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第一章:偽りの王都
第10話 決別の序曲
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嵐の前の静けさは長くは続かなかった。私たちが屋敷を出て王都の裏路地を駆け抜けていると、遠くからけたたましい鐘の音が鳴り響いた。
カン、カン、カン、カン!
それは王都全域に非常事態を告げる警鐘の音。私を捕らえるため、ついに王都の門が封鎖されたのだ。
「ヴィクトリア様、急いで!宰相の手の者がこちらに向かっています!」
先導する家臣が切迫した声を上げる。背後からは複数の足音と、甲冑の擦れる音が迫る。思ったよりも敵の動きが早い。
(リヒター宰相……。私がこう動くことまで読んでいたというの?)
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。私たちは迷路のような路地を、月明かりだけを頼りに疾走する。目指すは王都の北壁。そこには古い水道橋があり、壁の外へと抜ける唯一の隠し通路となっている。これもエリオット殿下が教えてくれた情報だ。
「見つけたぞ!反逆者ヴィクトリアだ!」
角を曲がった瞬間、正面から宰相の私兵たちが現れた。その数およそ二十。対する私たちは十数名。数ではこちらが不利だ。
「私が引き受けます!皆様は先へ!」
一人の家臣が剣を抜き、前に躍り出た。
「だめよ!全員で切り抜けるわ!」
私も腰の剣を抜き放つ。白銀の刃が闇夜に一筋の光を描いた。
「女子供が剣など抜いて!大人しく投降すれば命だけは助けてやろう!」
敵のリーダー格らしき男が、下卑た笑いを浮かべる。
(……この男、私をただの令嬢だと侮っている)
それならば好都合。その油断が命取りになると、教えてあげる。
私は地面を強く蹴った。ドレスの裾を翻し、舞うように敵の集団へ突っ込む。その動きは彼らが想像する令嬢のか弱いそれとは、全く異質のものだった。
速く、しなやかに、そして鋭く。
「なっ……!?」
リーダー格の男が驚愕の声を上げる間もなく、私は彼の懐に潜り込んでいた。銀薔薇の剣閃が闇を切り裂く。
キィィン!
甲高い金属音と共に、男の剣が中ほどからあっさりと折れて飛んだ。
「ひっ……!?」
男の顔から血の気が引いていく。私はその喉元に切っ先を突きつけていた。
「次に私を侮辱する時は、その首が胴から離れる時だと思いなさい」
氷のように冷たい声で言い放つと、男は腰を抜かしその場にへたり込んだ。リーダーを失った私兵たちは完全に戦意を喪失している。その隙を私の家臣たちが見逃すはずがなかった。
「うおおおっ!」
雄叫びと共に、彼らは残りの私兵たちに襲いかかる。もはや勝敗は決したも同然だった。
私たちは敵を無力化すると、再び北壁へ向かって走り出した。警鐘の音はますます大きくなっている。王都全体が、私というたった一人の女を捕らえるために動き出しているのだ。
息を切らしながら、私たちはついに目的の水道橋の下にたどり着いた。古びたレンガの壁には、エリオット殿下から聞いていた通りの小さな隠し扉があった。
「ここよ!急いで!」
家臣の一人が扉に手をかけ、力を込める。ギィィ……と、錆びついた蝶番が悲鳴のような音を立てた。
扉の向こうには、下水の嫌な匂いと共に漆黒の闇が広がっている。この先を進めば私たちは王都の外へ出られる。だがそれは同時に、もう二度と引き返せないことも意味していた。
私は一度だけ王宮の方角を振り返った。きらびやかな王宮は今や、私を捕らえようとする巨大な牢獄にしか見えない。
(さようなら、アルフォンス殿下) (さようなら、私の偽りの日々)
私は全ての未練を断ち切るように、闇の中へと足を踏み入れた。ここからが本当の始まり。決別の時は終わり、反撃の狼煙を上げる時が来たのだ。
……だがこの時の私は、まだ気づいていなかった。この脱出行がリヒター宰相の仕掛けた、さらなる巨大な罠への入り口に過ぎなかったことを。そしてこの先に待ち受けているのが、私の想像を絶する過酷な運命の序曲であることを。
王都の門が私の背後で重々しく閉ざされていく。それは一つの時代の終わりと新たな時代の始まりを告げる、荘厳な序曲のように私の耳に響いていた。
カン、カン、カン、カン!
