『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第二章:侮辱と決別

第13話 忠誠の撤回

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ルドルフの騎士団を退けた私たちは、夜が明ける前に少しでも王都から距離を稼ぐ必要があった。幸い敵の馬を数頭奪うことができたため、移動速度は格段に上がった。

「ヴィクトリア様、お見事な指揮でした」

馬を並走させながら、家臣の一人である老練な騎士ゲオルグが感嘆の声を漏らす。彼は私が幼い頃から剣術を教えてくれた、師のような存在だ。

「皆が私の指示を信じて動いてくれたおかげよ」

「いいえ。あの絶望的な状況で冷静に敵の弱点を見抜き、地の利を最大限に活かす……。まさに公爵閣下譲りの軍才ですな」

彼の言葉に、私は少しだけ頬を緩めた。だがすぐに表情を引き締める。戦いはまだ終わっていない。

私たちはしばらく無言で馬を走らせた。森を抜け、岩がちな丘陵地帯に出る。振り返ると、はるか遠くに王都のシルエットが見えた。

(……あの都に、私の居場所はなかった)

心の中で静かに呟く。政略結婚の道具として、ただ飼い殺しにされる日々。見せかけの平和と偽りの笑顔。私の誇りを、魂を少しずつ蝕んでいくあの場所。

アルフォンス殿下。リヒター宰相。そして彼らに媚びへつらい、真実から目を背ける貴族たち。彼らが治めるエーデルラント王国に、もはや私が忠誠を誓う意味などどこにもない。

(今日この時をもって、私は王家への忠誠を完全に撤回する)

私の忠誠は、この身に流れるローゼンベルクの血に。私を信じ、命を懸けて守ってくれる仲間たちに。そして私の帰りを待つ、故郷の愛すべき領民たちに。その全てを捧げよう。

私が新たな決意を固めた、その時だった。

「ヴィクトリア様、伏せて!!」

ゲオルグの鋭い声が響く。見ると丘の上の岩陰から、数人の人影が弓を構えているのが見えた。ルドルフの騎士団の残党だ!彼らは私たちの後を執拗につけてきていたのだ。

ヒュン!ヒュン!と、矢が雨のように降り注ぐ。私たちは慌てて馬から飛び降り、岩陰に身を隠した。

「くそっ、しつこい奴らだ!」 「数は五人……!だが高所を取られていて、こちらからは手が出せん!」

状況は極めて不利だった。下から矢を射っても岩に阻まれて届かない。かといって、このままではジリ貧だ。

「……私が陽動に出ます」

ゲオルグが覚悟を決めた顔で言った。

「何ですって!?だめよ、危険すぎるわ!」

「しかしこのままでは……!ヴィクトリア様をお守りすることこそ我が使命!老いぼれの最後の見せ場ですわ!」

ゲオルグは私の制止も聞かず、盾を構えて岩陰から飛び出した。

「うおおおっ!反逆者はこの私だ!撃てるものなら撃ってみろ!」

その雄叫びに、敵の注意が全て引きつけられる。案の定、五本の矢が一斉に彼へと殺到した。

ガギン! ドスッ!

盾で数本は防いだが、一本が彼の肩を深く貫いた。

「ぐっ……!」

「ゲオルグ!」

私は思わず駆け寄ろうとする。しかし彼は私を手で制し、叫んだ。

「今です、ヴィクトリア様!敵は矢を番(つが)え直している!この隙に!」

彼の覚悟を無駄にはできない。私は唇を強く噛みしめ、仲間に指示を出す。

「三人一組で左右に展開!回り込んで敵の側面を突きなさい!」

「はっ!」

仲間たちが俊敏に動き出す。そして私は――。まっすぐに丘の上へと駆け上がった。

私の手には剣ではなく、弓が握られていた。これも戦場では得意としてきた得物の一つだ。

走りながら矢を番え、弦をギリギリと引き絞る。風を読む。距離を測る。敵の動きを予測する。思考が極限まで研ぎ澄まされていく。

岩陰から新たな矢を番えようとする敵兵の一人が、顔を覗かせた。その瞬間を私は見逃さない。

――見えた。

指から放たれた矢は美しい軌跡を描き、風を切って飛んでいく。そして寸分の狂いもなく、敵兵の兜の隙間、その眉間へと吸い込まれていった。

「……なっ!?」

仲間の一人が射殺されたことに、残りの兵士たちが動揺する。その隙が命取りだった。左右から回り込んだ私の家臣たちが、一斉に彼らに襲いかかったのだ。

あっという間に残党は制圧された。私は弓を捨て、ゲオルグの元へと駆け寄った。

「ゲオルグ!しっかりして!」

「……ヴィクトリア様。ご無事で、何より……です」

彼は肩に矢が刺さったまま、弱々しく微笑んだ。

「馬鹿なことをしないで!あなたが死んでしまったら意味がないでしょう!」

「ふふ……。貴女様をお守りできたのなら本望……。それにこの傷、大したことはありませぬ……」

幸い矢は急所を外れていた。私たちはすぐに応急処置を施す。

私は彼の血で濡れた自分の手を見つめた。怒りが、腹の底からマグマのように込み上げてくる。私のかけがえのない仲間を傷つけた者たち。そしてその元凶である、王都の腐敗した権力者たち。

(……許さない)

絶対に許さない。リヒター宰相。アルフォンス殿下。あなたたちはローゼンベルクの、そして私の本当の怒りを買った。それはあなたたちが今まで経験したことのない、全てを焼き尽くすほどの激しい怒りだ。

忠誠の撤回。それは生ぬるい決意ではなかった。私の心は今や王家への憎しみと、復讐の炎で燃え盛っていた。この炎は、彼らが滅びるまで決して消えることはないだろう。
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