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第二章:侮辱と決別
第12話 投げつけられた手袋
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森の闇は私の最高の味方だった。幼い頃から父と共にローゼンベルクの広大な森で狩りをしてきた私にとって、木々のざわめき、土の匂い、獣たちの気配は全て手に取るように分かる。
一方、王都育ちのルドルフの兵士たちにとってこの森はただの不気味な暗闇でしかない。彼らは恐怖と焦りから無駄に松明を振り回し、大声を上げながら私を捜索している。そのおかげで、彼らの位置は私には筒抜けだった。
(……まずは敵の目を奪う)
私は音を立てずに木々を移動し、孤立している敵兵の背後に忍び寄った。彼が持つ松明が唯一の明かり。
それは一瞬の出来事だった。私は風のように彼の背後を駆け抜け、すれ違いざまに銀薔薇の剣を振るう。狙いは兵士ではなく、彼が持つ松明の柄だ。
スパァン!
乾いた音と共に松明が地面に落ちて火が消える。突然の暗闇に、兵士は悲鳴を上げた。
「な、何だ!?どこだ!?」
私はすでにそこにはいない。次々と、同じ手口で敵兵たちの松明を消していく。一人、また一人と彼らの視界を闇で塗りつぶしていくのだ。
「うわぁっ!」 「敵はどこにいる!?」
森のあちこちで混乱と恐怖の叫び声が上がる。彼らにとって私は姿の見えない亡霊のような存在だろう。この心理的な揺さぶりこそが、ゲリラ戦の基本だ。
「落ち着け!陣形を乱すな!円陣を組んで周囲を警戒しろ!」
馬上からルドルフの苛立った声が響き渡る。彼はさすがに騎士団長だけあって状況判断が早い。兵士たちは彼の命令に従い、背中合わせの円陣を組み始めた。これでは背後から忍び寄ることは難しい。
(……でも、それでいい)
敵が防御を固めた、まさにその時こそ私の仲間たちが動く絶好の機会なのだから。
私は梟(ふくろう)の鳴き声に似せた特殊な音を三度響かせた。それが仲間たちへの攻撃開始の合図だった。
次の瞬間、森の四方から無数の矢が放たれた!
「ぐわぁっ!」 「敵襲!矢だ!」
円陣を組んでいた兵士たちが次々と悲鳴を上げて倒れていく。私の仲間たちは皆ローゼンベルクで鍛え上げられた弓の名手ばかり。暗闇の中でも松明の光が残る敵の中心部を、正確に射抜いているのだ。
「くっ……!小賢しい真似を!」
ルドルフは自らの剣で飛んでくる矢を弾きながら、怒りに顔を歪ませている。
「火を消せ!松明を消すんだ!的になるぞ!」
彼は叫ぶが、それは悪手だった。全ての松明が消され完全な暗闇が訪れた、その瞬間。
「――今よ!!」
私の号令が森に響き渡る。それを合図に、息を潜めていた私の家臣たちが一斉に茂みから躍り出た!
闇に目が慣れた私たちにとって、暗闇はもはや障害ではない。逆に光を失った敵兵たちは完全に方向感覚を失い、ただうろたえるだけだ。
「どこだ!どこから来る!?」 「見えない!何も見えないぞ!」
一方的な蹂躙が始まった。私の仲間たちは闇に紛れて敵兵を一人、また一人と確実に仕留めていく。悲鳴と剣戟の音だけが、闇夜に木霊した。
私は敵兵には目もくれず、ただ一人馬上のルドルフだけを見据えていた。
「……ルドルフ卿。あなたの負けですわ」
暗闇の中から静かに声をかけると、彼はビクリと肩を震わせた。
「ヴィクトリア……!どこだ!姿を現せ!」
「あなたの目の前にいるでしょう?」
私はゆっくりと彼の前に姿を現した。月明かりが私の銀色の髪と白銀の剣をぼんやりと照らし出す。その幻想的な光景に、ルドルフは一瞬言葉を失ったようだ。
「……化け物め」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。さあ、どうしますか?これ以上無駄な血を流し、あなたの大事な部下たちを死なせたいのでなければ、道をお開けなさい」
これが私から彼への、最後の勧告だった。
だが彼は宰相への忠誠心か、あるいは騎士としての最後の意地か、その申し出を拒否した。
「ふざけるな!反逆者に、この私が膝を屈するとでも思ったか!お前の首さえ取れば、それで全て終わるのだ!」
ルドルフは馬から飛び降りると、その大剣を構え私に向かって突進してきた。
「うおおおおおっ!!」
凄まじい気迫。だがその動きはあまりに直線的で、力に頼りすぎている。戦場を駆けてきた私から見れば、隙だらけだった。
私は彼が振り下ろす大剣を、紙一重でひらりとかわす。そして体勢を崩したその脇腹へ、銀薔薇の剣の柄を思い切り叩き込んだ。
ドガァッ!
