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第二章:侮辱と決別
第15話 闇夜の脱出行
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王都に背を向けてからの旅は、過酷を極めた。追手を警戒し、私たちは昼間は森や洞窟に身を潜め、夜の闇に紛れて移動を続けた。食料は森で狩った獣や木の実でなんとか凌いだが、日に日に皆の顔には疲労の色が濃くなっていく。
特に肩を負傷したゲオルグの体力が心配だった。彼は気丈に振る舞っているが、時折痛みに顔を歪めているのを私は見逃さなかった。
「皆、もう少しよ。父上が差し向けてくれたコンラートの部隊との合流地点は、もうすぐのはずだわ」
私は仲間たちを励まし続けた。リーダーである私が弱音を吐くわけにはいかない。どんな時でも毅然としていなければならないのだ。それが上に立つ者の責務だから。
脱出行を始めてから五日目の夜。私たちはローゼンベルク領との境界に近い深い渓谷に差し掛かっていた。ここを抜ければ、合流地点は目と鼻の先だ。
月明かりだけを頼りに、私たちは慎重に馬を進める。両側は切り立った崖。もしここで敵に待ち伏せでもされれば、逃げ場はない。全員の緊張が極限まで高まっていた。
その時、先頭を進んでいた家臣がぴたりと馬を止めた。
「……ヴィクトリア様」
彼の声は低く、緊張に震えていた。
「どうしたの?」
「……前方に、複数の灯りが」
彼の指差す先、渓谷の出口付近の暗闇に数えきれないほどの松明の火が揺らめいて見えた。その数は百や二百ではきかない。千は下らないだろう。
(……まさか!)
私の血の気がさっと引いていく。リヒター宰相の追手がここまで先回りしていたというのか。この規模はもはや騎士団ではない。軍隊だ。
「……罠、だったというのか」
ゲオルグが絶望的な声で呟く。コンラートとの合流地点の情報が敵に漏れていた……?いや、そんなはずはない。父上がそのような失態を犯すはずがない。
では、一体……?
松明の集団がゆっくりとこちらに向かってくるのが分かった。私たちは完全に進路を塞がれ、袋の鼠だ。
仲間たちの顔に死を覚悟した悲壮な色が浮かぶ。ここまで来て、全て終わりなのか。故郷を、目前にして。
(……諦めるものですか)
私は銀薔薇の剣の柄を強く握りしめた。たとえ最後の一人になっても戦ってやる。ローゼンベルクの誇りをここで捨てるわけにはいかない。
私が前に出ようとした、その時だった。近づく灯りの集団の中から、一つの旗が風にはためくのが見えた。
月明かりに照らし出された、その旗の紋章。それは――。
『黄金の獅子と、白銀の薔薇』
見間違えるはずがない。我がローゼンベルク家の誇り高き旗印だった。
「……あ……」
私の口から声にならない声が漏れる。
あれは敵ではない。味方だ。コンラートの部隊だ!
いや、違う。父の密書では五十名のはずだった。あの数は五十どころではない。ローゼンベルク騎士団のほぼ全軍に近い。
どういうこと?
