『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第二章:侮辱と決別

第16話 追手の刃

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父、ゲルハルト・フォン・ローゼンベルクの胸の中で、私は子供のように声を上げて泣いた。王都で溜め込んでいた全ての不安と恐怖、そして孤独が涙となって溢れ出して止まらない。父の大きく分厚い胸板が、鎧越しにでも分かる温もりで私の全てを受け止めてくれた。

「……よく戻ってきた、ヴィクトリア」

父の厳しくも優しい声が、頭上から降り注ぐ。その声を聞くだけで、ささくれ立っていた心が安らぎを取り戻していくようだった。

「父上……!私……私は……!」

「もう何も言うな。お前の戦いは全て見ていた。お前はローゼンベルクの娘として、何一つ恥じることはない」

駆け寄ってきたコンラートや、見知った騎士たちの顔が見える。彼らの瞳は皆、私への心配と無事に再会できたことへの喜びに濡れていた。

ここは私の居場所。私の、本当の故郷だ。

しかし感傷に浸っていられる時間は長くはなかった。父は私の背中を優しく叩くと、すぐに将軍の顔に戻った。

「ヴィクトリア、感傷は後だ。ルドルフの敗残兵から報告を受けた王都が、本格的な追討軍を差し向けた。もうすぐそこまで迫っている」

「……!やはり来ましたか」

私の表情から涙は瞬時に消え失せた。今は戦姫として、為すべきことを為さねばならない。

「敵の数は?」

「およそ二千。率いるのはグスタフ辺境伯だ」

グスタフ辺境伯。その名を聞いて私は眉をひそめた。彼はリヒター宰相に心酔している王都派の貴族。戦の経験は豊富で、特に猪突猛進型の力押しを得意とする猛将として知られている。

「我らの数はおよそ千五百。数では我らが不利です」

コンラートが厳しい表情で補足する。

「いいえ、コンラート。数では不利でも、地の利はこちらにあるわ」

私は今しがた自分たちが抜けてきた深い渓谷を指差した。

「グスタフ辺境伯の性格からして、回り道などせず最短距離で我々を叩こうとするはず。つまり必ずこの渓谷を通るでしょう。そしてこの狭い一本道では、二千の兵力もその全てを展開することはできません」

「……なるほど。渓谷に誘い込み、分断して叩く、と」

父が満足げに頷く。私の意図を瞬時に理解してくれたのだ。

「その通りです、父上。渓谷の両側の崖に弓兵を配置し、敵が十分に深く入り込んだところで一斉に矢を浴びせかけて混乱に陥れる。そして先頭と最後尾を崖の上から岩を落として塞いでしまえば……」

「……敵は袋の鼠、というわけか」

コンラートの目が興奮に輝いた。

「素晴らしい作戦です、ヴィクトリア様!それならば我々の兵力でも十分に勝機はあります!」

「うむ。ヴィクトリアの言う通りだ。直ちに全軍に作戦を伝達!夜が明ける前に布陣を完了させるぞ!」

父の号令一下、ローゼンベルクの騎士団はまるで一つの生き物のように、統率の取れた動きで配置についていく。その精強さは王都の近衛騎士団など足元にも及ばない。これこそが王国最強と謳われる、我がローゼンベルクの軍だ。

私は父と共に崖の上にある臨時の作戦本部に立ち、眼下に広がる渓谷を見下ろした。これからここで、血で血を洗う戦いが始まる。王家に対する、私たちの最初の反撃が。

「……怖くはないか?ヴィクトリア」

父が不意に優しい声で尋ねた。

「敵は王家の紋章を掲げた正規軍だ。これに弓を引くということは、完全に王国に反旗を翻すということになる。もう後戻りはできんぞ」

「怖いとは思いませんわ」

私ははっきりと答えた。

「むしろ私の心は今、燃えています。不正を正し民の平和を守るために戦えるのなら本望です。……ただ」

「ただ、何だ?」

「私がこの戦いの引き金を引いてしまった。そのせいで多くの兵士たちの命が失われることになる……。その重さだけは、感じています」

私の言葉に、父は何も言わずただ私の肩に力強く手を置いた。その無言の励ましが、何よりも私の心を強くしてくれた。

やがて東の空が白み始める。霧深い渓谷の向こうから、地響きのような軍馬の蹄の音が聞こえてきた。

追討軍が、来たのだ。

「……来たな」

父が低く呟く。

「ヴィクトリア、お前が全軍の指揮を執れ」

「……!父上、しかし……」

「良いのだ。王都の連中に思い知らせてやれ。ローゼンベルクの獅子は老いた父親だけではない。気高く、誰よりも聡明な、若き雌獅子がいるのだと」

父の絶対的な信頼。それが私の最後の迷いを吹き飛ばした。

「……御意に」

私は深く頷いた。そして眼下の暗い渓谷を見据え、静かに、しかし力強く最初の命令を下す。

「全軍、戦闘配置。合図があるまで決して動くな。……これより、反逆者たちの狩りを始めるわ」

私の声は夜明け前の冷たい空気に、凛と響き渡った。ローゼンベルクの反撃が、今、始まろうとしていた。

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