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第二章:侮辱と決別
第17話 父との再会
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追討軍との戦いを前に、張り詰めた空気が渓谷を支配していた。兵士たちは息を殺し崖の上や茂みに身を潜め、ただひたすらにその時を待っている。私もまた、崖の上から敵の進軍路を睨みつけ思考を巡らせていた。
そんな私の背後から父の静かな声がかけられた。
「……ヴィクトリア。少し、いいか」
振り返ると、そこにはいつもの厳つい将軍の顔ではなく、一人の父親として穏やかな表情を浮かべた父が立っていた。
「父上……」
「皆にはしばし持ち場を守るよう伝えてある。お前と少し話がしておきたくてな」
私たちは兵士たちの輪から少し離れた、月明かりが差し込む岩場に腰を下ろした。父とこうして二人きりで静かに話をするのは、いつぶりだろうか。私が王都へ行ってからは一度もなかったかもしれない。
「……すまなかったな」
不意に父が頭を下げた。
「え……?」
「お前に全てを背負わせてしまった。あの腐敗した王都に、たった一人で送り込んで……。辛かっただろう。苦しかっただろう。この父はそれを知りながら、お前を助けてやることもできなかった」
父の絞り出すような声。その言葉に含まれた深い後悔と私への愛情に、思わず胸が熱くなる。
「そんなことはありませんわ!父上は何も悪くない!」
私は慌てて父の言葉を遮った。
「私が王都へ行ったのはローゼンベルク家のため、領民のためです。それは私自身が選んだ道。父上が謝ることでは決して……」
「それでもだ」
父は私の言葉を遮り、静かに続けた。
「お前がアルフォンス王子からどれほどの屈辱を受けていたか、私にも報告は届いていた。夜会でお前をないがしろにし他の令嬢と親しく語らう姿を、何度も見ていたと。……その報告を聞くたびに、私は腸が煮え繰り返る思いだった。今すぐにでも軍を率いて王都に乗り込み、王子の首を刎ねてやりたいと本気で思ったものだ」
父の瞳に激しい怒りの炎が宿る。彼が私のために、そこまで心を痛めてくれていたとは。
「……けれど私は動けなかった。軽率な行動はローゼンベル-ク家そのものを危険に晒すことになる。何よりお前の立場をさらに悪くしてしまうと。……私はただ耐えることしかできなかった。父親失格だな」
自嘲気味に笑う父の顔が、ひどく寂しそうに見えた。私はそっと、父の大きな手に自分の手を重ねた。
「いいえ、父上。あなたは最高の父親ですわ」
私の手は父のそれに比べれば、あまりにも小さく華奢だ。だがこの手もまた、父と同じ戦う者の手だった。
「私が王都で耐えられたのは、父上が故郷でしっかりと領地を守ってくれているという、絶対的な信頼があったからです。私が帰る場所はここにあるのだと信じていたから。だからこそ私は、心を強く持つことができたのですわ」
「ヴィクトリア……」
「それに父上は、私が本当に助けを求めた時、こうして全軍を率いて駆けつけてくれたではありませんか。これ以上の父親がどこにいますの?」
私の言葉に、父は何も言わずただ私の頭を大きな手で優しく撫でてくれた。その手は無数の戦いを経験してきた、傷だらけでごつごつとした手だった。けれど私にとっては、世界で一番優しくて温かい手だった。
しばらく私たちは何も言わずに、眼下に広がる渓谷を見下ろしていた。やがて父が、重々しく口を開く。
「……ヴィクトリアよ。これから我々が進む道は、茨の道だ。王国に反旗を翻すということは、そういうことだ」
「……はい。覚悟はできております」
「我々は反逆者と呼ばれるだろう。全ての貴族を敵に回すことになるかもしれん。……そしてもし我々が敗れれば、ローゼンベルクの名はこの大陸から完全に消え去ることになる。領民たちも悲惨な運命を辿ることになるだろう」
父の言葉は厳しい現実を私に突きつけていた。これは負けられない戦いなのだ。私たちの背後には守るべき、あまりにも多くのものがある。
「……それでも、お前は戦うか?」
父が私の瞳をまっすぐに見つめて尋ねる。それは私の覚悟を問う、最後の問いだった。
私は迷わなかった。父の目をまっすぐに見返し、はっきりと答える。
「はい、父上。私は戦います」
私の瞳に宿る揺るぎない決意を見て、父は満足そうに深く頷いた。そして今までの父親の顔から、再び王国最強の将軍の顔へと戻る。
「……よろしい。ならば私も腹を括ろう」
父はゆっくりと立ち上がった。その巨大な背中が朝日を浴びて、神々しいほどに輝いて見える。
「これよりゲルハルト・フォン・ローゼンベルクは、エーデルラント王家への忠誠を完全に放棄する!我が剣は、我が娘ヴィクトリアとローゼンベルクの民のためだけに振るうものと、ここに誓おう!」
父の力強い宣言が渓谷の朝に響き渡った。それは歴史が大きく動き出す、産声のようだった。
父との再会。それはただの親子の対面ではなかった。二匹の獅子が互いの覚悟を確認し、共に未来を切り開くことを誓い合った神聖な儀式だったのだ。
地響きがますます大きくなる。敵が、来た。
