よ、さらば。次に私がこの地を踏む時、それはあなたたちの時代の終わりを告げる時ですわ」
その言葉を残し、私は夜の闇へと消えた。最後の夜会は、私の完全なる勝利で幕を閉じた。
しかし本当の戦いは、ここから始まるのだ。王都を脱出し故郷へ帰る。そして父と共に、この腐敗した国に鉄槌を下す。
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