『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第二章:侮辱と決別

第18話 ローゼンベルクの誓い

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夜明けの光が霧深い渓谷を黄金色に染め始めた、その時。ついに敵の追討軍が、渓谷の入り口にその姿を現した。

先頭に立つのは深紅のマントを翻す、猛将グスタフ辺境伯。その後ろには王家の紋章を掲げた兵士たちが槍を林立させ、整然と隊列を組んでいる。その数、やはり二千。狭い渓谷に鉄と汗の匂いが充満していく。

「……来たな」

崖の上の作戦本部で、私は静かに呟いた。隣には父が腕を組み、同じく眼下の光景を睨みつけている。兵士たちの間に緊張が走るのが、肌で感じられた。これから同じ国の人間同士で殺し合うのだ。無理もない。

(……このままでは、いけない)

兵士たちのわずかな動揺を私は見逃さなかった。彼らの迷いを断ち切らなければ。我々の戦いが正義の戦いであることを、彼らの魂に刻みつけなければならない。

「父上、出陣の前に全軍に話をさせてください」

「……うむ。お前がやるか」

父は私の意図を察し、静かに頷いた。

私は作戦本部から兵士たちが集まる崖の最前線へと歩みを進めた。私が姿を現すと、兵士たちは皆一斉に私に注目する。その瞳には不安と期待、そしてわずかな疑問の色が浮かんでいた。『我々は本当に、王家に弓を引かねばならないのか』と。

私はゆっくりと彼らの顔を一人一人見渡した。皆、私の知っている顔だ。幼い頃から訓練場で共に汗を流し、領地の祭りで共に笑い合った、私の大切な家族たち。

私は深く息を吸い込むと、ありったけの想いを込めて語りかけた。私の声は魔法のように、渓谷の隅々にまでクリアに響き渡った。

「ローゼンベルクの勇敢なる兵士たちよ!」

兵士たちが息を呑むのが分かった。

「眼下の敵を見なさい!彼らが掲げているのは、かつて我々が忠誠を誓った王家の旗印。彼らは我々を『反逆者』と呼ぶだろう。主君に刃向かう不忠者だと、罵るだろう!」

私は一度言葉を切った。

「……だが私は、断じてそれを認めない!本当にこの国を裏切っているのは、一体誰なのか!」

私の声に熱がこもっていく。

「それは王都の玉座で安穏と暮らし、私腹を肥やすことしか考えない腐敗した者たちだ!宰相リヒターは甘い言葉で王子を誑かし、重税で民を苦しめ、その富を独占している!王子アルフォンスは宰相の言いなりになり、自らの快楽のために国を売り渡そうとしている!」

兵士たちの間から怒りのどよめきが広がる。

「彼らは我々辺境の民が、どれほどの犠牲を払いこの国の平和を守ってきたかを忘れ去ってしまった!我々の父や兄弟が隣国との戦いで血を流している間に、彼らは暖かい部屋でワインを飲み、笑っていたのだ!」

「そうだ!その通りだ!」

一人の兵士が叫んだ。それを皮切りに、次々と同調の声が上がる。

「我々をただの盾としか思っていない!」 「我々の苦しみを何一つ分かっていない!」

兵士たちの瞳から迷いの色は消え、代わりに燃えるような怒りの炎が宿っていた。私はとどめの一言を、彼らの心に叩きつける。

「私は王都で、この目で見てきた!彼らの腐敗を!彼らの傲慢を!そして彼らが我々ローゼンベルクの誇りを、土足で踏みにじるのを!」

私は自分の胸を強く叩いた。

「私のこの胸にある忠誠は、もはや腐りきった王家にはない!私の忠誠は、このローゼンベルクの地に!ここに住まう我々の家族に!そして私を信じ、共に戦ってくれるあなたたち一人一人に捧げられている!」

「うおおおおおおおっ!!」

地鳴りのような雄叫びが渓谷を揺るガした。兵士たちはもはや完全に一つになっていた。彼らの瞳に宿るのは、私への絶対的な信頼と揺るぎない忠誠心。

私は銀薔薇の剣を抜き放ち、その切っ先を天に突きつけた。

「今こそ我々の手で、この国を大掃除する時よ!腐敗した王都に鉄槌を下し、真の正義を取り戻すのだ!」

「ローゼンベルクのために!」

誰かが叫ぶ。

「ヴィクトリア様のために!」

また別の誰かが叫ぶ。

そしてついに全軍が、一つの誓いを天に向かって叫んだ。

「我らが忠誠はローゼンベルクにあり!!ヴィクトリア様と共に勝利を!!」

その声はもはや、ただの兵士の声ではなかった。歴史を変えようとする、獅子たちの咆哮だった。

眼下のグスタフ辺境伯が崖の上の異様な雰囲気に気づき、怪訝な顔をしているのが見えた。もう遅い。ローゼンベルクの獅子は、完全に目覚めてしまったのだから。

私は天に突きつけた剣をゆっくりと振り下ろし、敵軍を指差した。それが開戦の合図だった。

「――放てぇぇぇっ!!」

私の号令と共に、崖の両側から無数の矢が黒い雨となって敵軍へと降り注いだ。阿鼻叫喚の地獄が、渓谷の底に現出する。

ローゼンベルクの長きに渡る戦いの歴史の中で、最も激しい戦いが今、幕を開けたのだ。この誓いは我々を、勝利へと導く道標となるだろう。
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