「さあ、行こうか、ヴィクトリア」 「はい、父上」
私たちは共に戦場へと歩き出した。もう迷いも恐れもない。父と娘の絆は、何よりも硬い鋼の結束となって私たちを勝利へと導いてくれるだろう。
そんな私の背後から父の静かな声がかけられた。
「……ヴィクトリア。少し、いいか」
振り返ると、そこにはいつもの厳つい将軍の顔ではなく、一人の父親として穏やかな表情を浮かべた父が立っていた。
「父上……」
「皆にはしばし持ち場を守るよう伝えてある。お前と少し話がしておきたくてな」
私たちは兵士たちの輪から少し離れた、月明かりが差し込む岩場に腰を下ろした。父とこうして二人きりで静かに話をするのは、いつぶりだろうか。私が王都へ行ってからは一度もなかったかもしれない。
「……すまなかったな」
不意に父が頭を下げた。
「え……?」
「お前に全てを背負わせてしまった。あの腐敗した王都に、たった一人で送り込んで……。辛かっただろう。苦しかっただろう。この父はそれを知りながら、お前を助けてやることもできなかった」
父の絞り出すような声。その言葉に含まれた深い後悔と私への愛情に、思わず胸が熱くなる。
「そんなことはありませんわ!父上は何も悪くない!」
私は慌てて父の言葉を遮った。
「私が王都へ行ったのはローゼンベルク家のため、領民のためです。それは私自身が選んだ道。父上が謝ることでは決して……」
「それでもだ」
父は私の言葉を遮り、静かに続けた。
「お前がアルフォンス王子からどれほどの屈辱を受けていたか、私にも報告は届いていた。夜会でお前をないがしろにし他の令嬢と親しく語らう姿を、何度も見ていたと。……その報告を聞くたびに、私は腸が煮え繰り返る思いだった。今すぐにでも軍を率いて王都に乗り込み、王子の首を刎ねてやりたいと本気で思ったものだ」
父の瞳に激しい怒りの炎が宿る。彼が私のために、そこまで心を痛めてくれていたとは。
「……けれど私は動けなかった。軽率な行動はローゼンベル-ク家そのものを危険に晒すことになる。何よりお前の立場をさらに悪くしてしまうと。……私はただ耐えることしかできなかった。父親失格だな」
自嘲気味に笑う父の顔が、ひどく寂しそうに見えた。私はそっと、父の大きな手に自分の手を重ねた。
「いいえ、父上。あなたは最高の父親ですわ」
私の手は父のそれに比べれば、あまりにも小さく華奢だ。だがこの手もまた、父と同じ戦う者の手だった。
「私が王都で耐えられたのは、父上が故郷でしっかりと領地を守ってくれているという、絶対的な信頼があったからです。私が帰る場所はここにあるのだと信じていたから。だからこそ私は、心を強く持つことができたのですわ」
「ヴィクトリア……」
「それに父上は、私が本当に助けを求めた時、こうして全軍を率いて駆けつけてくれたではありませんか。これ以上の父親がどこにいますの?」
私の言葉に、父は何も言わずただ私の頭を大きな手で優しく撫でてくれた。その手は無数の戦いを経験してきた、傷だらけでごつごつとした手だった。けれど私にとっては、世界で一番優しくて温かい手だった。
しばらく私たちは何も言わずに、眼下に広がる渓谷を見下ろしていた。やがて父が、重々しく口を開く。
「……ヴィクトリアよ。これから我々が進む道は、茨の道だ。王国に反旗を翻すということは、そういうことだ」
「……はい。覚悟はできております」
「我々は反逆者と呼ばれるだろう。全ての貴族を敵に回すことになるかもしれん。……そしてもし我々が敗れれば、ローゼンベルクの名はこの大陸から完全に消え去ることになる。領民たちも悲惨な運命を辿ることになるだろう」
父の言葉は厳しい現実を私に突きつけていた。これは負けられない戦いなのだ。私たちの背後には守るべき、あまりにも多くのものがある。
「……それでも、お前は戦うか?」
父が私の瞳をまっすぐに見つめて尋ねる。それは私の覚悟を問う、最後の問いだった。
私は迷わなかった。父の目をまっすぐに見返し、はっきりと答える。
「はい、父上。私は戦います」
私の瞳に宿る揺るぎない決意を見て、父は満足そうに深く頷いた。そして今までの父親の顔から、再び王国最強の将軍の顔へと戻る。
「……よろしい。ならば私も腹を括ろう」
父はゆっくりと立ち上がった。その巨大な背中が朝日を浴びて、神々しいほどに輝いて見える。
「これよりゲルハルト・フォン・ローゼンベルクは、エーデルラント王家への忠誠を完全に放棄する!我が剣は、我が娘ヴィクトリアとローゼンベルクの民のためだけに振るうものと、ここに誓おう!」
父の力強い宣言が渓谷の朝に響き渡った。それは歴史が大きく動き出す、産声のようだった。
父との再会。それはただの親子の対面ではなかった。二匹の獅子が互いの覚悟を確認し、共に未来を切り開くことを誓い合った神聖な儀式だったのだ。
地響きがますます大きくなる。敵が、来た。
「さあ、行こうか、ヴィクトリア」 「はい、父上」
私たちは共に戦場へと歩き出した。もう迷いも恐れもない。父と娘の絆は、何よりも硬い鋼の結束となって私たちを勝利へと導いてくれるだろう。
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