混乱する私の耳に、懐かしい力強い声が闇夜を切り裂いて届いた。
「ヴィクトリアァァァッ!!」
その声の主はコンラートだった。彼は騎士団の先頭で馬を駆り、私の名を叫んでいる。そして、その隣には――。
「……父、上……?」
見間違えるはずがない。王国最強の将軍と謳われた我が父、ゲルハルト・フォン・ローゼンベルク公爵その人だった。
父はコンラートだけでなく、自ら軍を率いて私を迎えに来てくれたのだ。
「……ああ……あ……」
その姿を認めた瞬間、今まで張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。涙が堰を切ったように、頬を伝って溢れ出す。もう、強がる必要はないのだ。
私は馬を走らせた。父の、その大きな胸の中へ飛び込むために。
闇夜の脱出行は終わった。
だがそれは安息の始まりではなく、ローゼンベルク家の、そして私の反撃の始まりを告げる狼煙だったのだ。
父との再会。それは、これから始まる王国全土を巻き込む大戦乱の、壮大な序曲に過ぎなかった。私の本当の戦いは、ここから始まる。
特に肩を負傷したゲオルグの体力が心配だった。彼は気丈に振る舞っているが、時折痛みに顔を歪めているのを私は見逃さなかった。
「皆、もう少しよ。父上が差し向けてくれたコンラートの部隊との合流地点は、もうすぐのはずだわ」
私は仲間たちを励まし続けた。リーダーである私が弱音を吐くわけにはいかない。どんな時でも毅然としていなければならないのだ。それが上に立つ者の責務だから。
脱出行を始めてから五日目の夜。私たちはローゼンベルク領との境界に近い深い渓谷に差し掛かっていた。ここを抜ければ、合流地点は目と鼻の先だ。
月明かりだけを頼りに、私たちは慎重に馬を進める。両側は切り立った崖。もしここで敵に待ち伏せでもされれば、逃げ場はない。全員の緊張が極限まで高まっていた。
その時、先頭を進んでいた家臣がぴたりと馬を止めた。
「……ヴィクトリア様」
彼の声は低く、緊張に震えていた。
「どうしたの?」
「……前方に、複数の灯りが」
彼の指差す先、渓谷の出口付近の暗闇に数えきれないほどの松明の火が揺らめいて見えた。その数は百や二百ではきかない。千は下らないだろう。
(……まさか!)
私の血の気がさっと引いていく。リヒター宰相の追手がここまで先回りしていたというのか。この規模はもはや騎士団ではない。軍隊だ。
「……罠、だったというのか」
ゲオルグが絶望的な声で呟く。コンラートとの合流地点の情報が敵に漏れていた……?いや、そんなはずはない。父上がそのような失態を犯すはずがない。
では、一体……?
松明の集団がゆっくりとこちらに向かってくるのが分かった。私たちは完全に進路を塞がれ、袋の鼠だ。
仲間たちの顔に死を覚悟した悲壮な色が浮かぶ。ここまで来て、全て終わりなのか。故郷を、目前にして。
(……諦めるものですか)
私は銀薔薇の剣の柄を強く握りしめた。たとえ最後の一人になっても戦ってやる。ローゼンベルクの誇りをここで捨てるわけにはいかない。
私が前に出ようとした、その時だった。近づく灯りの集団の中から、一つの旗が風にはためくのが見えた。
月明かりに照らし出された、その旗の紋章。それは――。
『黄金の獅子と、白銀の薔薇』
見間違えるはずがない。我がローゼンベルク家の誇り高き旗印だった。
「……あ……」
私の口から声にならない声が漏れる。
あれは敵ではない。味方だ。コンラートの部隊だ!
いや、違う。父の密書では五十名のはずだった。あの数は五十どころではない。ローゼンベルク騎士団のほぼ全軍に近い。
どういうこと?
混乱する私の耳に、懐かしい力強い声が闇夜を切り裂いて届いた。
「ヴィクトリアァァァッ!!」
その声の主はコンラートだった。彼は騎士団の先頭で馬を駆り、私の名を叫んでいる。そして、その隣には――。
「……父、上……?」
見間違えるはずがない。王国最強の将軍と謳われた我が父、ゲルハルト・フォン・ローゼンベルク公爵その人だった。
父はコンラートだけでなく、自ら軍を率いて私を迎えに来てくれたのだ。
「……ああ……あ……」
その姿を認めた瞬間、今まで張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。涙が堰を切ったように、頬を伝って溢れ出す。もう、強がる必要はないのだ。
私は馬を走らせた。父の、その大きな胸の中へ飛び込むために。
闇夜の脱出行は終わった。
だがそれは安息の始まりではなく、ローゼンベルク家の、そして私の反撃の始まりを告げる狼煙だったのだ。
父との再会。それは、これから始まる王国全土を巻き込む大戦乱の、壮大な序曲に過ぎなかった。私の本当の戦いは、ここから始まる。
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