それは王都全域に非常事態を告げる警鐘の音。私を捕らえるため、ついに王都の門が封鎖されたのだ。
「ヴィクトリア様、急いで!宰相の手の者がこちらに向かっています!」
先導する家臣が切迫した声を上げる。背後からは複数の足音と、甲冑の擦れる音が迫る。思ったよりも敵の動きが早い。
(リヒター宰相……。私がこう動くことまで読んでいたというの?)
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。私たちは迷路のような路地を、月明かりだけを頼りに疾走する。目指すは王都の北壁。そこには古い水道橋があり、壁の外へと抜ける唯一の隠し通路となっている。これもエリオット殿下が教えてくれた情報だ。
「見つけたぞ!反逆者ヴィクトリアだ!」
角を曲がった瞬間、正面から宰相の私兵たちが現れた。その数およそ二十。対する私たちは十数名。数ではこちらが不利だ。
「私が引き受けます!皆様は先へ!」
一人の家臣が剣を抜き、前に躍り出た。
「だめよ!全員で切り抜けるわ!」
私も腰の剣を抜き放つ。白銀の刃が闇夜に一筋の光を描いた。
「女子供が剣など抜いて!大人しく投降すれば命だけは助けてやろう!」
敵のリーダー格らしき男が、下卑た笑いを浮かべる。
(……この男、私をただの令嬢だと侮っている)
それならば好都合。その油断が命取りになると、教えてあげる。
私は地面を強く蹴った。ドレスの裾を翻し、舞うように敵の集団へ突っ込む。その動きは彼らが想像する令嬢のか弱いそれとは、全く異質のものだった。
速く、しなやかに、そして鋭く。
「なっ……!?」
リーダー格の男が驚愕の声を上げる間もなく、私は彼の懐に潜り込んでいた。銀薔薇の剣閃が闇を切り裂く。
キィィン!
甲高い金属音と共に、男の剣が中ほどからあっさりと折れて飛んだ。
「ひっ……!?」
男の顔から血の気が引いていく。私はその喉元に切っ先を突きつけていた。
「次に私を侮辱する時は、その首が胴から離れる時だと思いなさい」
氷のように冷たい声で言い放つと、男は腰を抜かしその場にへたり込んだ。リーダーを失った私兵たちは完全に戦意を喪失している。その隙を私の家臣たちが見逃すはずがなかった。
「うおおおっ!」
雄叫びと共に、彼らは残りの私兵たちに襲いかかる。もはや勝敗は決したも同然だった。
私たちは敵を無力化すると、再び北壁へ向かって走り出した。警鐘の音はますます大きくなっている。王都全体が、私というたった一人の女を捕らえるために動き出しているのだ。
息を切らしながら、私たちはついに目的の水道橋の下にたどり着いた。古びたレンガの壁には、エリオット殿下から聞いていた通りの小さな隠し扉があった。
「ここよ!急いで!」
家臣の一人が扉に手をかけ、力を込める。ギィィ……と、錆びついた蝶番が悲鳴のような音を立てた。
扉の向こうには、下水の嫌な匂いと共に漆黒の闇が広がっている。この先を進めば私たちは王都の外へ出られる。だがそれは同時に、もう二度と引き返せないことも意味していた。
私は一度だけ王宮の方角を振り返った。きらびやかな王宮は今や、私を捕らえようとする巨大な牢獄にしか見えない。
(さようなら、アルフォンス殿下) (さようなら、私の偽りの日々)
私は全ての未練を断ち切るように、闇の中へと足を踏み入れた。ここからが本当の始まり。決別の時は終わり、反撃の狼煙を上げる時が来たのだ。
……だがこの時の私は、まだ気づいていなかった。この脱出行がリヒター宰相の仕掛けた、さらなる巨大な罠への入り口に過ぎなかったことを。そしてこの先に待ち受けているのが、私の想像を絶する過酷な運命の序曲であることを。
王都の門が私の背後で重々しく閉ざされていく。それは一つの時代の終わりと新たな時代の始まりを告げる、荘厳な序曲のように私の耳に響いていた。
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