「ぐっ……!?」
鈍い音と共にルドルフはくの字に体を折り曲げ、地面に倒れ込んだ。私は彼の喉元に再び剣の切っ先を突きつける。
「……言ったはずですわ。私を侮るな、と」
勝敗は決した。残っていた敵兵たちも主が敗れたのを見て、完全に戦意を喪失し武器を捨てていく。
私はルドルフを見下ろし、冷たく言い放った。
「命までは取りません。王都に帰り、あなたの主に伝えなさい。――ローゼンベルクの獅子は、目覚めた、と」
その言葉は宣戦布告。もはや引き返すことのできない、全面戦争の始まりを告げる狼煙だった。
一方、王都育ちのルドルフの兵士たちにとってこの森はただの不気味な暗闇でしかない。彼らは恐怖と焦りから無駄に松明を振り回し、大声を上げながら私を捜索している。そのおかげで、彼らの位置は私には筒抜けだった。
(……まずは敵の目を奪う)
私は音を立てずに木々を移動し、孤立している敵兵の背後に忍び寄った。彼が持つ松明が唯一の明かり。
それは一瞬の出来事だった。私は風のように彼の背後を駆け抜け、すれ違いざまに銀薔薇の剣を振るう。狙いは兵士ではなく、彼が持つ松明の柄だ。
スパァン!
乾いた音と共に松明が地面に落ちて火が消える。突然の暗闇に、兵士は悲鳴を上げた。
「な、何だ!?どこだ!?」
私はすでにそこにはいない。次々と、同じ手口で敵兵たちの松明を消していく。一人、また一人と彼らの視界を闇で塗りつぶしていくのだ。
「うわぁっ!」 「敵はどこにいる!?」
森のあちこちで混乱と恐怖の叫び声が上がる。彼らにとって私は姿の見えない亡霊のような存在だろう。この心理的な揺さぶりこそが、ゲリラ戦の基本だ。
「落ち着け!陣形を乱すな!円陣を組んで周囲を警戒しろ!」
馬上からルドルフの苛立った声が響き渡る。彼はさすがに騎士団長だけあって状況判断が早い。兵士たちは彼の命令に従い、背中合わせの円陣を組み始めた。これでは背後から忍び寄ることは難しい。
(……でも、それでいい)
敵が防御を固めた、まさにその時こそ私の仲間たちが動く絶好の機会なのだから。
私は梟(ふくろう)の鳴き声に似せた特殊な音を三度響かせた。それが仲間たちへの攻撃開始の合図だった。
次の瞬間、森の四方から無数の矢が放たれた!
「ぐわぁっ!」 「敵襲!矢だ!」
円陣を組んでいた兵士たちが次々と悲鳴を上げて倒れていく。私の仲間たちは皆ローゼンベルクで鍛え上げられた弓の名手ばかり。暗闇の中でも松明の光が残る敵の中心部を、正確に射抜いているのだ。
「くっ……!小賢しい真似を!」
ルドルフは自らの剣で飛んでくる矢を弾きながら、怒りに顔を歪ませている。
「火を消せ!松明を消すんだ!的になるぞ!」
彼は叫ぶが、それは悪手だった。全ての松明が消され完全な暗闇が訪れた、その瞬間。
「――今よ!!」
私の号令が森に響き渡る。それを合図に、息を潜めていた私の家臣たちが一斉に茂みから躍り出た!
闇に目が慣れた私たちにとって、暗闇はもはや障害ではない。逆に光を失った敵兵たちは完全に方向感覚を失い、ただうろたえるだけだ。
「どこだ!どこから来る!?」 「見えない!何も見えないぞ!」
一方的な蹂躙が始まった。私の仲間たちは闇に紛れて敵兵を一人、また一人と確実に仕留めていく。悲鳴と剣戟の音だけが、闇夜に木霊した。
私は敵兵には目もくれず、ただ一人馬上のルドルフだけを見据えていた。
「……ルドルフ卿。あなたの負けですわ」
暗闇の中から静かに声をかけると、彼はビクリと肩を震わせた。
「ヴィクトリア……!どこだ!姿を現せ!」
「あなたの目の前にいるでしょう?」
私はゆっくりと彼の前に姿を現した。月明かりが私の銀色の髪と白銀の剣をぼんやりと照らし出す。その幻想的な光景に、ルドルフは一瞬言葉を失ったようだ。
「……化け物め」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。さあ、どうしますか?これ以上無駄な血を流し、あなたの大事な部下たちを死なせたいのでなければ、道をお開けなさい」
これが私から彼への、最後の勧告だった。
だが彼は宰相への忠誠心か、あるいは騎士としての最後の意地か、その申し出を拒否した。
「ふざけるな!反逆者に、この私が膝を屈するとでも思ったか!お前の首さえ取れば、それで全て終わるのだ!」
ルドルフは馬から飛び降りると、その大剣を構え私に向かって突進してきた。
「うおおおおおっ!!」
凄まじい気迫。だがその動きはあまりに直線的で、力に頼りすぎている。戦場を駆けてきた私から見れば、隙だらけだった。
私は彼が振り下ろす大剣を、紙一重でひらりとかわす。そして体勢を崩したその脇腹へ、銀薔薇の剣の柄を思い切り叩き込んだ。
ドガァッ!
「ぐっ……!?」
鈍い音と共にルドルフはくの字に体を折り曲げ、地面に倒れ込んだ。私は彼の喉元に再び剣の切っ先を突きつける。
「……言ったはずですわ。私を侮るな、と」
勝敗は決した。残っていた敵兵たちも主が敗れたのを見て、完全に戦意を喪失し武器を捨てていく。
私はルドルフを見下ろし、冷たく言い放った。
「命までは取りません。王都に帰り、あなたの主に伝えなさい。――ローゼンベルクの獅子は、目覚めた、と」
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